2-3. 12:00 白髭神社の行き違い



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 セブンイレブン海津大崎店を出て、再び愛機エモンダを漕ぎだす。

 時刻は10:00を過ぎて出発からおよそ4時間弱といったところか。それで50kmまで走れているのだから、予定としては若干の余裕がある計算だ。

 ここからは県道54号線の風車街道と、その更に琵琶湖側に通る市道を走っていくルートだ。

 住所でいうならば岐阜県高島市である。この辺りにはメタセコイア並木で有名な通りがあるのだが、やっぱり今回は観光目的ではないので完全にスルー。マキノ町の住宅街を過ぎた辺りで、また琵琶湖畔の道道を進んでいく。

 この辺りは住宅街ではなく、別荘地のようだった。

 琵琶湖の湖水と道路を挟んで大きな邸宅とガレージが並ぶ。

 だが、四半分ほどは打ち捨てられているのか、しばらく人の手が入っているようには見えない建物も多かった。

 その隣にはピカピカの4WDが止まっていたりする。私ではどれほど稼げば別荘など持てるのかもわからないが、埃を被ってガラスが割れてしまっているような建物と高級車が停まっている建物と。資本主義者社会の成と敗北、盛者必衰の理そのものを見たように思えてなんとも言えない気分になった。 


 

 滋賀県は言うまでもなく内陸県だ。つまり海に面していない。

 しかし琵琶湖に面するこの辺りではオートキャンプ場だったり、湖水浴場が並んでいたりする。そう、滋賀県民は海の代わりに琵琶湖で泳ぐのだそうだ。今は五月、少し泳ぐには早い時期というだけで、シーズンになればここも湖水浴に興じる人々であふれたりするのだろうか。

 

 そんなことを考えながら、高島市の風車街道を走り抜ける。

 ビワイチのルートは国道161号線と合流し、ひと際狭い部分へと至った。

 狭い、というのは道路幅の事ではない。むしろ国道なので対向二車線、湖西地域の中でもかなり広い。

 では何が狭いのか、というと右手側が木々生い茂る山になっているのである。圧迫感があって、しかも国道ということで先ほどまでの市道県道とは違い、自動車の交通量が格段に増えているのである。

 体感的に恐ろしく狭くなっている。

 それで私の脳裏に、苦い思い出が蘇えった。


 この先には映えスポットとしても有名な白髭神社があるのだ。


 琵琶湖の景勝地と言えば真っ先に挙げられるほど有名な、湖面に鳥居が立っている神社である。

 

 だが、恐ろしく危ない。

 繰り返すが湖西地域の主要国道で、交通量が格段に増えている場所。

 歩道もなく、信号もなく、長い距離を自動車と並走しなければならない区間だ。

 ただでさえ狭い路肩を大型車も通って風にあおられながらも走らねばならぬ危険な区域。


 そう思って内心で身構えながらも白髭神社前の通りに出た私は、驚きのあまり歓声を上げた。


「道路が広がってる!」


 そうだ。

 四年前はとてもじゃないが路肩に停まるなんて怖くてできない程狭かった道路が、ブルーライン専用の道幅を拡張しているのだ。

 ああ、そうだった。

 確かに四年前、この辺りはずっと工事を続けていた気がする。

 長浜と同じで整備が終わり、ビワイチチャレンジャーのために通りやすくなったのだ。


 内心で喝采を上げながら、ようやく日が差してきた国道を走り抜けていく。

 白髭神社の参拝は前回行ったので、これも今回は割愛。

 というか今回のフルビワイチは本当にどこにも寄らなかったし、写真だって殆ど撮らなかった。

 あまりの禁欲ストイックさに、せっかくの休みに私は一体なにをやっているんだ……と思わなくもない。

 いや、やりたいことをやりたいようにやっているのだから、ある意味では禁欲どころか欲望のままに行動しているはずなのだが。どうしてこうなった。

 

 自己矛盾にまつわる哲学的な問いはさておき、そろそろ正午を回ろうとする時間だ。

 コンビニによって以来二時間近く経っているので昼飯の休憩としてもちょうど良い時間である。

 と、そこで私ははたと気が付いた。


 現在私は、左手に琵琶湖を望んで走っている。つまり左手側に建物は何もない。吹きっさらしの湖面があるばかり。

 反対車線に渡りたくとも信号は無い。そしてこの国道は交通量が多く、ぱっと反対側の歩道に渡るのは危険すぎる行為。


「あっ、良い感じの食堂が反対車線にあるのに……ああっ、良い感じのカフェが、なんか映える的なおしゃんなカフェがあるのに!」


 向こうに渡るための横断歩道が無い!

 結局信号があったのは、白髭神社から1km近く進んだ場所だった。


 は、腹が減った……。


 いくら補給食があるからと言って、それだけでずっと動き回れるわけじゃない。

 ロードバイクや登山で口にする行動食という奴は、コンパクトで食べやすく、しかもハイカロリーという制限がある。

 そりゃそうだ、高強度の運動を継続するために動きまわりながら手軽に食べるためのものだから、コンニャクみたいにローカロリーなダイエットフードというわけにはいかないのである。

 となると、味の方向性が画一的になっていく。要はカロリーメイトとか一本満足バーとかそっち系の奴だ。

 それをスポーツドリンクで流し込んでばかりいるとメンタルの方が下がってくる。メンタルが下がればパフォーマンスも落ちてくる。

 そういった意味でも、ロングライドにおける食事は重要だ。

 今回私はいろいろな部分をそぎ落としてこのフルビワイチに望んでいるので、せめて昼食はまともなものを……と思っていたのだが。


 1km戻るか……?

 いや、むしろこの先はちょっと入り組んだ細い路地に入る、住宅地内を縫うように走っていくコースだ。

 おしゃれなカフェとは言わないが、ちょっとした食堂くらいはあるだろう。

 だったら余計な往復2kmを費やすよりは進んだ方がいい。


 そう判断した私は、白髭神社の前を走り抜けた。



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 To be, or not to be.


 生きるか死ぬか、それが問題だ。

 なんて訳されるシェイクスピアの名文だったか。

 生死を賭けた……とは言わずとも、それをするかしないか、という選択は人生に必ず付きまとってくる。

 問題は、その問いに正解が無いというところだろう。ゲームのように選択肢が出たらセーブ/ロード、違うルートを確認してみる、なんてできないのだ。


 戻るが正解だったかも知れない。


 そう思いたくなるほど、白髭神社そばの食堂とカフェを過ぎてから食事処にありつけない。

 腹が減った、腹が減ったと頭の中はそればかり。

 そんな思いを神様が汲んでくれたのだろうか。私の目に、「カフェ 左折 120m」の看板が目に飛び込んできた。

 

 うおおおキタぁぁぁぁぁぁぁ!


 そんな喝采を上げて路地へと左折し、カフェに向かって突撃する。

 人間追い込まれた時にはちょっとすごい力が出るものだ。

 さすがにそろそろ疲労感が増してきたというのに、私はその坂道をびっくりする速度で駆け上った。

 

「間違いないここだ日替わりランチをオナシャあああああっっっあああああ゛あ゛あ゛臨時休業ぉぉお゛お゛お゛お゛お゛あ!!!」


 ダン! とハンドルバーを叩いて嘆く私を、民家の工事をしているおっちゃん方が不思議そうな顔で見ていた。




 結局私が食事にありつけたのは、白髭神社から15km、40分以上走ってからの事であった。

 どちくしょう。


 


 

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