第4話 ゲーム知識フル活用!
一週間後、アリスは死ぬ。
それが、絶望クロニクル、通称ゼックロ最初の鬱展開だ。
ゲームのパッケージにもなっているアリスは、その類まれなるキャラデザインから発売前から大人気だった。
それだけに、アリス死亡イベントは全プレイヤーに多大なる衝撃を与えた。
多くのプレイヤーはプレイミスや生存ルートの可能性を模索したが無駄だった。
何故なら、彼女の死、それがレイドという少年の物語発動のトリガーだからだ。
一週間後。
アリスはレイドのために命を落とす。
愛する妹の死、それが原因で主人公レイドは新たなる力に覚醒しつつ、魔王退治の決意を憧れから宿願へと昇華させるのだ。
だけど、俺はそんなことは認めない。
アリスは殺させない。
そのための下準備のため、俺は学園を出て、王都の古道具屋を尋ねていた。
「いらっさーい」
鼻を突く埃っぽい古道具屋に入ると、店主のやる気のない声に出迎えられた。
暗いこげ茶色の木製カウンターに肘をつく老人は、仮にも客である俺には一瞥もくれず、眼鏡のレンズ越しに新聞を読んでいた。
設定資料集によれば、店主は彼しか販売権を持っていない商品の卸売りで生計を立てているらしい。
この古道具や暇つぶしと趣味でやっているだけのため、やる気がないらしい。
ただし、それだけに目利きの腕は二流で、掘り出し物を安く売ってしまう。
その特徴を反映したのが……。
――あった。
古ぼけた魔法杖が無造作に放り込まれた箱を漁ると、ヘンテコな形の杖がある。
実はこれ、本来ならゲーム終盤にならないと手に入らない強力な武器なのだ。
ゼックロには、トゥルーボトルという、アイテムの性質を変化させるアイテムが存在する。
それを使うと、【ヘンテコな杖】は【大魔道師の杖】に変わる。
トゥルーボトルが手に入るのはゲーム中盤手前だけど、これはちょっとアテがある。
それから……。
「店主、パンドラボックスはあるか?」
「あいよぉ」
店主は気のない返事でカウンターの下から、虹色に光る小箱をいくつか取り出した。
俺はヘンテコな杖とパンドラボックスを購入し、店を出た。
その足で、そのまま次に向かったのはとある街角だ。
そこで、長時間プレイ前提のとある隠しイベントがある。
「ふはははは、見るがええわ貧乏人ども。これが名剣セイクリッドソードでっせ。買えるものなら買うてみぃ。もっとも、あんさんらが100万マネーなんてもっとるわけないけどなぁ」
うさんくさそうな商人が、ゲーム後半でないと手に入らない純白の剣を片手にみせびらかし、観衆をバカにしていた。
周囲の人々は苦虫を噛み潰したような顔で不機嫌そうだが、商人の男はご機嫌だった。
ゲーム序盤で100万マネーなんて持っているわけもない。
周回プレイ前提に見えるが、イベントアイテム以外のアイテムを引き継いだ強くてニューゲームなら、セイクリッドソードより強い武器を持っている。
なら、このイベントは何のためにあるのか。
実はこれ、ゲーム序盤でマジで雑魚敵相手にコツコツとマネーを稼いで100万マネーを貯めるとガチで買える。
どれだけゲームが下手でも、ここでセイクリッドソードを買えばチート無双できるという、製作者側の救済措置なのだ。
転生したこのゲーム世界はリアルタイム。
何か月も雑魚敵相手に戦う時間は無い。
だけど俺は伯爵貴族、クロード・ヴァーミリオンだ。
「買おう」
「へっ?」
俺は小切手帳に100万マネーと書くと、うさんくさそうな男に突き出した。
「セイクリッドソードを100万マネーで売っているんだろう? ほら、じゃあこれはもらっていくぞ」
俺がセイクリッドソードを分捕ろうとすると、男は慌てふためいた。
「ちょちょ、ちょっと待ってぇな! 本当に売るわけないやろ! これはジョークやで! ていうか100万マネー持っているなんてあんさんどこの誰や!?」
「ヴァーミリオン伯爵家嫡男、クロード・ヴァーミリオンだが?」
男は目玉が落ちそうな程にまぶたを上げた。
「お、お貴族様でっか!?」
「いかにも」
俺は胸を張り、あえて得意げに言った。
「許してくださいお貴族様。これは本当に大切な一品で、これがないとわいの計画がとん挫してしまうんや!」
「貴様が100万まねーでセイクリッドソードを売ると言うから買うと言ったのに言葉をたがえる気か?」
威圧的な声音で、男を威嚇する。
「貴様、まさか貴族である俺をペテンにかけたのか? 貴族相手に詐欺行為とはいい度胸だな!?」
「ひぃっ!」
俺が睨みを利かせると、男は小さな悲鳴を上げて引き下がった。
「ではもらっていくぞ」
俺は男からセイクリッドソードを分捕ると、無慈悲に背を向けてその場から歩き去った。
次に俺が向かったのは錬金屋だ。
この店の錬金術師さんにお金を払うと、持ち込んだ材料でアイテムを錬金してくれるのだ。
ゲーム序盤では使えないが、今の俺には関係ない。
「店主、このセイクリッドソードを材料に合成してくれ」
「え!? こんなレアアイテムを!? こりゃやりがいがある。任せてくれ」
店主は驚愕しながら剣を受け取ると、魔法陣の上に乗せた。
ゲーム序盤、この錬金術師は最近ろくな客がいないとやる気をなくし、プレイヤーが来ても錬金をしてくれない。
店を利用するには一定以上のレアリティを持つアイテムを持ち込む必要がある。
セイクリッドソードを持つ俺なら余裕だ。
コツコツ100万マネー貯めてセイクリッドソードを購入すると、ゲーム序盤から錬金屋を使えるという特典もついてくるのだ。
「それで、何を合成するんだい?」
「それなんだけど、トゥルーボトルを売ってくれないか?」
そう、実はトゥルーボトルは、この錬金屋で買える。
俺は店主からトゥルーボトルを購入すると、さっそくヘンテコな杖に使った。
ヘンテコな杖は虹色に耀き、形状を変化、荘厳な外見の、大魔導士の杖に変化した。
「うぉおおお、これは凄い! こんなレアアイテムを合成するなんて初めてだ! 待っていろ! 最高のアイテムを作ってやる!」
店主は両目をしぼって強く何かを念じながら、両手を魔法陣にかかげた。
「でいりゃごっちゃぶりゅぁあああああああああああああああああああ!」
なお、この店主の掛け声はギャグシーンである。
音MADの材料にされている。
「ふぅ、さぁできたぞ。セイクリッドソード零式だ」
「ありがとう。助かったよ」
悪役貴族クロードであることも忘れて、俺はお礼を言っていた。
現状、アリスを救う準備は順調に整いつつある。
あとは学園に戻って、パンドラボックスを開ければアイテム面は完了だ。
「あ、クロードじゃん」
「レイド?」
俺が店から出ると、ちょうどレイドとアリスの二人と出くわした。
「こんなところで何をしているの?」
可愛く小首をかしげるアリスに、俺は微笑を返した。
「武器の強化に錬金をね。それで二人は?」
「わたしたちはちょっと本屋さんに行っていたの」
「アリスの好きな恋愛小説の新刊が今日発売されるんだ」
「だけど売り切れで、次の入荷は一か月待ちだったんだよね」
華奢な肩が、ちょっと残念そうに落ちた。
兄のレイドが、励ますように肩に手を置いた。
「残念だったな」
「いいもん、楽しみが延びたと思えば。一か月待てば読めるもん」
アリスは前向きな笑顔で胸を張った。
「いや、誰かから借りればいいんじゃないか?」
「え?」
きょとんとするアリスに、俺は続けた。
「そんな人気小説なら学園の誰かが買っているだろ? じゃあ事情を説明して借りればいいだろ?」
「あっ!?」
盲点だった、とばかりにアリスは目を丸くして固まった。
でも、すぐにハッとした。
「い、いいもんいいもん。わたしはちゃんと自分のを買うもん。一か月待つって決めたんだし」
昨日はレイドに意地を張るなと言っておきながら、アリスは謎の意地を張っていた。
そんなところも可愛い。
だけど、癒されてばかりもいられない。
アリスが死ぬまで、あと6日だ。
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