第2話 俺はここで死ぬかもしれない
再び貴族寮を出て、俺がまっすぐ向かったのは、学園敷地内にある庭園の端だ。
庭園を行きかう生徒をたちのあいだを通り抜けえて、俺はレイドたちの姿を探した。
シナリオ通りなら、このあたりでレイドがアリス相手にチュートリアルバトルをしているはずだ。
「いーい兄さん? 人類滅亡と地上支配を目論む魔王との戦いは一度の判断ミスが命取りだよ?」
ちょっと先生口調できびきびと説明する、アリスの可愛い萌え声が聞こえてきた。
俺は歩調を緩め、案内図看板の陰からこっそりと顔をだした。
すると、そこにはアリス相手にチュートリアルバトルをするレイドの姿があった。
アリスはヒーラーでサポーター。
回復魔法や防御魔法の使い手だ。
防御魔法の結界に守られたアリス相手に、レイドはロングソードを何度も振り上げた。
ドーム状の結界に剣身が叩きつけられるたび、アリスはレイドを褒めたり、たしなめたりする。
ゼックロには音ゲーの要素もあり、タイミングよくボタンを押すことでクリティカル率に大きな差がでる。
「これでキメる!」
今のは、レイドがオールエクセレントで攻撃するときの掛け声だ。
レイドの動きはこれまでに無いほどにキレッキレで、鋭くリズムよく踏み込み、重たい斬撃がアリスの結界にヒビを入れた。
「すごいよにいさん♪ いつもこの調子なら、魔王軍ともばっちり戦えちゃうよ♪」
ちっちゃなガッツポーズをかかげ、アリスはほにゃっとした笑顔で、明るくレイドを褒めた。
可愛い。
アリスの笑顔は、本当に魅力的だ。
アリスのこのシーンはプレイヤーにも大人気で、切り抜き動画は1000万回以上再生されている。
うち、1000回は俺が再生した。
彼女とのファーストインプレッションが恨めし顔だったのが今でも悔やまれる。
だけど、悔やんでいる暇はない。
俺はシナリオ通り、クロード・ヴァーミリオンの破滅フラグ二歩目を踏み出した。
「おやおや、下品な豚の鳴き声かと思ったら、さっきの平民君じゃないか?」
俺は原作通りの口調を再現しながら、気取った足取りでレイドたちに歩み寄った。
アリスが俺を睨んでくると、彼女をかばうようにレイドが前に出た。
「お貴族様がこんなところで何の用だよ?」
警戒心に溢れてぶっきらぼうな言葉。
俺はあえていやらしい笑みを浮かべて、芝居がかった口調で浪々と喋った。
「何って、そうだなぁ、あえて言うなら学園のゴミ掃除かな?」
長身からレイドを見下ろした。
「お前らわかってるか? ここはいま、こうしている間にも人間領に攻め込んでいる魔王軍の脅威から人類を救う人材を育成する王立学園なんだぜ? そこに、魔力もないゴミがいたらみんなの足を引っ張るじゃないか」
今度はわざらしく、甘い声音で語り掛ける。
「ほらぁ、俺ら貴族って、君たち平民を導くのも指名のひとつじゃないか? だから、君らが恥をかいたりみんなからいじめられる前に、身の程を教えてあげようと思ってね」
俺は、魔法陣の刻み込まれた指抜きグローブをはめた両手を前にかざした。
「レイド、俺と勝負だ。一発でも俺に当てられたらこの学園に残ることを許してやる。ただし、俺が勝ったら田舎に帰るんだな!」
「なっ!?」
原作通り、レイドが驚愕に目を丸くすると、アリスが俺に食ってっかかってきた。
「なんの権限があってそんなこと言うんですか? 兄さん行こうよ」
また、アリスはレイドの手を取りその場から離れようとした。
「……」
けれど、レイドは動かなかった。
アリスが不思議そうにレイドを引っ張るも、彼は妹に抵抗した。
「アリス、俺、戦ってみるよ」
「えぇっ、な、なにを言っているの兄さん?」
「だって、クロードの言うことも一理あるだろ?」
「こんな人の言うこと、真に受けることないよ」
アリスは首を横に振るも、レイドは頷かなかった。
「さっき、アリスも言っていたじゃないか。魔王軍は強敵。度の判断が命取りだって」
「う、うん」
「クロードの言う通り、俺には魔力が無い。そんな俺が魔王軍と闘おうっていうんだ。クラスメイトの勝負からも逃げるような奴が魔王軍に勝てるはずがない」
意気込み、レイドは両手で勇敢にロングソードを構えた。
「ふっ、いい度胸だ。ゴングはいらない。実戦形式でいかせてもらうぜ!」
「ああ。俺も教えてやるよ。平民でも魔力が無くても、強くなれるってな。離れていろアリス!」
「兄さん!」
兄想いのアリスと距離を取るために、レイドは大きくサイドステップ。
俺も踵を返して、レイドを向き直った。
ゲームでは、これもチュートリアルの一環だ。
アリスから戦闘システムを聞いて、それを元に実際に戦ってみようというわけだ。
「喰らえ、ファイアボール!」
俺が右手に意識を集中させると、空間に火の粉が生じ、それはまたたくまにバスケットボールサイズの紅蓮の火球へと成長した。
今更ながら、脳みそを含めて、体がクロードになっているせいだろう。
俺にはクロード・ヴァーミリオンとしての記憶もある。
同時に、自分の使える魔法と、使い方もわかる。
ゲームと違ってコマンドボタンはないけれど、俺はスマホでフリック入力をするように、魔法を使おうとするだけで魔法を使えた。
俺の手の平から放たれた火球を、レイドは再びサイドステップで避けた。
火球は地面で赤く黒く爆ぜ、芝生の一部を焼き払った。
「おいおいお前が避けたせいで芝生が焦げちまったじゃないか。家畜は黙ってぶーぶー屠殺されな!」
左手から電撃を放ちながら、俺はレイドを追い詰めていく。
「ほら次行くぞ、アイスニードル!」
左手から冷気をまとった鋭利な氷柱を撃ち出す。
すると、レイドは素早く剣を振るい、氷の瓦礫が地面に落ちた。
「おっ、やるねぇ。ならこいつはどうだ!?」
両手を前に突き出して、俺は中級の岩魔法を発動させた。
ビーチバレーボール大の岩石が十発、弾幕を張るようにして撃ち放たれる。
「てりゃぁ!」
レイドは自分に当たる射線上の岩だけを器用に断ち切った。
「ぐぁっ!?」
だけど、弾き切れなかった一発が、レイドの腹にめり込み、小柄な影が大きく後ろに吹き飛んだ。
「兄さん!」
「はんっ! 物理的な属性でも、さすがに中級魔法は防ぎきれなかったか」
なんの騒ぎだと、周囲から生徒たちが集まってきた。
中には、魔力のないレイドを馬鹿にし、嘲笑するヤジを飛ばす生徒もいた。
今は俺が原因なのだけれど、ゲームをプレイしているときは、野次馬たちが嫌いで仕方なかった。
――おいやめろ、あまりレイドを傷つけるな。
レイドは草地に膝をついて、肩で息をし始めた。
それでも闘志は折れない。
体を前に倒しながらも、勇ましく顔を上げて、俺をまっすぐ見据えてくる。
「兄さんもうやめて! そんな意地を張らなくてもいいじゃない! 強くなるならいつかでいい! いまは逃げようよ!」
「……」
レイドが黙っていると、アリスは意を決したように俺に向き直った。
「クロードさんごめんなさい。わたしが生意気を言いました。だからお願いします。兄さんをいじめないでくだ――」
「アリス!」
妹の謝罪を遮るように、レイドは熱い声を張り上げた。
「ありがとうなアリス。俺の為に。だけどそこで最後まで見ていてくれ。これは、俺の戦いなんだ……」
「兄さん」
レイドの雄姿に、アリスは涙ぐみ、歯を食いしばった。
「なんで!? ここで負けても、本当に学園をやめなきゃいけないわけじゃないんだよ! どうしてそこまで意地を張るの!?」
「……」
妹の痛ましい訴えに、レイドは闘志をひそめ、どこか晴れやかな顔で立ち上がった。
「カッケェところ見せたいんだよ。お前の前で……俺は……」
口の端を血を汚しながら、レイドは背筋を伸ばして俺に剣の切っ先を向けてきた。
「お前の兄貴だからな!」
「兄さん……」
目に涙をうるませるアリス。
ゼックロでも屈指の名場面をナマで見ていることに感動しながら、俺は気を引き締めた。
シナリオ通りなら、ここで俺は死ぬかもしれない。
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