第11話

『おかえり』


 また、あの声が聞こえた。

 その時、私はようやく思い出した。これは、私の声だ。


 私は、確かに夏のある日にこのキャンプ場へやってきた。だけどその時に川で溺れて、私の体は今もこの近くの深い川底に沈んだまま。きっともう、見つかる事は無いと思う。

 この建物は、私が家族と一緒に泊まるはずだった建物だった。他の家族と一緒に、友達7人と一緒に。

 私の両親は、私をこのキャンプ場へ連れてきた自分自身を責め続けながら、今でも私を探している。川の側の木に貼ってあった紙は、私の行方を尋ねる貼り紙だ。

 両親はあれ以降、何度もキャンプ場へ私を探しに来たけれども、この建物に来たのは1度だけ。

 玄関の正面にあった人形を、私の無事を願って置きに来たのだ。あの人形は、もともと私が両親に買ってもらった、お気に入りの人形だった。

 それに倣ってか、友達も私の無事を願って、この建物の各部屋にひとつずつ人形を置いてくれた。



 私は嬉しかった。

 暫くの間は、両親が置いてくれた人形と友達が置いてくれた人形で、両親と友達の中に残る私への思いを糧に、ひとりでも楽しく遊ぶことができたから。

 だけど、記憶や思いは次第に薄れていく。

 両親からも、友達からも。

 寂しくなった私は、去年ちょうど同じ時期に同じ人数で遊びに来ていた萌香や大介たちを見つけて、一緒に遊びたくなってしまった。

 その時私は、寂しさに負けてしまった私と、寂しさを紛らわせようとした私に分裂したのかもしれない。


 樹が言っていた『若菜、実は双子、とか?』は、実は近い答えだったのかも?


 なんて思いながら建物の中へと入り、私はそこに残っていたもうひとりの私に声をかける。


「ただいま」


 そうだ。

 私は川で溺れて沈んだ日から、ずっとここにいた。ずっとひとりぼっちだった。本当はずっとずっと、寂しかった。

 みんなで一緒に仲良く遊んでいる萌香や大介たちが、羨ましかった。だから、ただ一緒に遊んでほしかっただけだ。

 だけど、あんなに仲良く遊んでくれたみんなを、危うくこちらの世界へ引きずり込んでしまうところだった。

 寂しいからと言って、そんな事、していい訳がないのに。

 きっと、寂しさに負けてしまった私が、みんなを引きずり込もうとしたに違いない。

 良かった、寂しさに負けない私がちゃんと残っていて。


「ごめんね、私。寂しかったんだよね。またひとりぼっちになっちゃったけど、今年はみんなと遊べたから楽しかったね。だからしばらくはここで大人しくしてようね」


 ありがと、みんな。

 こんな私と遊んでくれて。

「楽しかった」って、言ってくれて。

 みんなが私のこと忘れても、私は忘れないよ、みんなのこと。


『うん』


 私の声がまた聞こえた。分裂した私はきっとまたひとつになって、もとの私に戻るのだろう。

 声に誘われるように、私はそのまま意識を手放そうとした。

 その瞬間。


「おねえちゃん」


 えっ……次人くん⁉ なんでっ⁉


『ふふっ……一緒に、あそぼ』

「うんっ」


 だめっ、次人く……


 必死にもがいたけれど、私の意識は次第に薄れ、そのまま途切れた。



【終】

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