勝越と執念

 夏。太陽が強く照らす、明らかな陽気日和。

 小六の俺は校庭の脇にどっしりと構えている土俵の近くで、相撲のまわしを付けて気を引き締めていた。


 そう、今日は年に一度の学校行事である、相撲大会の日。


 全学年、それぞれの学年がクラス対抗で背の順に星取り戦をおこなう。

 途中でクラスの勝敗が決しようとも、最後まで取組は終わらない。健康体の不戦など許されないのだ。

 もっとも、俺は背が低くて取組が早いから、そのときにクラスの勝敗が決していることはないのだが。


 複数のクラスによるトーナメントなのかと思うかもしれないが、それは違う。

 何せ田舎の学校だ。クラスは学年に二クラスしかない。

 トーナメントと呼ぶとするなら、いきなり決勝だ。


 個人戦もあるにはあるが、あれは体格のいい連中の祭典。俺には無用のものだ。応援はするけれど。

 あとは、そうだな。団体戦、個人戦どちらもつっぱりは禁止だ。危ないし、喧嘩が発生しかねないからな。


 女子は何をするの?

 なんて思う人もいるだろうか。

 そりゃあ、服の上からでもまわしをしめて、なんてことはない。


 女子は『けんけん相撲』。

 土俵の上で腕を胸に交差して使うのを封じたうえ、片足けんけんをしての体でのぶつかり合い。

 倒れるか、土俵の外に出たら負け。そこは相撲と一緒だ。

(※ 一応調べてみたら、腕を封じないなどルールは多種ある模様)

 ただ、学校に入学して何年かはしていたが、いつからかやっていなかったような気もする。

 怪我の恐れから、やめていたかもしれない。


 あれ? 男子の怪我の心配は?


 女子は応援だけで暇ではないか?

 暇かもしれない。

 でも、男子にしても個人戦に出るのでなければ、一回の取組だけなのでほぼ変わらない。

 ついでにいえば、男子は裸に近い姿で過ごすというおまけ付きだ。夏でよかった。

(※ 熱中症が気になるかもしれないが、暑さがそろそろ和らいでくる時季。また、昔の夏の暑さは今ほどではない)


 さて、俺の今までの戦績について触れようか。

 体格に恵まれておらず、背が低ければ痩せてもいる。それでも、同じくらいの背の連中の中でなら、そんなに弱くはなかった。


 一年 快勝

 二年 快勝


 三年 惨敗

 背の低い者がクラスに偏ったか、休んだ者がいたのか、中量級かつ強いやつに当たる。

 なすすべもなく、簡単に寄り切られてしまった。

 体格差、体重差は残酷である。


 四年 辛勝

 軽量級では強いやつに当たってしまったのだが、なんと勝ってしまう。

 大きな一勝だ。


 五年 不戦 高熱を出して休場(欠席)。


 三勝一敗一休。

 休みを負けとみるなら、三勝二敗。

 小六のこの最後の取組。ぜひとも最後を勝利で飾り、勝ち越して終わりたい。


 そう思う俺の最後の取組相手は、あの塚本(※『無情の遊び』参照)だった。


 あの話からすると、いい兄気分で体格もいいイメージがあったかもしれない。

 だが、塚本は俺以上に背が低くて痩せている感じだった。

 一、二年のころの取組相手もこの塚本で、既に書いたように快勝している。


 相撲好きの父の必勝法。


「始まったら、一気に突っ込め」


 を、したかは定かではない。

 相手が自分よりも大きければなんてことはないかもしれないけれど、同じくらいの体格であれば大層危険だ。油断して力がまだ入っていない状態に、ズドンといったとしたら特に。

 学校も禁止していたような。どうだったか。

 一年の時くらいは全力でしたかもしれない。あとは五から八割の力といったところだっただろうか。


 父さん、素直に聞けなくてすまない。


 父からすれば、俺の体格が一、二を争うくらいに貧弱だからこそ授けた必勝法、いや、勝ち方だったのだろう。つっぱりもありなら、どんどんつっぱりをかましていけとも言ったかもしれない。

 相撲の素人の小学生同士だ。体格で劣る者ががっぷり四つで組み合ったのなら、まず勝てないのだから。


 さて、一年の時はおそらくそれで勝ったとして、二年の時だったと思う。

 最初の勢いで決めきれなかった俺は、塚本の腕を取ってぐるぐると回した。

 遠心力で振り回された塚本は、耐えきれずに仰向けに倒れ込んだ。

 この時、塚本が仰向けで空でも見ながらか言い放った言葉が印象的である。


「こんなん、ありか」


 あった。

 当然、勝ち名乗りは俺が受けている。


 そんな、一、二年のころの勝利。

 それから時が経って、小六。今年の予行練習(相手も同じで塚本)では、土俵際まで追い詰められながらも『うっちゃり』という逆転技で勝っていた。

 この相撲大会では、なかなか見ない決まり手。

 そのような決まり手で、土俵際まで追い詰められても勝ったこと。一、二年のころの勝利とあわせて、俺の心には余裕があった。


 取組の少し前、塚本が俺に近付いてきて言ったことがある。


「投げるのはやめてくれ」


 予行練習の『うっちゃり』で、土俵の下に落ちたのが余程痛かったのだろうか。だとしたら、すまない。でも、たしか俺も落ちたはずだから痛み分けってことで。


 俺はなんと返しただろうか。


「分かった」


 とでも言ったか? いや、約束はしなかった気もする。勝ちの手段がそれしかなくなったのなら、容赦なく投げるだろうから。とはいえ、まず『押し出し』か『寄り切り』にはなると思う。


 努力はします。善処はしよう。


 そして、いよいよ訪れる決戦の時。

 俺と塚本は土俵の上で気合十分だ。


「両者、見合って」


 行事(先生)の声を受けて、俺と塚本は仕切り線の後ろで構える。お互い、下ろす手がちょうど仕切り線の上にくるように。

 やがて、俺たちは見合って、手を——、ついた。


「はっきよい!」


 ゴツン!


 勢いよく出た俺の頭に、衝撃が走った。


「おおっと、頭からぶつかったぁっ!」


 アナウンサー(先生?)の声が響く。


 頭同士で強くぶつかった? 塚本、お前も俺の父さんの必勝法を。

 それと、何が「投げないでくれ」だ。負ける前提かと思ったら、勝つ気十分じゃあないか。俺の油断を誘う心理戦を仕掛けていたとでもいうのか。


 頭がぐらぐらする。だが、気持ちが悪いほどじゃあない。


 お互いに衝撃の反動を受けて、少し距離ができていた。


 落ち着け。負ける相手じゃあないんだ。塚本の動きを止めろ。


 気功波が撃てるわけでもない。近くに寄らなければ勝てない。

 だから、がっぷり四つで組むのは容易だった。


 勝った。相手より軽いやつ塚本が組んだら終わりだ。もらったぞ、塚本!


 俺が勝利を確信した、その時だった。


 ずるり。


 え?


 片足が、前のほうに滑る。

 当然、もう片方の足が折れ曲がり、やがて膝が土についた。


 はっと思って、すぐに膝を上げたのだが、それを見逃す行事ではなかった。


「塚本山ぁ」


 さっと、軍配が塚本に上がった。


 運命とはぐるりと回った挙句、相手に訪れてしまうものなのか。

 今度は俺が、こう言いたい気分だった。


 こんなん、ありか。


 さらに、追い討ちは続く。


「やったあぁっ! 初めて勝ったあぁっ!」


 歓喜の塚本。


 は?


 この相撲大会、今まで一度も勝ったことのないやつに負けてしまったというのか。不戦を除けば一敗しかしていない、この俺が。


 そんな、屈辱にまみれた敗戦。

 戦績、三勝二敗一休。休みを負けとみるなら、三勝三敗。

 最後を勝利で飾ることもできず、勝ち越して終わることもできなかった。

 俺の勝ち越しにかける思いは、塚本の悲願の一勝への執念に負けてしまった。



 未来。あるいは現在。

 このことは、今でも悔しく思っている。


 塚本。最後の最後に勝っていきやがって。

 そういえば、小さい同士ながらも俺のほうが高かった背も、最後には負けていたのだった。


 俺があまりにも伸びなかった、というわけではない。塚本が伸び過ぎたのだ。

 俺だってだいぶ低かった背ではあるが、女子の平均身長より高くなるくらいには伸びていた。

 現実に女子にこんなことを言われることがあるのか、という言葉を中学時代に受けたこともある。

 給食の配膳で、給食を分けるその幼なじみの女子と配膳台を挟んで向かい合った時だ。

 成長した俺の背がその時にはっきりと分かったのか、彼女は驚いていた。


「背、高くなったね」


 感慨深そうにそう言ってくれたのは、あの和美さん(※『先生と女子を敵に回すな』参照)である。和美さんよりもかなり低かったであろう小さかった成野少年は、彼女の背をいつの間にか追い越していた。

 もっとも、言われたところまでで、その後何かが始まったということはない。現実はそこまでラブコメしていない。


 話が逸れた。


 最後には勝つ塚本。

 塚本、お前は今でも最後には勝って笑っているのか。

 そうであるのなら、俺は嬉しい。


 同じ空の下、どこかで強く生きているであろう塚本に、俺は想いを馳せた。

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人生の思い出 成野淳司 @J-NARUNO

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