第12話 第一部完結 ヒロインの破滅フラグを粉砕したらラッキーイベント?


 ただし、唯一の誤算は俺自身の体だった。


 蘇生の番人人形は、俺の意識を回復させ肺の傷を一時的に塞ぐのが精いっぱいだったらしい。


 胸から再び血が溢れ、呼吸ができなくなる。


 意識を保つので精一杯の脱力感のせいで、自分に回復魔法を使えない。


 いや、仮に魔法を使えたとしても、俺が覚えた程度の中級回復魔法では効かないだろう。


「ダメ! 回復魔法が効かない! なんで! わたし聖女なんでしょ! どんな傷でも治せちゃうんでしょ!? なのにッッ」


 アリスは俺があげた、自動回復効果を持った上着を脱いで俺にかぶせ、その上から両手を当てて必死に回復魔法を使い続けていた。


 序盤でプレイヤーが死なないようにするための救済措置、聖魔法の8割を最初から使えるチートキャラ、アリスが使える最上級回復魔法でも俺の肺の傷は開いたまま塞がらなかった。


「くそぉっ! 血が止まらねぇ!」


 体からみるみる熱が奪われていくのがわかる。

 なのに、俺の体は動かず、もうどんなアイテムも魔法も使えなかった。


 ――死ぬな、俺……。


 原作通りなら、これからレイドたちには多くの破滅フラグが襲い掛かる。


 その全てを、俺が回避させるつもりだった。

 そのための計画も、たくさん立てた。

 だけど、どうやら俺はここまでらしい。


 せっかく大好きなゼックロ世界に来たのに、たった一週間で死んでしまった。

 本当は、もっとこの世界を楽しみたかった。

 ゼックロのシナリオを、ナマで体感したかった。


「……」


 視界の中で、レイドとアリスが二人そろって、涙を流しながら俺の名前を呼んでくれる。


 ――あぁ、わかったよ神様。俺がこの世界に来た理由。俺がゲーム世界転移した理由。俺は……この光景を作るために来たんだ。


 レイドとアリスがそろっている。


 兄と妹。

 二人が生きている世界線。

 俺なんかがいなくても大丈夫。


 先の展開や攻略知識なんてイカサマがなくても、レイドの隣には最高の聖女、アリスがいるんだから。


 俺はゆっくりと目を閉じながら、この先の未来を走馬灯のように、ダイジェストで見た。


 あのキャラが死ぬとき、アリスがいればきっと回復できるだろう。

 あのキャラが裏切るとき、アリスならその優しさで説得できるだろう。

 あのキャラが闇落ちする時、アリスならきっと支えてくれるだろう。

 あのキャラの呪いも、アリスがいれば解呪魔法で呪いを解いてくれるだろう。


 ――だから安心しろ。もう君たちはだいじょうぶ、だいじょうぶ、だいじょうぶ……。


 俺が意識を手放そうとすると、異様に緊迫した雰囲気を感じ取った。

 レイドが、動揺した声を漏らした。


「おいアリス、お前、何しているんだよ」

「聖女は、自分の命を引き換えにまだ覚えていない魔法を一度だけ使えるって能力があるの。それで、極大回復魔法をクロードに使うね」

「待てアリス! やめろ! お前自分が何を言っているのかわかっているのか?」

「だって、クロードはわたしのためにケガしたんだよ! 本当なら死ぬのはわたしだったのに、わたしが死ぬはずだったのに……」


 最初は怒鳴るも、彼女の声はどんどん力なく、濡れていく。


「そりゃ、クロードは最初、いやな人だったかもしれないよ……」


 ――耳が痛い。


「だけど、その後はすぐに謝ってくれたし、わたしが聖女になったときも助けれてくれた……それに五日前だってそうでしょ」

「それは……」


 ことばを失ったレイドに、アリスは後悔の念を吐き出すように告げた。


「クロードは、こうなることを予期していたんだよ。だからわたしたちに、一緒にレベル上げをしようって誘って、今日の為にこんなに立派な装備まで用意してくれた。なのにわたしたちはそれを断った、クロードが差し伸べた手を振り払ったんだよ……その結果がこんなの、申し訳なくて生きていけないよ……」


 ――あぁ、そうだったのか。


 アリスの心根に、俺は強いショックを受けると同時に反省した。


 俺は、アリスは兄のレイドだから命を引き換えに極大回復魔法を使ったんだと思っていた。


 でも違った。

 アリスは兄かどうかなんて関係ない。


 自分のために尽くしてくれた人が困っていたら、自分を犠牲にしてでも助けてしまう。


 そんな子なんだ。


 ――馬鹿だな俺は。アリスのことを、なにもわかっていないじゃないか。


 こんないい子を、殺させるわけにはいかない。


 その想いが、俺の体に活力をくれた。


 指一本動かせない脱力感に抗い、俺は運命に逆らった。


 ここで死ぬわけにはいかない。

 アリスを俺のために死なせるわけにはいかない。

 この子は、レイドたちに絶対必要な子なんだ。


「待っててクロード。いま、わたしが助けてあげるから……」


 俺は地面に縛り付けられていたように動かなかった両手を持ち上げると、自身の胸に重ねた。


「「クロード!?」」


 自分の手とアリスの手を重ね、四つの手を重ねた状態で、俺は中級回復魔法を発動させた。


 同時に、アイテムボックスからハイポーションやエルダーポーションを地面にぶちまけた。


「兄さん!」

「あ、そうか」


 アリスの意図を察したであろうレイドが、次々エルダーポーションのふたをあけて、俺の胸にぶっかけたり、口に押し当て飲ませてくれる。


 すると、徐々にだけど胸の痛みが引いていく。

 本当に少しずつだけれど、肺に空いた孔が塞がっていくのが実感できた。


 ――幸せだな、俺は。


 推しキャラと愛するゲームの主人公との共同作業で、命を助けてもらう。

 なんて贅沢な時間なんだと、俺は安堵した。

 やがて、俺の魔力が尽きる頃、もう、胸の痛みは引いていた。

 上半身を起こすと、俺は二人に言った。


「ただいま、ありがとう」


 俺の笑みに、二人は涙を流して抱き着いてきた。

 こうして、俺はアリスの破滅フラグ粉砕に成功したのだった。


   ◆


 その日の夜。


 自室の部屋をノックする音に誰だろうとドアを開けると、そこにはアリスが立っていた。


 両手を後ろに隠し、頬を赤く染めたはにかんだ顔でうつむきながら、上目遣いに俺を見つめてくる。


 こんなアリスはゲーム中でも見たことが無くて、あまりの可愛さにドキドキが止まらない。


「ど、どうしたんだアリス?」


 俺が声をかけると、アリスはきゅっと頬を硬くした。


「あ、あの、クロード……今日はありがとう。その、これ」


 アリスは、かわいらしいピンク色の包み紙を差し出してきた。


「クッキー焼いてみたの、よかったら食べて、じゃ」


 そう言って俺にクッキーを押し付けると、アリスは恥ずかしそうに走り去った。

 その後ろ姿、さっきまでの恥ずかしそうな顔と声に、俺はぽかんと口を開けた。


「……え?」


 まさかね、と思いながら、俺はクッキーをひとつかじった。

「あ、おいしい」


                                   続く?


本作が面白かった人はカクヨム連載の【スクール下克上】(カクヨムコンテスト受賞作)

オーバーラップノベルスから先月発売の【追放転生貴族とハズレゴーレムの異世界無双】

も読んでくれると嬉しいです。

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悪役貴族に転生した俺はゲーム知識で全キャラの破滅フラグをへし折ります! 鏡銀鉢 @kagamiginpachi

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