第7話

「ここで最後だな」


 そういって、樹はドアを開ける。

 1階の一番手前、階段側の部屋。

 樹が最初に入り、続いて手を繋いだまま私が入る。

 そこは客室のようで、シンプルなベッドが2つ置かれていた。


「あれ、こんなところに……」


 樹の声が聞こえたと思ったとたん、樹の手の感触が消えた。


「樹……樹っ!」


 その時にはもう、樹の姿は消えていた。

 案の定、私1人が残された。


「もう、やだ……もうやだっ! みんな戻ってきてっ!」


 その場に座り込んで、私は暫くの間泣いていた。そうすれば、みんなが戻って来てくれると信じて。

 だけど、誰ひとり戻ってくることはなく、日が沈み切きる前にと、私はひとりで建物から出て、みんなのおじさんやおばさんがいる場所へと戻った。



「若菜ちゃん! こんな暗くなるまでどこに行ってたの! 心配したのよ?」


 私の姿を見るなり、大介のお母さんが駆け寄って来た。だいぶ心配をかけてしまったらしい。


「ごめんなさい……でも、みんなが、大介もみんなも、居なくなっちゃって、だから」


 大介のお母さんの顔を見てホッとしたのか、涙がどんどん溢れて来た。

 大介のお母さんなら絶対に大介を忘れたりしないはずだと思ったから。

 だけど。


「ダイスケ? みんな? あれ、若菜ちゃんもうここでお友達ができたの? すごいねぇ」


 大介のお母さんも、ダイスケの事を忘れていた。まるで、大介なんて初めから居なかったかのように。それどころか、みんなのお父さんもお母さんも、自分の娘や息子の事を忘れていたのだ。


「若菜ちゃん、ご飯、いっぱい作ったからたくさん食べてね。テントの中に寝袋もあるから、眠たくなったら寝袋に入って寝ないとだめよ? 夜は冷えるからね」


 萌香のお母さんが私を椅子に座らせてくれて、ご飯を運んできてくれた。もともと私は、今日は萌香の家族のテントで寝る事になっていたのだ。


「うちにも若菜ちゃんみたいな娘が欲しかったなぁ。色んな可愛い服着せて、色んな所連れて行きたかったなぁ」


 私を見て目を細めながら、萌香のお父さんがそんな事を言う。

 私は何て言っていいのか分からなかった。だって、本当は萌香っていう娘が、ちゃんといるのに。



 ご飯を食べ終わると、大人たちは大人たちで盛り上がり始めたので、私は少し離れたところに座って、ボーっと空を見上げていた。

 星が降ってくるような、そんなきれいな星空。


「みんなで一緒に見ようって、約束してたのにな……」


 悲しくて、涙が出て来た。

 本当に、いったいどうなっているんだろう? 私は今、悪い夢でも見ているんだろうか?


「おねえちゃん」


 ふいに声を掛けられて、私は慌てて涙を拭いた。

 そこにいたのは、大介の弟の次人だった。


「どうしたの、次人くん。眠れないの?」

「うん……」


 次人はどうやら眠れなくて、テントから出てきてしまったらしい。


「じゃ、一緒にお星さま、見ようか」

「うん!」


 次人が、私の隣にチョンと座る。

 その時、私は次人が何かを持っている事に気づいた。


「次人くん、それ、なに?」

「にいちゃん」

「えっ?」


 次人が得意げな顔で私に見せてくれたものを見て、私はギョッとしてしまった。

 それは、着物を着た男の子の日本人形だった。



 眠たそうにコックリコックリと船を漕ぎ始めた次人からそっと人形をとり、テントまで送ってから、私は萌香の家族のテントに向かった。

 次人は人形を『にいちゃん』と呼んだ。

 そして、あの建物の玄関の正面には、同じような日本人形が置かれていた。

 おまけに、建物に入ったとたんに聞こえた『あそぼ』という声。


 何か関係があるんじゃ……



 考えながらテントに入り、中にあったものを見て、私は再びギョッとした。

 そこにはやはり、着物を着た女の子の日本人形が置かれていたのだ。


 日本人形が好きな人は、それはたくさんいるだろう。

 でもだからって、ここに集まった7組の家族のうち、日本人形をわざわざキャンプに持ってくる家族が2組もいる、ということなど、あるだろうか。

 それに、私は次人と同じ車に乗っていたけれど、次人が車の中で人形を持っているのは一度も見ていない。


 消えてしまったみんなと、人形。

 絶対何か関係があるはず。

 だけど、今からこの人形を持ってあの建物に行くには、暗すぎる。


 朝になったら……


 私はジリジリとした気持ちを抑えつつ、テントの中で眠れない夜を過ごすと、外が明るくなるのを待って急いであの建物へと向かった。

 次人が持っていた人形と、萌香の家のテントの中にあった人形を持って。

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