悪役貴族に転生した俺はゲーム知識で全キャラの破滅フラグをへし折ります!
鏡銀鉢
第1話 知らない天井って単語知っている?
知らない天井、とは某人気アニメで流行った単語だけれど、まさかその言葉を実感を込めて言う日が来るとは思わなかった。
目を開ければそこは知らない天井だし、知らないベッドだし、なんなら壁も床も知らない。
俺の知るモノが何一つない。
――なんだここ?
まず、どう考えてもまともな部屋じゃない。
パソコンもテレビもない。
どこかのヨーロピアンなホテルの一室、だろうか?
なんで疑問系かと言えば、ヨーロピアンなホテルに泊まったことがないからだ。
無理やり例えるなら、アニメ。
ラノベ原作の異世界転生作品の中でも、文明レベルが近代初期ぐらいで設定されている作品だと、これぐらいかもしれない。
真鍮製のドアノブにちょっとオタク心をくすぐられる。
だけど、何もない部屋の中、ただ一つ、見覚えのあるものがあった。
――あれって……。
「王立学園のエンブレムだよな? !?」
声を出して絶句した。
なんだこのイケボ? アニメ声?
「あー、あー、は? マジで?」
こういう時、映画の主人公ならドッキリ番組を疑うのだろうが、あいにく俺はそんな面白いものを仕掛けられるような身分ではない一般人だ。
そして、こういう時はドッキリではなくアレだと思う人種だ。
「まさか!」
ベッドから飛び起きて部屋の角に回り込むと、案の定姿見の鏡があった。
そこに映るのは冴えない社畜30歳の姿ではなかった。
すらりと足の長い長身に燃えるように赤く逆立った髪に緑色の瞳。
顔は獰猛そうだが一応は美形と言える2・5次元顔。
それは、俺が良く知る顔だった。
「これって、クロード・ヴァーミリオン伯爵じゃねぇか!?」
それは、俺の愛するマイベストゲームにして、世界500万本の販売本数を記録する大人気RPGゲーム、【絶望クロニクル】に出てくるキャラクターだ。
クロードは魔法の才能に溢れ、最初は主人公たちの強敵として立ちはだかる。
だけど、中盤では真の力に覚醒した主人公たち負けて、最後は死ぬという哀れなキャラだ。
そう、実に様々な理由で。
絶望クロニクル、通称ゼックロは、プレイヤーの選択によって複数のストーリールートが用意されている。
だけど、クロードはどのルートでも必ず死んでいる。
クロードが生き延びルートは存在しない。
もっとも、それは他のキャラも同じだ。
「……」
ゲームの内容を思い出して、俺は鏡の中に映る自分を睨みつけながら、軽く握りこぶしを握ってしまう。
ゼックロは、数多くの人気キャラを生み出した。
だが最終的に主役を除いた全てのキャラが死ぬ事で俺を含む世界中の人々の心に消えない衝撃を刻み込んだ名作中の名作だ。
ストーリーは複数存在するも、主人公を除き生存者はゼロ。
多くのプレイヤーが隠し要素で誰か一人ぐらい生き残るエンディングは無いかと血眼になって徹夜プレイをするも徒労に終わった。
ちなみに俺は三連休を使って三徹した。
確かに、絶望クロニクル、通称ゼックロは、その悲劇的なストーリーが魅力ではある。
好きなキャラたちが一人死ぬ度、もう誰も失いたくないと熱望した。
だが、何百回クリアしても最後は主人公とラスボスのタイマン勝負。そこに愛した仲間たちの姿はない。
何度も願った。
死なないでくれ。
誰もが幸せになれるハッピーエンドを望み、だが叶わず、悲嘆にくれた。
ネット上に無数に投稿された、生存ルートを描いた作品を眺めながら、隠しルートは存在しないかと願った。
「……」
俺の中で、淡い期待と予感が渦巻いた。
俺の置かれた状況。
それは、ラノベの悪役貴族に転生したので破滅フラグを回避します系だ。
クロードの死亡率は100パーセント。
普通ならここで、ゲーム知識を活用したり、主人公たちと距離を取って死亡フラグを回避して生き延びてやる。
そう思うのが自然だろう。
だけど、それ以上に思う。
「あいつらを……救えるかもしれない……」
ゲームにおいて、プレイヤーの自由度は多いようで少ない。
ゼックロはプレイヤーの行動でストーリーが変わるものの、あらかじめ用意されたストーリーラインには逆らえない。
だけど、いわゆるゲーム世界転生した俺は、完全に自由に動ける。
なら、ストーリーから外れた行動をすれば、脚本家の描いた死亡フラグを回避できるかもしれない。
そう、たとえその結果、俺が死んだとしてもだ。
作品とキャラたちへの熱い想い。
自分の命も顧みない鋼の覚悟。
長年の宿願を果たせるという高揚感。
それらが一体となり、かつてない使命感に、爪が痛くなるほど強く拳を固めた。
「よしっ」
確かな決意を胸に、俺は振り返った。
力強い足取りで出口へ向かい、真鍮製のドアノブを鋭くひねった。
廊下に出ると、案の定、そこはゲームで目にした、貴族寮の中だった。
ゲームの設定資料集でも、穴が空くほど眺め続けた。
廊下を、ゲーム中に見かけたモブキャラたちが往来している。
貴族寮だけあり、ここに住めるのは貴族出身のエリートたちだけ。
みんな、自らが将来、魔王を倒し、世界を救う勇者になるのだと信じ、肩で風を切り自信にあふれた顔で歩いている。
そこら中で生徒同士が自慢話に花を咲かせ、互いをけん制し合い、あるいは下級貴族が上級貴族にこびへつらっている。
だけどそんなものはどうでもいい。
俺は彼らのお遊びには目もくれず、廊下を走った。
ゲームでは、入学式の後、クロードが平民出身であるレイドと妹のアリスに因縁をつける。
それが、クロードの破滅ルートのスタートだ。
それから、主人公に負けたクロードの人生はは坂道を転がり落ちるようにして転落していく。
常に主人公を基軸に回るクロードの運命は、主人公のレイドにさえかかわらなければ回ることもない。
だけど俺はかかわらずにはいられない。
俺は彼を、レイドたちを、君たちを助けたい。
だから俺は仲間になりたい。
ストーリー序盤から脚本を破り捨て、平民出身のレイドたちを気遣う優しい伯爵貴族クロード・ヴァーミリオンとして。
貴族寮から飛び出し、講堂を目指した。
ゲーム序盤の入学式がそこで行われる。
入学式後、主人公のレイドは『魔力が無くても勇者になれるよな』と妹に言って、それをクロードが笑う。
もちろん俺はそんなことはしない。
むしろ、魔力が無いことをフォローし、仲良くなろう。
そして俺がアドバイザーとして、メインキャラたちの破滅フラグを回避させるんだ。
心臓を高鳴らせながら校舎の玄関をくぐり、中庭を抜け、講堂へ続く回廊の先に、彼らはいた。
その姿を目にした瞬間、胸の鼓動が一段階強くなる。
すごい。本物だ。
俺の愛したゼックロの主人公レイド、その妹アリスがそこにいた。
青髪青目で、少し小柄だけどわんぱくそうな顔のレイド。
そして桜色のショートカットと愛らしく大きな目が印象的なアリス。
二人とも強い意気込みを感じる真剣な顔で、何か話している。
きっと、これから始まる学園生活や、魔王を倒しこの世界を救おうという未来への展望を語っているに違いない。
画面越しの映像じゃない。
質量を伴った三次元の存在としてそこにいる。
再現度100パーセントのコスプレイヤーでも勝てないホンモノの迫力。
特に、人気ナンバーワンキャラであり俺の最推しヒロイン、アリスちゃんの可愛さと魅力は底なしだった。
普段はおしとやかで明るく、兄である主人公に尽くし、だけどいざという時は仲間の為に果敢に危険と体当たりする芯の強さから、
熱狂的なアイドルオタクが初めて推しの握手会に参加して自分の番が回ってきた時も、こんな気持ちだったに違いない。
「レ――」
主人公の名前を口に出しかけて、俺ははやる気持ちを押さえた。
――待て。オープニングの時点では、レイドとクロードは初対面だ。いきなり名前を知っているのはおかしい。
ここはつかず離れず距離を取りながら、レイドが自分には魔力が無いことを口にしてから、満を持して声をかけるべきだろう。
「!?」
レイドの視線が動いた。
レイドと目が合った。
続けて、アリスも首を回した。
推しヒロインが俺を見つめてくる感動に息が止まり、手にいっぱい汗をかいた。
――くっ、アリス、怒った顔もかわいい! て、なんで怒っているんだ?
形の良い眉と愛らしい眉の端を吊り上げ、口を固く結び、猫が威嚇するような雰囲気でこちらを睨んでくる。
それから、お人形さんのように細い足でトコトコ歩いてくると、キッと俺を見上げてきた。
「また、兄さんに文句でもあるんですか?」
「え……?」
俺がまばたきをする間も、アリスは親の仇のように俺を睨み、語気を強めてきた。
「確かに兄さんは魔力が無いかもしれないけど、三日後のジョブ選定の儀式ではきっとすごいジョブをもらえるんです! これ以上、わたしの兄さんに近づかないでください!」
「いや、あのぉ……」
状況がわからなくて、俺が戸惑う間に、アリスはレイドの手を握り俺に背を向けてきた。
「行こうよ兄さん。あっちで一緒に特訓しよ」
「お、おう」
当事者であるにもかかわらず、レイドはアリスに圧される形で引きずられていった。
レイドは普段勝気でわんぱくだけど、妹のアリスには弱い。
原作通りのやりとりに関心する一方で、俺の胸にとある最悪の予感が去来していた。
左右に開いたままの門から講堂の中を覗き込むと、清掃員が掃除をしていた。
よく考えてみれば、廊下は生徒でいっぱいだけど、誰も講堂へ向かう様子が無い。
首を回して、壁際の柱時計に目をやると時刻は昼過ぎだった。
何よりも、あのアリスの反応。
――おい、まさか、もしかして、俺って……。
これらの示す最悪の可能性に、俺は天井を見上げながら膝の力が抜けた。
「悪役貴族ムーブ終わった後かよッ!?」
周囲の生徒がざわつき痛い視線が集まるのも構わず、俺はその場で崩れ落ちた。
――神様……ゲーム転生するなら、オープニングからにしてくれよぉ……。
膝と両手を硬い床につけて俺は深く絶望した。
◆
部屋に戻った俺は、ベッドに座り腕を組むと、眉間にしわを寄せて考え込んでいた。
「作戦を練り直そう。過去は変わらない。悔やんでも仕方ない。大切なのはこれからどうするかだとメンタリスト動画配信者も言っていたしな」
俺の目的は、メインキャラたち全員の破滅フラグをへし折り、全員生きた状態で魔王を倒し、ハッピーエンドを迎えることだ。
当然、レイド自身も含まれる。
レイドは主人公でありプレイヤーだ。
だけど、愛する仲間をすべて失ったレイドは人格が歪むほど絶望し、終盤は廃人のようになりながら戦う。
エンディングにおいても、魔王との戦いが元で早世する。
死ぬ直前、レイドは死んだ仲間たちの幻影に笑みを浮かべ、息を引き取る。
それを見届けたわき役が、
『勇者様……あなたは、幸せでしたか?』
と聞いてゲームは終わる。
死ぬことだけが救いとなるレイドは、史上最も不幸な主人公ランキングに選ばれている。
だけど、そんな未来は認めない。
俺はこのゼックロを、少年漫画のように友情努力勝利の希望に溢れたものにしたい。
原作無視上等。
誰になんと言われようと、俺はレイドたちが幸せになる未来を見たいのだ。
「つまり、こっからどうにかしてレイドたちの運命に介入しないといけないわけだけど……」
パターンA
陰からサポートして破滅フラグを粉砕する。
却下。
俺が転生したクロードというキャラは魔法の才能溢れるも、陰から他人をどうこうできるほどのパワーを持っているわけではない。
ゲーム転生なんてしておきながらこんなことを言うのもなんだけど、世の中は二次元じゃない。
もの事は計画通り進まないのがデフォルトだ。
クロードとして振舞いながら陰からこっそり、なんてしていたら、ちょっと目のを離した隙にレイドたちが死地へ向かって破滅フラグまっしぐらだ。
レイドたちを救うには、破滅フラグを確実に粉砕するには、彼らの仲間として常に寄り添うよりほかにないだろう。
だからここはパターンB。
仲直りしてレイドたちの仲間になる、が正解だ。
ちょっとストーカーっぽいけど、片時もレイドたちから離れず傍にいれば、最悪、身を挺してレイドたちを助けられるかもしれない。
レイドたちを救えるなら、俺は死んでもいい。クロードの体なんてどうなってもいい。
それがファンであり、オタクであり、ゼックロ信者というものだ。
ごめんねクロード。お前の破滅フラグだけは粉砕できないかもしれない。
メインキャラよ、俺の屍を超えて生きてくれ。
目に涙をためながら、俺はぐっと握りこぶしを作った。
「そうと決まったらさっそく行動だ」
ベッドから立ち上がると、脳内でゼックロの全ストーリー樹形図を100倍速で再生させた。
「まず、シナリオ通りクロードの破滅フラグを進めるぞ!」
俺は邪悪な笑みを浮かべた。
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