チャンス②

 


 ── 無言で叶さんと図書室へ向かう道中、沈黙を破ったのは叶さんだった。


「ねえ、宗次郎君。やっぱりっ……」

「今更やめるとか言わないでくれよ。だいたい、俺にこの話振ってきたの叶さんだよね」

「でも、なんかさ……」

「俺はぶっちゃけそっち側の事情とかどうでもいいんで。あいつさえ滅茶苦茶にできればそれでいい」


 なにを今になってうだうだしてんの? この女。さっさとあの人九条を利用して、場を掻き回して乱してくれよ。容姿はそこそこ良いんだし。


 ── 数ヶ月前。叶咲良からこの話を吹っかけられた時、こんなチャンスは二度とない……利用すべき、そう思った。


「宗次郎君。君に協力してほしいの」

「は?」

「私、柊弥と結婚しないといけない理由ができたの。好きとか嫌いとかの問題じゃない。“九条の嫁”という立場が必要なの」

「はあ、そうですか」


 あっそ、どうでもいい……としか思えなくて、なんで俺にわざわざそんな話を言ってくるんだ? としか思えなかった。


「七瀬舞、知ってるでしょ?」

「あー、まあ、噂程度には」

「あの柊弥が……」


 この女が言いたいことは何となく分かる。あの人がサーバント……ましてや、庶民の女を連れて歩くとは……ってことだろ? 一般の方でもかなり話題になって盛り上がってたしな。


 随分と厚待遇を受けて、あの人のお気に入りだとか何だとか? ま、知ったこっちゃねえけど。


「で?」

「柊弥から七瀬舞を引き離してほしいの。もちろん私も努力はする。でも、一番ベストなのは七瀬舞が“自ら”柊弥のもとを離れてくれること。悪いけど君のことは調べさせてもらった。お兄ちゃんと比べてっ……」


 あーー、ハイハイ。お前も恭次郎と比べるパターンのやつね。うぜえーんだよなあ、こういうの。


「あいつと比べんのやめてくんね? 胸糞悪ぃんだけど」

「違うって。お兄ちゃんと比べても君の方が圧倒的にルックス良いし、女の子の扱いめちゃくちゃ慣れてるでしょ? 女関係で結構名を馳せてるみたいだしね? 君。悪く言えばただの“女たらし”。でも、悪い噂は一切聞かなかったわ。女の子達から不満や愚痴も出てきてない。扱いが上手いのね。そんな君に落とせない女の子なんているかな?」


 あーー、なるほどね? こいつ、結構ヤベぇ女だな。ま、俺に落とせない女なんているわけがない。


「ははっ。意外とヤバい性格してんね」

「もう形振り構ってらんないの」


 ── まあ、よくある話だ。叶家の経営が右肩下がりで、焦った母親の指示だとか何だとか? はっ、くだらねえな。まあでも、あいつ恭次郎を滅茶苦茶にするチャンスだと確信する。


 あいつが崇拝している九条柊弥の弱み、大切なモノは……おそらく七瀬舞だろう。あいつの弟であるこの俺が、あの人のモノにちょっかいを出して、揺れ動く七瀬舞を俺のモノにした……となれば、あいつの全ては確実に終わる。


 ま、チョロいだろうな。


 ・・・当初はそう思っていたし、チョロいはずだった。でも、七瀬舞という女はどうも思い通りにいかない上に、油断するとこっちが掻き乱される。気を張ってないとこっちのペースが乱されて、いつの間にか呑み込まれている。


 俺なんて所詮はこんなもん。“不出来”には抗えないんだよな。


 ── “上杉家の恥さらし”


 散々浴びせられてきたこの言葉。呪いのようにずっと俺に纏わり付いて離れやしない。周りは都合が悪くなると居なくなり、ほとぼりが冷めた頃に戻って来る。


「あんなこと言うなんて酷いね~」

「私はそんなこと思ってないよ?」

「自信を持って、宗次郎君」


 ── は? じゃあ、なんでお前らは俺の傍から離れた?


 くだらねえ、所詮はそんなもん。手を差し伸べる奴も、寄り添おうとする奴も居ない。ま、そんな奴……別に要らねーけど。


「上杉家の恥さらし」


 物陰から聞こえてきた言葉。ああ、ハイハイ。いつものやつね、そりゃどーも。いつも通りスルーするはずだった。すると、俺の隣から聞こえてきたのは──。


「さっきからゴニョゴニョと雑音が聞こえてくるんだけど、言いたいことがあるならもっと近くで喋ってくんないかしらー。陰でしかボソボソと喋れない奴の方がよっっぽど恥さらしだと思いますけどねー」


 凛として堂々した佇まいに、“何も恥じることなんて一切ないよ”……と、七瀬舞が俺に言っているようだった。こんなの初めてだった、この言葉に立ち向かっていく奴が。


 どこかへいなくなるどころか、“かかって来いよ”と言わんばかりな高圧的な態度のこの女に、言葉を失ったしぶっちゃけ引いた。こいつ、マジでどんな神経してんだ? こんなイカれた女、俺に落とせんのか?


 ── いや、もう分かってただろ……最初っから。


 あの人が選んだ女だぞ?


 俺があの人に敵うはずもないことも、その人が選んだ“唯一無二”の女に敵うはずがないってことも……端っから分かってただろうが。


 ・・・七瀬舞は言うまでもなく、“別格”だ。

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