忘却の館

平 遊

第1話

 小学4年の夏休み。

 私は友達と友達の家族と一緒に、山の中にあるキャンプ場に来た。

 一泊二日の滞在予定。

 一緒に来た友達は、萌香、蘭、奈々と、それから大介、礼一、翔、いつき、の7人。

 みんな同じ小学校で、家も近所。家族ぐるみで仲がいい。

 大介のところは弟の次人つぐとも一緒。

 私は両親の都合がつかなくて、大介の家の車に乗せてもらった。

 とても楽しみにしていたキャンプ。

 だけど、キャンプ場に近づくにつれて、なんだか胸がザワザワしていた。


「楽しみだな、若菜! テントだぞ、テントで寝るんだぞ!」

「そうだね、楽しみだね」


 大介はたぶん、7人の中で一番このキャンプを楽しみにしていた。普段からやんちゃで外で遊びまわる事が大好きだから、待ちきれないくらい楽しみにしていたみたい。


「着いたらすぐ川で泳ごうぜ!」

「にいちゃん、ボクも!」


 次人がニコニコしながら大介の手を引っ張ったけれども、大介のお母さんがそれを止めた。


「次人はダメよ。もうちょっと大きくなってからね」

「えー……」

「大介も、あんまり遠くまで行っちゃだめよ。川が深かったり流れが早かったりしたら、川で泳ぐのはやめなさいね。川岸で遊ぶだけにするのよ」

「分かってるよ」


 お母さんの言葉なんてきっと、右から左に聞き流しているのだろうと思う。

 大介は嬉しそうに笑いながら、窓の外を眺めていた。


「にいちゃん、虫いっぱいいるかな」

「多分なー」

「にいちゃん、虫いっぱいつかまえられるかな」

「うん、がんばれー」


 次人も楽しみにしていたのか、一生懸命に大介に話しかけている。


「仲いいね」


 私が言うと、大介は照れ臭そうに笑った。


「こいついつもうるせーんだよ、にいちゃんにいちゃん、って。まぁ……可愛いけどな」



「えー! 若菜ちゃん泳がないの⁉」


 フリルの付いた可愛らしい水着を着た萌香が、悲鳴のような声をあげる。

 キャンプ場に着いてからすぐ、大人たちはテントの組み立てや食事の準備を始め、子供たちは川に遊びに行くことになったのだ。

 だけど私は泳ぐことができない。

 だから水着も持って来ていなかった。


「ごめんね、萌香。私、泳げないから……」

「川は海より浮力が無いし流れもあるから、泳げないなら無理して泳がない方がいい」


 そう言ってくれたのは、礼一だ。

 礼一はいつでも冷静で的確な判断をしてくれる。とても小学4年生とは思えないくらいに。


「じゃあ悪いけど、若菜これ、持っててくれないか? なんかあったら連絡しろって母さんから持たされたんだけど、落としたらマズイから」


 そう言って、私にスマホを渡したのは翔だ。

 翔はリーダー的な存在で、私たちを引っ張ってくれる。


「うん、分かった」

「でも、せっかく川に来たんだから、水のかけっこくらいはするわよ? それくらいならいいわよね、若菜」


 小学4年生にしては大人びた水着で、またその水着をしっかり着こなしている蘭が、ニヤッと笑いながら早速川に入り、水の中に手を浸している。

 川底は石だらけで危ないから、みんな水遊び用の靴を履いたまま、川の中に入っている。

 その姿を見て、私も靴くらいは水遊び用のものを持ってくれば良かった、なんて思っていた。


「ちょっ! ちょっと待って、蘭! その前にこのスマホをポケットに」

「ずるーいっ! 私も私も! わーちゃん、行くよ⁉ ……きゃっ!」


 肩にリボンが付いた水着を着た奈々が、蘭に続いて水の中に入り、手を浸そうとしてバランスを崩した。


「奈々ちゃんっ!」


 慌てて駆け寄ろうとしたけれど、それよりも早く、そばにいた樹が奈々を支えてくれた。


「ほんとにもうおっちょこちょいだなぁ、奈々は」


 樹はいつも、なんだかんだとちょうどいい所にいてくれる。そして、ムードメーカー的な存在だ。


「えへっ。ありがと、樹。えいっ!」

「わっ! やめろよ、何すんだよ奈々っ! お返しだっ、えいっ!」


 そこからいきなり始まった水の掛け合い。

 夏の日差しが水しぶきに反射して、キラキラして眩しいくらいだ。

 私も少しだけ参加したけど、その後は近場の岩に座って足を水に浸しながら、みんなの様子を眺めていた。

 みんなの楽しそうな姿を見ているだけでも、十分に楽しかった。ちょっとだけ、羨ましいとは思ったけど。


 ふと、すぐ斜め後ろの木の幹で、何か動いたような気がした。

 良く見ればそれは、木の幹に貼られた貼り紙のようなもの。風が吹いて、剥がれかけた紙がヒラリと浮き上がったようだ。

 何が書かれているのか気になったけれども、胸のザワザワが強くなったような気がして、その木が視界に入らないように私は座る向きを変えた。


 と。


「あれっ?」


 いつの間にか、みんなの姿が川の下流の方へと移動している。


「ちょっと、みんな待って! 待ってってば!」


 私も慌てて、みんなの後を追いかけた。

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