第11話 破滅フラグを粉砕


 アリスが振り返ると、神官の背中はもう小さくなっている。なんて薄情な神官だろう。


「あ、う……」


 アリスは恐怖のあまり足がすくみ、声も出ない様子だった


「では死ね。貴公に恨みはないが、魔王様に我が忠誠を示すためだ。その贄となるがいい!」


 スレインは右肘を弓を引くように背後へ下げると、突きの体勢に入った。


 ――来た!


 ここまでは、ほとんどが原作シナリオ通り。

 だけど想定以内だ。


「喰らえ!」

「いやぁ!」

「アリス!」


 俺は両手でレイドを突き飛ばした反動で加速。

 素早くアリスの前に割り込んだ。


 鋭利な剣尖が俺の胸板に突き刺さり、制服の下に着こんだはずのレア防具をあっさり貫通した。


 冷たい金属が通り抜ける感触を肺の奥に感じながら、内臓が灼熱の炎に油れるような衝撃に意識が遠のいた。


 レア防具を貫通する威力。

 間違いない。

 これは普通の攻撃じゃない。

 イベントシーンは絶対、いや、だけど俺はきちんと介入できた。


 ――考察は後にしろ、今は……。


 背中にアリスのやわらかい感触と体温を感じる。

 剣が、俺とアリスの二人をまとめて貫通したのだろう。


 俺は彼女を下敷きにしたまま、苦痛と脱力感に身を任せ、指先一本動かさなかった。


 それはアリスも同じで、背中は静かだった。


 無造作に剣を引き抜かれる時は、激痛で声も出ず、俺は身をのけぞらせてしまうも、すぐにまた動かなくなれた。


「我が秘剣を己のが身、一つで防げると思ったか? おとなしくしていれば、次の大侵攻までは生きられたものを、愚かな男だ」


 剣を振るう血払いの動作音の後に、スレインは撤収の合図をした。


「引き上げるぞ。悲劇を語る者がいなければ虐殺の価値も半減する。残りの人間共は捨て置け」


 その言葉を聞き届けると、俺は安堵からか意識が潰えた。



 ――これで……計画……通りだ……。



【――が発動しました】



   ◆



「クロード!」

「クロード! お願い目を覚ましてクロード!」


 愛するキャラたちが、悲痛な声で悪役貴族の名前を呼んでいる。

 その違和感は少ししてから自己完結した。


 ――あぁ、今は俺がクロードなんだっけ?


 推しキャラが俺を読んでくれることにファン特有の幸せを感じながら、俺は覚醒した意識でゆっくり目を開けた。


「クロード! 兄さん見て、クロードが目を開けたよ!」


 アリスは目に涙をいっぱいためながら、飛び切りの笑みを見せてくれた。


「良かった生きていたんだな!」

「あぁ……それより、アリスは?」


 彼女は目にためた涙をぬぐうように強く目を閉じて頷いた。


「クロードのおかげでだいじょうぶだったよ」

「少しケガはしたけど、お前のくれた上着のおかげで剣が逸れたんだ。でもクロード、お前、剣が胸を貫通していなかったか?」


 レイドは喜びながらも、不思議そうに顔をのぞきこんできた。

 俺は苦痛と脱力感に抗いながらも、なんとか説明する。


「あぁ、俺は蘇生の番人人形って言ってな、死んだら自動的に発動する超強力な戦闘不能復帰アイテムを持っていたんだ」


 ゲームにおけるこれは、戦闘不能になると自動的にHP全回復して復活というレアアイテムだった。


 ただし、この戦闘不能がどの程度の範囲かわからないので賭けだった。

 どうやら、致命傷の状態から意識を回復する程度には機能してくれたらしい。


 ――よかった。


 原作シナリオでは、あの場でアリスをかばるのはレイドだった。

 アリスをかばってレイドは串刺しにされ、アリスも重症。


 聖女故の上級回復魔法でもレイドは助からず、アリスは自らの命を引き換えに極大回復魔法を使い死亡。


 妹の死をきっかけにレイドは真の力に覚醒した上で、魔王軍殲滅が夢ではなく野望に、明確な目標になる。


 それが、原作シナリオだ。

 だけどクロードなら。


 兄であるレイドならともかく、俺ならアリスは命を引き換えにした極大回復魔法を使わないだろう。


 スレインも立ち去った。

 これで、アリスの破滅フラグは粉砕した。


 だから、作戦成功なんだ。


 ただし、唯一の誤算は俺自身の体だった。

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