夏季休暇リターンズ④

 


「おかえり、柊弥……どうした? 顔が真っ赤だよ。熱中症じゃないか?」

「あ? ああ、別に何でもねーよ」

「ねぇ、柊弥~。早く海入ろ?」

「あーー、ハイハイ。行くぞ、蓮」

「仕方ないなぁ」


 ・・・いや、あれはマジで反則だったろ。あいつの作戦か? いや、そんなアザといことをするタイプじゃねーしな、あいつ。つーことは無自覚であれってことか? いやいや、マジで厄介すぎんだろうが。素であれとかシンプルにヤバすぎんだろ。


「はぁぁ……」


 このまま押し倒してブチ犯してやろうか……とか、頭ん中がごちゃごちゃしてヤバかったなーー、ほんっと。


 ── あいつ、どんな声で啼くんだろうな……って、なに考えてんだよ俺。アホか。


「チッ」


 俺だから堪えれたものの、他の野郎なら余裕で理性ブッ飛んでんじゃねーか? あれ。危なっかしいったらありゃしない。


 いっそのことあいつを何処かに閉じ込めておければいいのに……とか、マジで思い始めてる俺も相当ヤバいよなー。


 誰にも見せず、誰とも接触させず、俺だけを見て、俺だけを感じていればいい──。なーんてねえ~? さすがにそこまでイカれてはねえけど、まあ、本人がいいなら閉じ込めてぇな、普通に。


 ま、あいつが他の誰かのモノになる……そんなことはこの俺が絶対に許さないから、閉じ込めておく必要もねえけどって話で。


 ── 七瀬舞は俺の""だけ""モンだから。


 俺だけの“唯一無二のおもちゃ”……おもちゃ……おもちゃ……ねえ。最近、“おもちゃ”っつー表現がマジでしっくり来なくなってきたんだよなぁ。


「ねぇ、柊弥。引っ張って~」

「へいへい」


 凛の乗った浮き輪の紐を適当に引っ張る。


「柊弥。引っ張ってくれ」

「へいへい」


 蓮の乗った浮き輪の紐を適当に引っ張る……いや、なんでだよ!!


「おい。お前は自分で何とかしやがれ」

「つれないなぁ~」


 チラッと海の家のほうへ視線をやると、俺の目はすぐ七瀬を見つけやがる……というより、あいつしか映し出さねえんだよな。


 他はただのモブでしかない。


 そのただのモブ共にニコニコと馬鹿みてぇに愛想振り撒きやがって……クソ気に入らねえ。俺には大概ムスッとしてるか、般若みたいな顔しかしないくせによ。


 つーか、周りのクソモブ共がニヤニヤ、ニタニタして七瀬を舐め回すように見てやがるし。それ、誰のモンだと思ってんの? テメェらはよ。七瀬も七瀬で気付けっつーの。なぁんでこうも鈍いかね、あいつ。


 まーず変に男勝りな部分があるからな。“あたしを女として見てる人なんて別にいないでしょ。気にしすぎじゃない?”的な感じで思ってるからな。


 お前、黙ってりゃそこそこイイ女だってこと、いい加減自覚しろって。ま、口を開けば“残念女”まっしぐらだけど、男なんざ見てくれが良けりゃ何だっていいって奴が大半だろ。


 まあ、俺は見てくれすらどーでもいいが。女なんて全部一緒だろ? 誰でも変わらん。ただし、あいつ七瀬を除いては……な。


 すると、七瀬がこっちを向いた。


 今、確実に俺と目が合っている状態。離れていても視線がしっかり絡み合い、あいつ以外なにも見えなくなった。音も何も聞こえない。この世界に七瀬と俺しかいない錯覚に陥る。あいつのことが妙に輝いて見えて、ただただ純粋に『綺麗』だと思った。


 そんな七瀬が俺にニコッと微笑み、そして……しれっと中指を立ててやがる。ベーッと舌を出して、鼻で笑うように俺を小馬鹿にしている七瀬。


「……あんのクソアマが」

「ん? なんか言った? ……って、ちょっ、柊弥!? ギャァーー!!」


 俺はストレスを発散すべく、凛が乗った浮き輪をこれでもかってくらい引きずり回した。


「だぁーー!! はぁっ、はぁっ……蓮、代われ。さすがに疲れた」

「あらら、凛が気絶してるじゃないか」

「三半規管弱すぎんだろ」

「いや、もうその次元ではなかったよ」

「そうか? ま、いいだろ。本人も満足してそうだし」

「いや、気絶しちゃってるからね」

「そうか」


 気絶してる凛を蓮に任せて海から出た。すると、大したことねぇ女が次から次へと話しかけてくる。どうせ俺のルックスと金目当てだろ? 見え見えなんだよ、気持ちワリー。


「ああ、ごめんだけど今疲れてるし、プライベートで完全にオフ中なんだよね。また今度にしてくれるかな? 悪いね」

「キャーー!! また今度だって~」

「やっぱかっこいいーー!!」

「また会いたいですーー!」

「いつでも会えるよ……君達の夢の中でね」

「「「「「キャーーーー!!!!」」」」」


 ── はっ、アホらし。


 海の家に戻ると、露骨に嫌そうな顔をする七瀬。で、俺のもとへ接客しに来たのは七瀬の連れだった。


「久しぶり~、九条君」

「久しぶりだね。元気だった? 美玖ちゃん」

「おかげさまで~」


 七瀬とは真逆なタイプのブリブリ系。ま、わざと感もねーし、これが素なんだろうな。興味ねえし、どーでもいいけど。


「悪いけど、そこでしかめっ面してる七瀬さん呼んで来てくれるかな?」

「舞ちゃん九条君の接客が嫌なんだって~。んもぉ、九条君……舞ちゃんに何かしたぁ?」


 七瀬の連れが俺の耳元に近付いた途端、何者かが割って入ってきた。


「すみません。僕が注文受けますね」


 あ? なんだ? このクソ陰キャ。つーか、誰に向かってその面引っ提げてんだよ。この俺に対して敵意剥き出しとはいい度胸してんじゃねーか。俺に歯向かうようなその目……気に入らねえ。今すぐそんな面できねえようにしてやるよ。


 俺が立ち上がったのと同時に、七瀬がスッ飛んできた。


「くっ、九条……落ち着いて……ね?」


 小声でそう言うと、俺の胸元を軽くペチペチ叩きながら、これまた小声で『ドードー』と言っている七瀬。つーかお前、誰に向かって『ドードー』言ってんだよ。


「近くで見たら大したことないですね。もっと背が高いのかな? と思ってたんですけど」

「あ? なんて?」

「ドードー!!」

「ちょ、真広君!? 失礼だよ!!」


 このクソ陰キャ……身長だけは無駄に高ぇな。俺より数センチ上ってところか。ま、そんなひょろい体で俺に勝とうなんざ幾億年早いっての。


「確かにイケメンではあるけど……僕の美玖ちゃんには釣り合わないかな」

「ああ、君……美玖ちゃんの彼氏君? いやぁ、男の嫉妬ほど醜いものはないよ? 気を付けたらどうかな」

「はい?」

「ドードー!!」

「真広君!!」


 こんなクソ陰キャが俺に楯突くなんてな。ま……そんだけこの女のことが大切ってことか。


「九条っ!! カモンッ!!」


 さっきからずっと謎に小声な七瀬に引っ張られて、建物の裏に連れて来られた。


「九条」

「あ?」

「いい子だ。あの状況でよ~く耐えた! 褒めてつかわす」

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