第10話 スライムなんて十二神将イチの小物だと思っていた時期が俺にもありました


 カンカンカァーン! 

 カンカンカァーン!

 カンカンカァーン!

 カンカンカァーン!

 カンカンカァーン! 


 ――来たっ!


 何が起こったと、誰もがパニックになる中、客席のそこかしかの連絡通路にスライムが溢れていく。


 小さな無数のスライムたちが合体して、見上げるように膨れ上がっていく。


 巨大なラージスライムになると、湖から上半身を出した巨人のような姿になり、太く長い腕を振るって客席の人々を大量虐殺し始めた。


 そんな化け物が数百体、さらに通常の小さなスライムも無限に湧き出ながら、観客を襲っていた。



「くそっ、何故こんな国内に魔王軍が!」

「目撃者によると、排水溝から突然あふれ出てきたと!」

「排水溝!? しまった、下水道から侵入したか!?」



 という会話イベントを、ゲームで見た。


 他の魔王軍ならいざしらず、不定形のスライムが本気を出せば、いつでもこれぐらいのことはできるのだろう。


 雑魚とバカにされがちだけれど、現実にいたら一番恐ろしいのは、神出鬼没という意味においてスライムかもしれない。


 俺は混乱に乗じて素早く階段から飛び降り、手すりを飛び越えバトルフィールドに降り立った。


 レイドなら、ほうっておいても勝手に来る。

 案の定、背後からレイドの声が聞こえた。


「クロード!」


 走りながら肩越しに振り替えると、レイドが鬼気迫る顔で追いかけてくる。


「やっぱり君も来たか」

「当たり前だろ! アリスは俺の妹だぞ」

「だな!」


 俺はレイドの兄貴ムーブに触れられたことを喜びながら、気持ちを引き締めた。

 ここからが、俺の全キャラ生還ルート最初の壁だ。


「「アリス!」」

「兄さん! それにクロード!?」


 驚くアリスに、俺は詰め寄った。


「アリス! 緊急事態だ! その邪魔な服脱いですぐにこれを羽織るんだ!」


 俺はナイフを取り出すと、勢いよく僧服を切り裂いた。

 服の下は、薄着のシャツと短パンなので問題ない。

 それでも、アリスはちょっと赤くなった。

 逆に、緊急事態なのに、神官さんが青ざめた。


「ぎゃあああああ! 聖女様用の特別僧服がぁああああああああ1」

「派手なだけだろ! はい、これ」


 俺はアイテムボックスからルーン文字で強化した白い上着を手渡した。

 セイクリッドクロス。


 パンドラボックスから手に入れることができる、高い防御力と自動回復効果を持つ、レアアイテムだ。


「それからレイド、君にはこれを」


 俺はレイドにセイクリッドソード改を手渡した。


 本当は事前に渡そうと思っていたけれど、今日のことを知らない二人が部屋に置いてきた、なんてなったら困るので、直前で渡す。


「え、なんかこの剣、すごいな。どうした?」

「そんなこと言っている場合じゃないだろ! すぐにここから逃げるぞ!」


 もちろん、それが無理だとは知っている。

 だけど、やらずにはいられなかった。


「そこまでだ!」


 案の定、某人気声優のイケボに呼び止められた。


「くそ、間に合わなかったか!」


 巨大なラージスライムの手の平から、白銀の騎士が飛び降りてきた。


 魔族の騎士。

 その第一印象は、彼が着地することで消え去る。

 着地の衝撃で、体が明らかに縦に縮んだ。

 それから、吸収した衝撃を解放するように一度弾み、居住まいをただした。


「スライム……ナイト?」


 レイドの口から洩れた言葉に、騎士は頷いた。


「いかにも、我が名はスレイン! 魔王軍十二神将が一人である!」


 腰から剣を引き抜き、騎士然とした凛々しい姿勢を取る。

一見すると鎧の騎士。


 けれど、兜やガントレット、そしてプレートの間から見える首や二の腕は、青い半透明のソレで、彼がスライムであることを物語っている。


 アリスの周囲に控えていた護衛の聖騎士たちが声を荒らげた。


「ふん、魔王軍の奇襲かと思ってみればたかだかスライムではないか!」

「何が十二神将だ、偉そうに」

「どうせ十二神将の落ちこぼれだろう」

「肩書に自惚れ聖女様のセレモニーを襲撃とは、欲を出し過ぎたな」

「安心してください聖女様、この程度、我ら聖騎士団の敵ではありません!」

「十二神将の首級。聖女様のセレモニーに花を添えるにはちょうど良いでしょう」


 六人の聖騎士が、剣を手に、果敢に立ち向かった。


「待て!」


 俺の制止も効かず、聖騎士たちの駆けながら剣を振り上げた。

 だが。


「不遜だな」


 スレインの剣が閃き、一瞬で六人の聖騎士が倒れた。

 床に転がる聖騎士たちは皆、鎧ごと体が真っ二つになっている。


「そんな、どうやって!」


「あれだ」


 驚愕するレイドに、俺が種明かしをした。

 俺の視線の先では、剣を握りスレインの右腕が縮んでいる最中だった。


「あいつはスライム、一軒人型に見えても、実際には伸び縮みが自由自在だ。射程は無限大。同時に10人20人切るのもわけはない」

「ご名答。我がスライム流剣術は、手足の長さや関節に縛られた貴公ら人間の剣術の遥か上を行く。貴公らに勝ち目はない!」


 誇らしげに声を張り上げてから、スレインは剣を中断に構え直した。


「今日の私は機嫌がいい。聖女を殺す邪魔をしなければ、今日のところは生かしておいてやろう」

「ふざけるな!」


 レイドはセイクリッドソード改を振り上げ、スレインに立ち向かった。


「不遜な」


 スレインは剣を振るいもせず、前蹴りの一発でレイドを打ちのめした。


「ぐぁっ……がっ……」

「兄さん!」

「レイド!」


 地面を転がり、のたうち回るレイドに俺は駆け寄った。

俺らには目もくれず、スレインはアリスへ向き直った。


「見るがいい、神官はお前を置いて逃げた。もうお前を守る者はいない」


 アリスが振り返ると、神官の背中はもう小さくなっている。なんて薄情な神官だろう。

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