チャンス③

 


 ── 叶家に生まれた私は、パパにもママにも愛されて何不自由することなく幸せに生きてきた。


 家柄目的で近寄ってくる男が多くて、恋愛には積極的になれなかった私がようやく“この人”だって思える人と巡り合えて、毎日が楽しくて輝いていた。“恋”って素敵だなって、ようやく気付けたのに──その輝きも、幸せも、そう長くは続かなかった。薄々は気付いてた……叶家の所有する企業の経営が不安定になってて、今は右肩下がりの一方だってことは。嫌な予感はしてたけど、“きっと大丈夫”ってそう言い聞かせていた。


 でも、嫌な予感というものは的中するもので──。


「咲良、お願い!! ママを助けると思って……ね? いいでしょ? ほら、柊弥君と仲良かったじゃない。咲良可愛いから柊弥君だってきっとっ……」

「でもママ! あの……私ね? 好きな人ができっ……」

「ママ今の生活ができなくなったら死んじゃう!!!!」


 私のママはとても可愛らしくて綺麗な人。


 そんなママはパパの為に綺麗で在ることを怠らない。そして、綺麗な物・可愛い物がとても大切な人。いつまでも可愛くて綺麗なママをパパもよく褒めていた。ママの努力もパパはきっと『俺のために』って喜んではいるだろうけど、別にパパは“ママそのものが好き”なだけなのに、ママはそれに気付いていない。


『パパは可愛くて綺麗であろうとする私が好きなの』って、勘違いをしている。何度も何度も『それは違うと思うよ』って、『ママそのものが好きなんだよ』って、そう言っても……何かに取り憑かれたようにパパのため、パパのためって。


 きっと、パパのことが好きすぎるが故のこと。パパもそんなママがちょっと過剰だと察してはいる。何度か綺麗であろうとすることから放そうとしてみたけど、ママがそれを受け入れられなかった。


 まあ、でも分かるの……ママの気持ちも。


 だってパパかっこいいし、妻子持ちなのに凄くモテるし。そんな人が夫なんて、プレッシャーにもなるよね。


 もっと、もっとってエスカレートしていく。それが決して悪いことだとは思わない。私だって好きな人の為に可愛くなりたい、綺麗になりたいって思うもん。実際に好きな人ができてから、メイクも何もかも全部に気合い入れてるし。


 いつまでも好きな人の為に綺麗で在りたい、可愛く在りたいって、とっても素敵なことだとは思うの。


 経営が一時的に右肩下がりになるとこは無くはない話だし、ちゃんと立て直せる技量も何もかも叶家は備えている。でも、ママは過剰に反応して恐れちゃうの。ママの実家はちょっとした会社経営をしてるけど、正直叶家の足元にも及ばない。だから、ママが実家に頼ることもできない現状。


 だからママは、パパの為に自分自身に投資できるお金が無くなっちゃうってことに凄く怯えてる。今回、今までにない右肩下がりが起きてパニックなったママは、正常な判断がつかないほど狂ってしまった──。


「咲良……お願いよ……ママを助けて」


 私に泣き縋るママを……見捨てることができなかった。同じ女だから、好きな人の為に頑張っているママのことをパパに相談することさえ、私にはできなかった。


 私は好きな人に想いを伝えることもなく、無かったことにして帰国した。


 ママの安泰を求め、九条家に嫁ぐ為に──。


 舞ちゃんにも、柊弥にも申し訳ないとは思ってるよ。でも、ママの泣き縋るあの姿が頭から離れないの。泣き叫ぶ声も耳にこびりついて離れない。


「あれ、そろそろ使っていいんじゃない? タイミング的に今日でしょ。あの人達、どうせ今頃ドチ喧嘩してるだろうし、絶好のチャンスだと思いますけど」

「……うん」

「俺も上手いことやるから、そっちも頼みますよ」

「わかった」

「じゃ、失敗しないように」


 ごめんね、柊弥……舞ちゃん。


 私はやっぱ、ママを見捨てることはできない。


 ごめんね、こんな私を許してなんて言えないけど、でも……もうこうするしかないの──。

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