第5話 光の中で灯を点ける

 全国高等学校野球選手権大会。

 夏の甲子園球場にて。


 たった今、決勝戦の勝敗が決した。


 球児たちが一列に並び、スタンドへと深く一礼して「応援、ありがとうございました!」と轟くような声を上げる。


 各球児が、思い思いに戻っていく中。

 球児の中でも──否。世界で一番「光っている」人間が、迷わず俺の方を見上げて、真夏の太陽よりも眩しい笑顔を迸らせ、にかりと歯を見せた。


「やっぱり、そこにいたかあ! 兄貴、ここでも一番光って見えるから。すぐ見つけられた!」


 大声を上げて手を振ってくる弟に、俺も大声で返した。


「一番光っとるのはお前の方やねん! アホ! さっさと皆のとこ戻り!」

「ああ! あと、兄貴の歌! めちゃくちゃ光ってて最高だった! ありがとう!」


 そう叫んで、弟は走って行ってしまう。

 ふと、隣に座っていた中年男性が、そわそわとした様子で俺に声を掛けてきた。


「すみません。私、ちょっとした記者のような者なんですが……さっきの子。ドラフト候補の『ナカ アカリ』君ですよね。もしかして、あなたは……」

「あー。ええ、はい。『ナカ アカリ』の兄です」

「やっぱり! お隣に座った時から、お顔と声がよく似てらっしゃるなあと思ってたんですよ! 本当によく似てらっしゃるから、お年も近いのかな? 仲の良いご兄弟なんですね」


 年が近い兄弟と思われるほど、顔と声がよく似ている。

 生まれて初めてそう言われて、俺は思わず目を丸くしてしまった。

 アカリとは背丈も体格も全然違うし、得意なことも苦手なことも全く異なる。性格のタイプもむしろ真逆に近い。

 しまいには、俺は屑野郎の父親と同じ苗字のままで、アカリは母の旧姓に変わったので、苗字まで違う。


 一年前までは、絶縁状態の他人も同然だった。

 それでも俺たちは、やっぱり。

 どうしようもなく、「兄弟」なのだと。

 世界中のどこに居ても、互いが光って見えてしょうがない、「兄弟」でしかないのだと。

 改めて痛感して、何だかむず痒い気持ちになった。


「そういえば、『ナカ アカリ』君専用の応援曲。あれ、とても良い曲でしたね〜! ネットでも話題になってるんですよ! 曲名、なんて言うんでしょうね?」


 記者の男性の興奮したような問いかけに、俺は、未だ甲子園球場で太陽よりも光って眩しい、弟の背中から目を離せないまま。

 小さく、あの歌の名前を呟いた。


「あの歌ですか。『ヒカル』っていうんです。変な名前でしょう」

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光の中で灯を点ける 根占 桐守(鹿山) @yashino03kayama

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