1-2. トラブルバスター・諭吉さん



 距離としては短いが、非常に疲れた思いで自転車屋さんに到着。

 飛び込みでお願いしたにも関わらず、ご主人は即座に故障の修理に対応してくれた。奥さんや順番を譲ってくれた先客さんにも頭が下がる。

 

「やっぱりハンガーが歪んでますかね?」

「多分ねー」


 やっぱり電車のドアでぶつけたのが原因で、ハンガーに歪みが発生したようだ。

 リアディレイラーはレバー操作でワイヤーが牽かれディレイラーの位置が右に左に動くことでチェーンが掛かるギアを変更するという仕組みだ。ほんの1cm、いや0.5cmの動きのズレで、チェーンがギアに掛からなくなる。

 リアディレイラーの後部をのぞき込むと二つのネジが見える。このネジを閉めたり緩めたりすることでディレイラーの動きを調整することができる。

 と書けば、非常に簡単に思える。実際の操作もそんな難しくはない。

 難しいのは、この調整には超絶シビアな正確性が必要というところ。過去に私も自分で調整してみようといじったことがあるが、全く歯が立たなかった。ディレイラーの動きが良くなるどころか悪化する一方で、最終的には重くも軽くもできなくなって自転車屋に持ち込んだことがある。

 今回は幸いにもこのネジの調整だけで状態を整えることができた。が、根本的な解決にはやはりハンガーの交換が必要になるようだ。

 私のバイクはTREKである。困ったことにTREKはTREKのバイクを扱っているお店にしか部品を卸していないので、このお店ではハンガー交換ということにはならなかった。とりあえず問題なくギアチェンジできるように調整はしてもらったのでそれで良しとしよう。

 併せてライトとリアライトを購入。

 迷った末にちょっと良い性能のものにする。

 ディレイラーの調整(技術代のみ)と合計\11,000の出費である。

 出せない額ではないが、地味に痛い。


 先客さんのバイクをいじっている際に、「古いバイク」の話になったので私も混じって雑談に興じる。

 ロードバイクはどんどん進化と変化をしていっている。

 まるでパソコンみたいに毎年のように新しい技術と規格を搭載したモデルが発表される世界だ。

 だから古すぎるバイクのフレームだと、新しい規格のパーツが使えないことがよくある、という話なのだが、


「そうなんですか!?」


 と驚く先客さん。

 私も今のバイクを購入するまでそのことを知らなかった。

 例えばディスクブレーキとリムブレーキではそもそもブレーキの取り付け部の位置が違うしディスクブレーキ用のホイールとリムブレーキ用のホイールは構造も違うので、ディスク用のフレームにリムブレーキのホイールは取り付けることができない。互換性が全くないのだ。

 

「20年前だと、リアは9段変速の時代。今の最新モデルは12段変速やねん」


 とご主人。滋賀に入ったことで、口調がやっぱり関西弁だ。


「俺のバイクが19年モデルで11段変速。その頃から12段変速になるって噂はちらほら雑誌で見ましたね」


 頷くご主人に、へぇーと感心する先客さん。

 ちなみにチェーンも厚みが違ってくるので、9段用のチェーンは11段のスプロケットには使えない。

 

「タイヤだって今はどんどん太くなってますよね。だから昔のフレームには太すぎて今のタイヤは入らない」

「そうなんや!」


 先客さんが驚く。

 ご主人がにやりと笑って蘊蓄を披露してくれた。

 

「タイヤって昔はもっと細くて硬かったんよ。細いは速い、速いは正義やから。それは正解なんやけど、最近の研究ではどうも速さってのはそれだけじゃないって言われるようになっとる」


 それこそ20年前は18とか19C(空気を入れると19mm幅になるタイヤ)が主流だった。

 実際前面からの空気抵抗とか転がり抵抗とか、細くて硬い方がよく回転してくれる。細いは速い、それは実に正しい。


 だが、それはあくまで理想的な環境の場合ではないか、もっと太くてもそこまで速度は変わらないのではないかと言われるようになってきた。

 もう少し正確に言えば、細いは速い、と言えるのは理想的な環境の場合……つまり競輪のような専用トラックの話であって、公道のように砂利や轍があったりする場合はちょっと事情が違ってくる。

 細くて硬いとパンクしやすいし、ギャップを踏んだ際の反動反発が強く返ってくる。それで生じるロスやストレスもある。だから太いタイヤを履くことでストレスを抑えたりと、トータルのスピードや持久的エンデュランスなスピードとして考えると太いタイヤを履くメリットが勝ってくる……という理屈だ。

 他にも昔に比べて全体的にパーツが軽くなったことでタイヤのみの軽量化を重視しなくなった、なんて部分もある。


「でもねぇ、太いタイヤに慣れると自転車乗るのがヘタになっちゃうのよ」


 と奥さん。

 太いタイヤを履いていると衝撃吸収性能が高いので、ギャップを踏んだ時の衝撃を逃がす抜重をサボる癖がついてしまうと。

 中々難しいね。


 他にも久しぶりに乗ろうと古いバイクを持ち出してきた人が、当時の最高級パーツの性能が現在のエントリーグレードのものとさほど変わらないと知って驚いた話で盛り上がる。

 後々調べてみたらその自転車屋さんはご夫婦の人柄の良さもあって非常に評判の良いお店だった。さすがに岐阜から通うわけにはいかないが、機会があったらまた立ち寄りたいものである。


 ロードバイクの調整とライトの調達も済んだ。

 自転車屋さんを出た後は彦根城へと寄ってスタート地点の石碑を確認する。

 そこから軽く周辺を走り回ってビワイチのルートへのアクセスを確認すると、スターバックスで一服。

 日の暮れかけたスタバのテラス席で、国道を走りゆく自動車を眺めてぼんやりと考える。

 この道路を挟んだ向こうには琵琶湖がある。

 

 旅行は計画を立てる時が一番楽しい、なんて喩もあるが。

 何かに挑戦するときも、この直前のタイミングが一番楽しい時間かもしれない。

 トラブルはあったものの準備はすべて整った。

 今更何か追加のトレーニングなんてできない。

 不安はある。

 楽しみもある。

 それらをない交ぜにした不思議な感覚。

 

 途中でコンビニによって、ドリンクや朝食、補給食を用意した私はホテルに戻った。


 明日、私は琵琶湖に挑む。

 日本一の湖に、リベンジを挑むのだ。

 







 

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