平和とは?①

 


「だぁから、わざとじゃねえっつってんじゃん」

「はあ!? わざとじゃなかったら許されるとでも思ってるの!?」

「ちょーーっと触れただけで大袈裟な」

「触れたっていうか、がっつり鷲掴みしてたじゃん!!」

「仕方ねーだろ? お前がとろくさいのが悪い」


 ま、まあ、確かにあたしが悪いけどさ!? ド派手に転びそうになったあたしを後ろから咄嗟に助けてくれたのは本当にありがとうだけどさ!! え? なんであたしがここまで怒ってるかって? そう!! 胸を鷲掴みされたのよ!!


 そりゃ仕方ないよ? 咄嗟に助けてくれたんだし!? 仕方ないけどさ!! こいつ、なんて言ったと思う!?


『収まりが良すぎて、なにを掴んだか分かんなかったわ~。あはは~』ヘラヘラ~、ニヤニヤ~、ギャッハッハ~。『ふっっざけんなぁぁーーーー!!』


 ── で、今に至るわけ。心配はしないでください。これがあたし達の“普通”で当たり前の“日常”なので。こんなの“平和”だと思えるくらい日常茶飯事です。


「だいたい、大した乳でもねぇのにビーちくパーちくと。減るもんでもあるまいし」

「もうクズは黙ってて!!」

「あ? だぁれがクズだって?」

「あんたしかいないでしょ!?」

「んな生意気な奴は減給すんぞ」

「うわっ、権力振りかざし野郎ーー!!」


 そんな言い合いをしている今日は文化祭当日なわけで、あたしはどうやらインカムをオンにしていたらしい。


 〖七瀬さん。丸聞こえです〗

 〖あ、前田先輩……すみません〗

 〖九条様とのじゃれ合いはその辺にして、配置に付いてくださいね〗

 〖断じてじゃれ合いではありません。了解〗


「んじゃ、せいぜい馬車馬のように働け」


 フッと鼻で笑って、目を細めながら小馬鹿にするような態度の九条。


「言われなくても働きますー」


 配置場所へ行く為、九条に背を向けて歩き始める。


「七瀬」


 そう呼ばれて仕方なく振り向くと、珍しく真剣な面持ちの九条があたしを見つめていた。


「お前、結構スーツ似合ってんな。後ろ姿そそられるもんがあるわ」


 ── こいつ、真剣な面持ちで何を言ってんの?


「そうですかー、ありがとうございますー」


 あたしは死んだ魚の目で軽く会釈をしながら中指を立てた。


「その中指をへし折るぞー、しまっとけー。ったく、怪我すんじゃねぞ。じゃーな」


 ヒラヒラ手を振りながら去っていく九条。


「……なにあれ、うざっ」


 ── それからあたしは九条に対する日頃の鬱憤や、今朝の出来事のストレス発散をすべく、不審者を徹底的に排除しまくっていた。


 〖前田先輩。また本部へ送ります〗

 〖七瀬さん。貴女こういう仕事向いてるんじゃない? 検挙率断トツ1位ですよ、今のところ〗

 

『九条に対する鬱憤を晴らしているだけですよ。要はストレス発散ってやつです』……なーんて言えない。


 〖これで査定上がったりします?〗

 〖ええ。それはもちろん〗

 〖やります〗

 〖殺らないでくださいね?〗

 〖そんなこと分かってますよ〗


 にしても、これだけ不審者が多いってことは、その分狙われている人も多いってことだよね。こういう桁違いのお金持ちって、常に危険と隣り合わせってことなんだろうな。ま、だから“サーバント”が存在している……ってのもあるけど。


 ・・・それから特に大きな問題もなく、あたしはひたすらストレス発散を……いや、警備の仕事に勤しんでいた。


 〖七瀬さん〗

 〖はい〗

 〖南口でトラブルが発生しているようです。そちらの応援に向かえますか?〗

 〖了解〗


 まあ、毎日がトラブルみたいなあたしにとって、本当に大事でなければ、“うん、平和だな”って思えるんだけどそもそも“平和とは?”ってなるよね~。


 ── 平和の定義とは? 天馬に来てから“平和”とはなんなのか、感覚がバグってきてるような気もする。


「平和って……なんだっけ……?」


 そんなこんなで南口に到着すると、ド派手に乱闘騒ぎになっていた。うん、平和……なわけがないわな!! これは!!


「あの、すみません。状況説明を」

「貴女は……く、九条様の!? ……えっと、簡単に説明すると……“暴走族同士の乱闘”です」

「……はい? 暴走族!?」

「ええ。毎年恒例なんですよ」

「は、はあ……」

白星学園しらぼしがくえん……はご存知ですか? 天馬ほどではありませんが、それなりの規模で関西にあります。東の天馬・西の白星……なんて言われていますね。そして、東の暴走族と西の暴走族が毎年この場で乱闘をするのが、もう恒例行事化してるんですよ。毎年そこそこな怪我人も出てて、問題視されてはいるんですけど、白星もなかなか……」


 いやいや、もう少年不良漫画的な展開になってるじゃん。


「ド派手にやっとるなぁ」


 真後ろから聞こえた声に振り向くと、両耳ピアスだらけ、顔面にもピアス、ド派手な髪色。いかにも!! って感じの男がいた。


「な、七瀬さんっ!!」

「え? なんですか?」

「そ、その人!! 白星の!!」


 すると、いきなりあたしの口の中へいちご飴を突っ込んできたド派手男。


「んぐっ……!?」

「なぁ君、九条君のサーバントやろ?」

「……っ、いきなりなんですか。あなたは」

「ククッ。ほんまに気ぃ強そうな女やなぁ」

「はあ……すみません、あたし忙しいので。では」

「ほんなら手伝うたるわ~。暇になったら僕の相手してや? な? ええやろ?」

「こっ、この人は九条様のサーバントですよ!? わ、分かっていますか!? こ、これは問題行動っ……」

「あ? なんなん? 君。そないにビビるくらいやったら、話しかけんといてくれるー? 怖い思いしたぁないなら、引っ込んどいたほうが身の為やで」


 はぁー、なーんか変な人に絡まれちゃったなぁ。次から次へと問題ばっか起きるわ、ほんっっと。


「あの、あたしっ……」

「はいはーい。そこのアウトローさんはお帰りくださいねー」


 あたしの腰を掴んで引き寄せてきたのは、片手にいちご飴をたくさん持った九条だった──。


「おお、九条君久しぶりやな~。元気しとったぁ?」

「アウトローさんも元気そうで何より。つーか""これ""俺のモンだから取扱注意してくれるー?」

「へえ、ほんまやったんやな~。九条君が溺愛しとるって噂」


 ── 溺愛? ……ははっ、えっと、何かの間違えでは?


「ハッ、くだらないね~。そんな噂話」


 こればっかりは九条に激しく同意。


「ほんで? 僕に絡まれとるの助けてに来たん? わざわざ君が」

「俺はただこいつに餌やりに来ただけ~」

「ああ、そうなん? さっき僕が餌付けしてもうたけどなぁ」

「あ?」

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