ビワイチ オッサン ロードバイク

入江九夜鳥

準備編

0-1. 思い出したのでビワイチ


 

 それは4月の半ばの事だった。

 

「また5月に夏休みッスか!?」


 私の声がお店のバックヤードに響く。

 接客業であり、土日祝日も勤務日である以上お盆だからGWだからと休みがもらえるわけではない。

 店を閉めるわけにはいかないので、スタッフが交替で分割して夏休みを取らなければならないのだ。

 そういった都合があり他のスタッフの予定や繁忙期に人員を確保しなければならない兼ね合いで、去年に引き続きGW明けの5月後半に私は3連休を貰うこととなった。

 

 さて、どうしようか。

 腕を組んで考える。

 2023年の5月は、富士山に挑んだ。

 ロードバイクで富士山を一周する、いわゆるフジイチという奴である。さらに富士五湖を周遊する160km超のコースを12時間かけて完走したのだ。

 

 あれは実に楽しかった。

 いや、走ってる最中は延々続く坂にヒイヒイ言って、気温にヒイヒイ言って、富士山に逆ギレして、終盤には無我の境地で走り、最後は夜の闇を切り裂く(悲鳴を上げながらの)ダウンヒルである。

 素人に毛が生えた程度の経験しかないような私にとって最長のロングライドだった。

 もちろんキツかったし、苦しかった。

 なんでこんな苦行をやってんだ。一体誰が悪いんだと責任転嫁したいところだが自分以外に関係者がいない以上、やっぱり私が悪いのだ。

 

 でも楽しかった。

 終わりよければ全て良し、なんて言うけれども。

 フジイチの達成感は半端なかった。

 これまで何度か富士山周辺にいったことはあるけれど、フジイチの時以外はすべてオートバイ。

 オートバイの時に楽しくなかったというわけじゃない。

 でも富士山を一番楽しんで、一番身近に感じて、一番堪能したのはどの時だったかと思うと、やっぱりフジイチの時なのだ。

 

 あんなに苦しくて、ヒイヒイ言って、キツくて辛くて、後悔して……。

 あんなに楽しかったことなんて、中々無いよね。

 結局大怪我でもしない限り、人間喉元を過ぎれば熱さを忘れてしまう生き物なのである。全く救いようがない。


 仕方ない。

 今年も富士山に挑んでみるか……と予定を立てようとしたところで、ふと思い出すことがあった。

 

 日本一のお山は富士山。

 なら、日本一の湖は。


 そう。

 琵琶湖である。


「ビワイチ……リベンジするか」


 4年前、私は琵琶湖一周ビワイチに挑み、完走したことがある。

 だがその際に準備不足経験不足もあって途中で脚を攣り、完全一周とはならなかったのだ。


 琵琶湖の最狭部には、琵琶湖大橋が掛かっている。

 その北側で大きな方を北湖、南側で小さな方を南湖と呼ぶのだが、北湖一周でもビワイチ達成と言える。いや、むしろそちらを走る人の方が多いだろう。

 私も3年前に北湖一周に挑み、それを達成したのだ。


 だが、心残りがあった。

 あの時本当は、脚が攣りさえしなければ南湖も回りたかった。

 一度に琵琶湖の全てを一周する、フルビワイチに挑むつもりだったのだ。


 あの頃まだ私は未熟で経験不足だった。

 それゆえに脚を攣って、フルビワイチを諦めることになった。

 今でも未熟である事は承知している。

 だが、あれから多少なりとも経験は積んだはずだ。

 フジイチをも制覇した今ならば。


「行くか、フルビワイチ」


 こうして私はフルビワイチに挑む。

 かつてのリベンジを果たすため。

 

 

 











 

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