第8話 魔王十二神将が一人、スライムナイト!



 レイドにフラれた俺は、急いで自室に戻った。

 そして、ルーン文字で装備品を強化する。


 地球のルーン文字とはヨーロッパに実在する魔法体系で使われる文字だけど、ゼックロにおけるルーン文字とは【カタカナ】のことで、装備品の強化方法だ。


 装備品にはそれぞれルーン文字を書き込める文字数が決まっていて、その数に合わせて強化できる。


 どのルーン文字、カタカナを入れるとどんな効果になるかは、ゲームを進めていくうちにわかる。


 だけど、ゼックロを100周以上した俺は当然、全てのルーン文字を暗記している。


 学園の制服を含め、全ての装備品にルーン文字を施し、防御力を上げた俺は、続けてパンドラボックスを並べた。


 パンドラボックスとは、設定上は古代人が貴重品を封印した宝箱であり、秘密の呪文がなければ開けられない。


 この呪文も、本来はゲームを進めていくとわかるのだが、俺は全部暗記している。


 パンドラボックスの中身は、俺の記憶の通り、序盤には過ぎた超強力な武具、アイテムの数々だ。


 もちろん、これらにもルーン文字を付与していく。

 これを明日、レイドたちに渡すつもりだ。

 そうすれば、俺とレイド、アリスは、装備だけならゲーム終盤並みだ。

 それでも、俺がアリスの破滅フラグを回避できる確率は未知数だ。


 何故なら、この世界の正体と、破滅イベントの攻撃力がわからない。


 そして今頃、魔王城ではイベントムービーで見たあの会議が始まっているだろう。


   ◆


 鉛色の空に支配された魔族大陸。

 その山中にそびえる石造りの古風な城。

 謁見の魔では、歴代魔王たちが腰を据えてきた玉座に今代の魔王が座していた。


 その眼下には、ドラゴン族、獣人族、アンデッド族、精霊族など、魔王の軍門に下った各種族を代表する戦士たちが膝を折っていた。


 彼らは魔王十二神将という魔王軍の最高幹部だ。


「皆の者、面を上げよ」


 魔王の命令で、全ての神将が顔を上げ、そして立ち上がった。

 魔王は若い男の姿だった。


 だが、その正体は千年を生きる魔族の王であり、先代魔王の実子だ。

 氷のように冷たい双眸には、世界の王へなろうとする熱い野望の炎が燃えている。


「すでに聞いているとは思うが、聖女が誕生した」


 知っていることとはいえ、魔王の言葉に十二神将の間に流れる静謐な空気が揺らいだ。


 彼らとてそれぞれの情報網は持っている。

 だが、それでも万が一ということがある。

 それが、魔王の口から発せられたことで核心へと変わったのだ。


「面倒、ですね」

「ええ。勇者に聖女、剣聖や賢者が現れる前にカタを付けたかったのですが」


 一部の神将から不平不満、あるいは何か言い訳じみた言葉が漏れるも、魔王は表情を変えなかった。


「確かに、目障りではある。だが好機でもある」


 魔王の発言に、神将たちはその真意を測りかね平静を装った。


「伝説の聖女スキル、かつて我が父の命奪ったその力には興味が尽きない」


 先ほど、不平を口にした神将が魔王の将来を案じるような、軽快するような複雑な表情になる。

 けれど、魔王は静かに目を閉じ、首を横に振った。


「だが、父はその好奇心に足をすくわれた」


 魔王は目を開け、部下たち一人一人と視線を合わせながら、鷹揚に語り掛けた。


「我が父をも打ち破った力、是非とも戦ってみたい。奴らを倒した時、余は真に父を超えたと言える。だが、父上はそうした好奇心から自ら勇者たちを育てるような真似をして負けた」


 冷酷な瞳を上げ、魔王は玉座から遠いを見つめるように視線を遠くへ投げた。


「勝利なき王など暗君以下、汚名など後からいくらでもそそげよう。余が求めるは確実な勝利。故に、聖女はまだ未熟な内に始末せよ。千年、現れることのなかった伝説の聖女スキル。ならば、ここで聖女を討てば向こう千年は次代の聖女が現れることはないだろう!」


「ならばその役目、是非ともこのわたくしめにお任せを」


 自ら名乗り出たのは、スライム族の神将、スライムナイトのスレインだった。

 不定形の体を人型にして、各部に鎧を着こんでいる。

 腰には、剣まで挿している。


「おいおいスレイン。いくら十二神将最弱だからって武功に必死すぎじゃないか?」


 昆虫族の神将、カマキリ人間のマンテイルが嘲笑するように喉の奥で笑った。

 だが、スレインは気にした風もない。


「ふっ、いくら聖女と言えど力に目覚めたばかりの女一人、何の武功になる。むしろ騎士の恥というもの」

「あん?」


 マンテイルは表情筋のない顔の甲殻をきしませて、スレインを睨みつけた。


「じゃあなんのためにでしゃばるんだ、あぁん?」


 一歩、二歩と距離を詰め、絡んでくるマンテイルに、だが一方でスレインは玉座の魔王だけをまっすぐ見上げた。


「仮に相手が女だろうと、素人だろうと関係ない。私は魔王様への我が忠義を示したいのです。魔王様が望むなら女だろうと子供だろうと殺してみせましょう。魔王陛下、どうぞその任務をわたくしめに!」


 スレインが膝を折ると、魔王は満足げな微笑を唇の端に浮かべた。


「いいだろう」


 スレインの顔が上がった。

 スライムの表情なき顔に、形なき笑みが浮かんだ。


「聖女抹殺の任、貴様に与えよう。必ずや聖女を殺し、人類の士気を砕くのだ」

「ははっ!」


 スレインは力強く頷き、それを否定する神将は一人もいなかった。

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