第二話 Philosophie−理念−
『革命を起こす』現代日本でそんな事を言う者が居るだろうか?今、まさにここにいる。
彼女の言葉を聞いた直後は、戯言の様に感じられた。しかし、彼女の真剣そのものな表情を見ると、ただの誇大妄想か何かではないと思うようになった。
「本気で言ってるのか?」
「はい。本気です。」
やはり本気なようだ。とは言え、流石にその所以を理解するには至らない。俺は彼女に質問を続けることにした。
「そのさ、本当に革命を起こそうとしてるんだったら、どうして日本なんだ?普通は自分が住んでいる国じゃないのか?」
長めの瞬きをした後に彼女は答えた。
「それはですね、世界に更なる革命をもたらす為に、日本が最も適切であると思ったからですよ。」
「ど、どういうことだ?」
「『世界に更なる革命をもたらす』と言いましたが、これこそが私の究極的な理想、すなわち『社会主義圏の復活』です。それを実現するには、複数の国家で社会主義革命を起こす必要があります。その為の第一段階として、日本を赤化しようという訳です。」
彼女は更に続ける。
「日本は世界規模の影響力を持つ先進国です。つまり、日本が社会主義国となれば他国へも多大なる影響を及ぼし、革命の中心的拠点とすることができるのです。更に、近頃の恐慌により日本経済は大打撃を受け、停滞の一途を辿っています。だから今こそ、世界に革命の狼煙を上げる絶好のチャンスなのです!Proletarier aller Länder vereinigt Euch!万国の労働者よ 団結せよ!」
「..........」
唖然とするしか無かった。彼女の理念はあまりにも巨大かつ壮大で、現実の話をしているのか、空想の話をしているのか、脳が理解を拒絶した。
「すいません、ちょっと熱くなりすぎちゃいました。」
だが、急に慎ましくなった彼女の姿を見ると、何故か少し申し訳ない気持ちになってきた。しかしながら、先程までのぐったりとした様子からは想像できないほどの気合いだった。きっと彼女は、空想の話などしておらず、全て、現実でそれを実現しようとしているのだろう。
「説明ありがとう。気持ちは良く伝わった。一つ言いたい事があるんだけど。」
「はい。何でもどうぞ。」
「いつまでも君をここに居させる訳にはいかないしさ、そろそろここから出ていってくれない?」
彼女は少し俯いた。
「.......分かりました。私も行くべき場所があるので。」
立ち上がり、玄関へと歩き出す彼女。俺は急いで冷蔵に冷やしておいた麦茶のペットボトルを差し出す。
「ごめん。そのさ......熱中症には気を付けて。」
「はい。気を付けます。あなたから貰った恩は忘れません。」
ガラガラと玄関の引き戸を開け、こちらを向いて軽くお辞儀をすると彼女は去っていった。ガラガラと引き戸が閉まる。先程とは違った申し訳なさが心の底に溜まっていた。
翌日には、その日の出来事など頭の片隅に置かれているだけと化した。去り際に抱いた感情など、単なる一時的なセンチメンタルに過ぎなかったのだろう。
「明日から夏休みだが、受験生であるという自覚を........」
担任の教師が教卓の前で話す。
「という訳で話は以上です。有意義な夏休みを過ごしてください。」
全員起立し、礼をする。そして、それぞれ帰りの支度を始めたのであった。
「危ねェー!和政ァ、イヤホンしてるのバレなかったぜー!」
直ぐ様俺にそう言ってきたのは、斜め前の席の小林則夫。同じ部活だったため、一年の頃に仲良くなった友達だ。
「おい!小林!先生が気付いてないと思ったか?」
先生の方が反応が早かった。彼はゼンマイで動いているかの様に顔を後ろに向けると、『スイマセン、ハンセイシテマス』と繰り返し言った。
「反省していないのは分かってるからな。ここまで来たらもう注意しないぞ。」
先生は目を細めたまま教室を出ていった。
「則夫、先生にも呆れられてるじゃねえかよ。」
「いやァ~むしろこれで良いんだよォ。これからは音楽聞き放題だぜェ!じゃ!」
「じゃあな。」
彼は誰よりも早く教室を駆け出ていった。
校門前で、駅の方面と向かう友達に手を振り、俺は家へと歩き出す。昨日と同じく様に日光は照りつけていたが、少しばかり爽やかに感じられた。
十五分程歩くと、自宅へと到着した。 今日は、夕方まで家に誰もいない。鍵を鍵穴へと差し込み、反時計回りにひねる。カチッという手応えが無い。
その瞬間、背筋が冷たくなった。
朝、確かに鍵を掛けた。家を出たのは自分が最後だった。これは確実だ。その証拠に、今鍵穴に差した鍵は胸ポケットから取り出した物だ。他の誰かから渡された物ではない。いや、渡されたはずがない。
だとすると........
何者かに鍵以外の方法で開けられた事は確実なようだ........
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