俺様御曹司は逃がさない

橘 ふみの

不審者①



 あの出来事が、あたしの人生を大きく変えることになるとは思ってもみなかった──。



 あたし、七瀬舞ななせまいはごくごく普通の女子中学生で、見た目も何もかも可もなく不可もなくって感じの、要は“平凡な女”ってやつ。


 まあ、良くも悪くも“女の子らしさ”は皆無に等しい。“彼氏いない歴=年齢”……的なよくあるパターンで、まぁ別に焦りもなければ“無性に彼氏が欲しい!!”みたいなタイプでもないし、欲もない。


 何度か告白されたこともあったけど、常にちゃらんぽらんな男を間近で見ているせいか、男という生き物はもれなく全員ちゃらんぽらんなんじゃないかって、そう思い始めている。だから、あまり彼氏が欲しいとは思えない。


 さて、皆さん。薄々お気付きでしょう。あたしはピッチピチの女子中学生にも関わらず、若干男嫌いになりつつある“可哀想な女”……だということを。あ、ちなみに身近にいる“ちゃらんぽらんな男”ってのは、あたしのお父さんのことね?


 別にお父さんと仲が悪いとか、いざこざがあって~とか、そういうこでは一切ないからご安心を。ただ、お父さんみたいな人とは絶っっ対に付き合いたくもないし、結婚もしたくないなーって思ってるだけ。ただ、それだけ。



 ────── 中3の夏。



 暑い中、いつも通りスーパーをハシゴしていた──ほんの少しでも安い物を求めて。


 この際だからはっきり言っちゃおう。うちは“クソ貧乏”です。今にも崩れて壊れちゃいそうなボロい借家の一軒家に住んでいる。とはいえ、暗~い貧乏では決してない。


 めちゃくちゃ幸せ! というわけではないけど、別に不幸だな~って思ったこともない。不遇だなとは思うけどね、ははっ。


 底なしの明るさを持つ両親のおかげで、まぁまぁそれなりに楽しい毎日を過ごせている。まぁでも、一言言えるのは『お金はあるに越したことはない!』……そう断言しよう。


 さて、そんなクソ貧乏一家であるうちの家族をザックリさっくり紹介しようかな。


 父・七瀬湊ななせみなとは死ぬほど売れない小説家で、夢を諦めきれず足掻き続けている。ちなみにルックスは悪くない、割とモテるタイプではありそう。


『ちょっくら創作意欲高めてくるわ~』が口癖で、この言葉を盾に毎日フラッと出掛けている。何処で何をしているのかは誰も知らない。大概、缶ビールを片手に帰って来るから、お酒を飲みながらプラプラとほっつき歩いているんだろうなって勝手に解釈している。ぶっちゃけ子供が4人もいるんだから諦めも肝心だろ、働いてくれよ……と、ぶっちゃけ内心では思ってる。これで浮気なんてしていたら軽蔑というか、『頼むから死んでくれ』とさえ思ってしまうかもしれない。


 母・七瀬百々子ななせももこは死ぬほど売れない小説家の嫁で、夢を諦めきれず足掻いている旦那を献身的に支えて、パートで働きまくっている。


 ぶっちゃけ子供が4人もいるんだから、旦那に働くよう諭すのも嫁の役目では? ……と、内心では思っているけど……言わない。そんな母はとてもフワフワしてて可愛らしいタイプ。あたしとは全く真逆なタイプってやつね。



「舞、次どこ?」



 弟(長男)・七瀬律ななせりつはぶっきらぼうというか、感情の起伏が少なくて割と冷静沈着タイプ。来年中学生になる律は、既に私の身長を余裕で抜いていて、たまに彼氏だと間違われたりして死ぬほど迷惑している。



「なぁ、舞ちゃん。腹減ったぁ~。もう帰ろうぜ~? どうせどこで買っても金が無ぇのには変わりねーじゃんか」



 弟(次男)・七瀬慶ななせけいは思ったことはさらっと悪気なく言って、とにかく生意気なクソガキ。小学4年生の慶はまぁまぁな問題児で、喧嘩をしてきて怪我をするなんてしょっちゅう。この血の気の多さは誰に似たのやら。



「舞おねえちゃん、ボクつかれたちゃった。おんぶして?」



 弟(三男)・七瀬煌ななせこうはうるうるした瞳で上目遣いをしてくるめちゃくちゃ可愛い末っ子。来年小学生になる煌は、男の子なのに女の子に間違われるほどのキュートさの持ち主で、園児からも先生からも狂ったようにモテてている。



「律、次はあそこのスーパー。慶、1円を笑う者は1円に泣くって言葉知ってる? 少しでも安い所に行くの。煌、ほら……お姉ちゃんがおんぶしてあげるからおいで?」



 ・・・・まあ、我が家はこんな感じですね、はい。



 ────── 中3の秋。



「舞、高校はどうするつもり?」



 慶が壊した壁を障子紙で補修していたあたしに、背後から話しかけてきたお母さん。チラッと振り向くと、お母さんはどことなく気まずそうな表情を浮かべていた。


 ・・・・まあ、お母さんがそんな表情になる理由はただひとつ。



「んーー。ああ、高校ね。行くなら定時制かなって思ってるよ。働きたいしね」



 なんて話していると、缶ビールを片手に上機嫌で帰って来たお父さんがヘラヘラしながら近付いてきた。



「お、その壁やったの慶かぁ~? 全くアイツは誰に似たんだかぁ~」



 なーんて笑いながら私の頭を撫でて、仕事部屋に吸い込まれるように入っていくお父さん。


 あたしは真顔で撫でられた頭をパッパッと払った。ちゃらんぽらんが移ると困るからね。あ、別に毛嫌いしているわけではないよ? 本当にちゃらんぽらんが移るのが怖いだけ。

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