過ち②

 


「宗次郎君」

「ああ、いたの? 叶さん。盗み聞きとか趣味悪いね」

「ねえ、何をするつもり?」

「ん? 別に怪我させたりとか危険な目に遭わせるつもりはないよ。俺もそこまで非道じゃないんで」  

「その辺は信用してる。でも、あの2人の関係を引き裂くのは無理なんじゃないかな? もう分かってるんじゃない? 柊弥が想像以上に舞ちゃんに執着しているってこと」


 それがそもそもの誤算だから言われなくても分かってるっつーの。


「ま、引っ掻き回してあいつの顔にちった~泥塗れれば結果オーライってことで」

「ごめんだけど、私はもう協力することはできない」

「だろうね。別にいいよー。あん時ゲロらなかっただけ感謝してる」

「……宗次郎君が諦めたら私はあっちに戻るから」

「へえ、悪いね。彼氏とラブラブしたいだろうに」

「……舞ちゃんを傷つけたりしたら許さないから」


 そう言い捨てて去っていく叶さん。傷つけたらって……君がよく言うよ。


 ・・・さて、今日は何かとタイミングがいい。決行するなら確実に今日だ。ククッ、あの人も馬鹿だねえ……。無駄なプライドが邪魔をして、舞に黙ってコソコソしてるから足元掬われんだよ。恨むなら自分のプライドでも恨んどけ。


 ま、ぶっちゃけ舞とあの人の関係だの何だのは、マジでどうでもいい。ただ、あいつへの嫌がらせに利用させてもらうよ?


 ピコンッとスマホが鳴って確認すると、舞からメッセージが届いた。


 《もう裏門行っちゃうけどいいー?》

 《おけー。俺も今から行く》

 《はいはーい》


 罪悪感が全く無い……と言えば嘘にはなる。舞に関しては尚更ね。舞は完全に巻き込まれた側で、本来ここにいるはずのない人間。でも、舞という存在が無ければ俺はあいつへ嫌がらせをしよう……なんて思考にもならなかった。良くも悪くも舞の存在が全てを左右した、ということ。


「……とことん惨めな女」


 裏門に行くと、ポーッと空を眺めている舞がいた。


「どうした?」

「嵐が……来る」


 すんごい中二病クサイのは気のせいか。


「この後、雨予報だからねー」

「ええ、マジかー。傘持ってきてなーい」

「折り畳み傘くらい常備しとけば? サーバントなんだし」

「それもそうだねー。で、宗次郎は持ってるの?」

「持ってない」

「持ってないんかい」


 そんなこんなで街中までやって来て、適当に文化祭の買い出しをした。


「ていうか、この買い出しってあたし必要?」

「んーー。別に?」

「だよね……って、オイ。ならなんの為にっ……」

「まあ、いいじゃん? たまには同期で親睦深めても」

「はっはーん。そんなこと言って1人で買い出しするのが寂しかったんでしょ~? 素直にそう言いなさいよ~」

「あーうん。もうそれでいいや」


 俺の隣で無邪気に笑う舞。今から何が起こるなんて知りもしないで。


 ── “罪悪感”。


 舞が笑うたびに罪悪感が押し寄せて来る。やめるか……? いや、あいつがあの人に捨てられて、無様に堕ちていく姿を拝まなきゃ割に合わねえよな。


 あいつのせいで、あいつが無駄に頑張るから……俺が“上杉家の恥さらし”になっちまったんじゃねーかよ。どいつもこいつも『恭次郎、恭次郎』『恭次郎を見習いなさい』『恭次郎みたいになりなさい』……うっせぇんだよ。俺はあいつとは違う。


「どうしたのー? 我が同期よ」

「いや? 別に」

「悩みがあるなら聞いてやらんこともないけどー」

「舞に愚痴るほど落ちぶれたくない」

「言い方気をつけて」

「ごめんごめーん」


 舞、俺のことは許さなくてもいいよ。許してほしいとも思ってない。悪いな、同期……俺の為に利用されてくれ。


 えっと、情報によるとこの辺にあの人がいるはず。上杉家は俺派閥と恭次郎派閥の2つに分かれていて、圧倒的にあいつ派が大多数を占めている。そりゃそうだわなって感じだけど。ま、それでも俺派って奴も少なからずはいる。だから俺は、そいつ等を使って情報収集や諸々をやっているってわけ。


 ── あ、いたいた。


「えーっと、後は何がいるんだっけ。あれ? もう全部買い揃ってない? ねえ、もう全部揃ってるよー。おーい、宗次郎聞いてる?」

「あれ、あの人じゃね?」

「ん? あの人?」


 俺が指差す方向へ視線を向けた舞。すると、ピタっと動きが止まった。


「隣の女……あれ、今あの人と熱愛が騒がれてるモデルじゃない?」

「……ふーん。そうなの? へえ、あたしそういうの疎いから知らなかった。ま、どうでもよくない?」


 チラッと舞を見てみると、険しい顔をしていた。どこか悲しげで不安げな感じで少し焦っているようにも見えた。口ではあーだこーだ言っても、何だかんだあの人のことが気になってんだな。


「凸る?」

「は? 馬鹿じゃないの? 帰ろー」


 その時だった。


 ザァァーー!! バケツを引っくり返したような雨が降り注ぐ。どうやら天気も俺の味方をしてくれているらしい。これで予定通り事を進められそうだな。


「うわっ!? ちょ、ヤバくない!?」

「買った物が濡れるのマズいな」

「だよね。どうする? コンビニとかで雨宿りする?」

「いや、そこのビジホでよくね?」

「は? いや、何を言ってっ……」

「こんな時期にこんなズブ濡れのまま放置してみ? ほぼ確で風邪引くって。文化祭前でピリついてんのに、サーバントである俺達が同時に体調を拗らせた……なんてヤバいだろ。あいつとあの人グチグチ言われるのがオチ」

「よし、行こう!!」


 こいつ……マジで大丈夫かよ。危機管理なってなさすぎて逆に心配になるわ。


 ── ビジネスホテルに着いて、舞がシャワーを浴びている間に準備を進める。


「お先でした~」

「うん。はい、これ。体の中も温めた方がいいよ」

「気が利くね~。これがモテ男の秘訣?」

「さぁ?」

「いただきまーす」


 俺が淹れた紅茶をなんの疑いもなく飲み干した舞。


 ── そう、睡眠薬入りの紅茶をね。とはいえ、小1時間くらいの効果しかない睡眠薬にしておいた。でも、効き目は抜群。


「あれ……っ、なんか……急に……」

「舞? 大丈夫?」

「ご……めん……なん……か……」

「そっか。おやすみ──」


 パタリとソファーに倒れ込んだ舞を抱き上げ、ベッドに移動させた。そして、スマホを手に取り電話をかける。


 〖入って来ていいですよ〗

 〖了解〗


 電話を切ってすぐ部屋に入ってきたのは、あいつにフラれたことを根に持ってる女。


「その子の衣類を全部脱がせて、全裸にした状態で掛け布団を被せておいてください。あと、うなじにキスマーク付けておいてくださいね。それと、見るか見えないかくらいの位置にもう1つキスマークを。頼みますね、俺はシャワー浴びてくるんで。あ、分かってるとは思いますけど……そこの子に余計な真似はしないでくださいね」

「……っ、わ、分かってるわよ」

「そうですか。俺の指示を全てやり終えたら帰ってください、お礼は弾みます。じゃ」


 シャワーを浴び終えベッドへ向かうと、スースーと寝息を立てながら眠っている舞。ほんの少し掛け布団を捲ってみると、舞の素肌が見えた。


 首に1ヶ所……見えるか見えないか絶妙なラインにキスマーク。舞の髪をかき上げて、うなじを確認するとガッツリ濃いキスマークが1つ。あの女……やらしいな。


「効果はあと20分くらいか」


 ソファーに座ってただ無になった。何も考えないし、考えたくもない。


 小1時間効くとはいえ、どうなるか分からない。


「そろそろか」


 俺も全裸になってベッドへ──。舞を腕枕して抱き寄せる。俺の腕の中で無防備に眠っている舞を写真に納めて、腕をそっと抜いて目を瞑った。


 ── これでようやく解放される、あいつはもう終わりだ。

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