第5話 ここは本当にゲームの中なのか?


 翌朝。

 食堂で朝食を終えた俺は独り、自室で身だしなみを整えていた。


「この世界は、ゲームの中なのか」


 鏡に映る悪役貴族、クロード・ヴァーミリオンの顔を見つめながら、そんな言葉を口から洩れた。


 顔、体、制服のデザイン。

 どれをとっても、俺がゲームでさんざん見てきたクロード・ヴァーミリオン伯爵そのものだ。


 学園の中もまったく同じ内装で、まるでゼックロランド、というアトラクションの中にいるようで楽しい。


 それにレイドとアリス。

 あの二人も、俺が知る二人そのままだった。


 使える技、魔法、そして俺の頭の中にあるクロード・ヴァーミリオンとしての記憶も、設定資料集と矛盾するものではない。


 ただ、それでは説明がつかないことがある。


「未設定の部分はどうなっているんだ?」


 クロードの部屋を見渡して、目を細めた。

 ゲーム中、クロードの部屋は出てこない。

 設定資料集でも、クロードの部屋はデザイン、設定されていない。


 デフォルト設定か。

 けれど、この部屋にはクロードの匂いがある。


 クロードが持っていてもおかしくなさそうな小物、クロードらしい書籍、そして割と神経質、という設定を具現化したように、机の中に眠る授業道具は整理整頓されている。


 仮に、ゲームクリエイターの脳内設定が反映されているとしても、ペンやノートのをしまう場所、配置まで設定するだろうか。


 それに、下世話な話だけれど、この世界で俺は何度かトイレに行った。


 トイレに不自由はなかった。

 当然だが、デザイナーさんも流石にクロードの男性器まではデザインしていないだろう。


 そうなると、これらはどういうモノなんだ?


 ここがゲームの中なら、たとえばマップ上存在しない場所は青いポリゴンになっているとか、あるいは見えない壁があってそこから先へ行けないはずだ。


 実際に漫画やラノベ、ゲームで見る設定だけど、ファンたちの想念が集まり作られた世界の可能性も低い。


 クロードの部屋はこんな感じだろう、という想いの平均がこの部屋を作っているなら理解できる。


 レイドとアリスがゲーム中にはないセリフを言うのも、ファンたちの考えるレイド像、アリス像を元に生成された性格、人格の反応かもしれない。


 だけど、モブキャラは?

 王立学園の全校生徒は1000人を超える。

 だけどモブは1000人もいない。


 なのに学園を見て回ると、ゲーム中、見たことのないデザインの生徒もたくさんいた。


 そして、この二日間。あえて色々なモブキャラ、一般性とたちと雑談してみた。

 結果、全員違う経歴、生い立ち、性格、口調、考え方をしていた。

 メインキャラ以外は全員コピペ対応というわけではない。


 いくらゼックロファンと言っても、こんな生徒が通っているかも、という妄想を数百人分もするか?


 仮にしてもここまで作り込むか?


 どうにも腑に落ちない。

 ゲームの中じゃない。

 ファンたちの想念が集まり生み出された世界じゃない。


 そうなると、考えられる選択肢はあとひとつだ。


 コンコンコン


 ドアをノックする硬質な音が、俺の思考を遮った。


「おーいクロード。まだ準備できていないのか? みんなもう行っているぞ」


 同じ貴族寮の知り合いの呼びかけに、俺はクロードらしく応えた。


「あー悪いな、いま行くよ」


 鏡の前で制服のネクタイを締め直すと、俺はドアに向かって踵を返した。


   ◆


 入学式から二日後の今日は、スキル授与の日だ。


 この世界の人間は、15歳以降のどこかのタイミングで、神様からスキルという特殊能力をもらえる。


 それを、神官の力で強制的に起こすのが、スキル授与の儀式だ。


「君のスキルは剣士だ」

「くっそぉ、剣聖じゃないのかよぉ!」

「では、次の生徒」


 講堂には全校生徒、そして教師が集合し、壁際には軍や貴族の上層部がずらりと顔を並べていた。


 この世界では、人類支配を目論む魔王軍の侵略が活発化している。

 強力なスキルを授かる若人の誕生は、人類の悲願と言っても過言ではない。


 特に、千年前、先代魔王を退けたと言う伝説の勇者パーティーたちのスキルにかかる期待は計り知れない。


 すなわち。


 勇者、剣聖、賢者、そして【聖女】だ。


「君のスキルはマッピングだ」

「サポート系……いえ、神よりの加護、謹んで活用させていただきます」

「うむ、では、次の生徒」


 多くの生徒は、自分のスキルに肩を落としている。

 とくにハズレスキル、というわけではない。


 ただ、期待が大きすぎる。


 勇者も剣聖も賢者も聖女も、まだ現れていない。

 15歳の子供が、自分こそが、と期待してしまうのは、仕方ないだろう。


「では、次の生徒」

「はいっ」


 俺はクロードらしく背筋を伸ばし、胸を張りながら前に出た。

 そして神官が神言を唱え、俺にしか見えない、俺のステータス画面が勝手に表示された。


「君のスキルは、おお、これは凄い、大魔道師だ」


 一拍遅れて、ステータス画面のスキル欄に【大魔道師】という単語が表示された。

 俺のスキルに、周囲がどよめいた。


「何!? 大魔道士だと!?」

「賢者にはやや劣るが、とてつもないレアスキルだぞ」

「流石はヴァーミリオン伯爵家の御曹司」

「彼がいれば、人類はあと30年は戦えますぞ」

「これを突破口に、勇者、剣聖、賢者、聖女も是非」


 貴族や軍のお偉いさんたちが年甲斐もなく色めき立つ。

 ゲームで何度も見たシーンだ。


 そうだ。


 クロードはレアスキル、大魔道師スキルを得る優秀なキャラクターだ。

 ただし、原作における役はあくまでも悪役貴族、主人公たちとの対比。


 レアスキルを貰っておきながら才能に胡坐をかいて堕落し、主人公たちに負けて没落し最期は死ぬという、ザマァ展開要因だ。


 もっとも、俺はそんな風になる気はない。

 俺はこの力のすべてを使って、レイドたちを助けるつもりだ。


「では次の生徒」

「よし、俺の番だな」

「頑張って兄さん」

「おう!」


 アリスの声援を受けながら前に出てくるレイドとすれ違う時、俺は迷いながらも、複雑な気持ちで激励した。


「頑張れよレイド。お前は俺と一緒に魔王を倒すんだから」

「任せとけ」


 ――ぐっ、つい無責任な発言を、すまんレイド。


 俺はこのあとの残念な展開を知っている。

 だけど、


「ハズレスキルでも落ち込むなよ」

「お前がどんなスキルでも俺は気にしないぜ」

「気負わずに行け、スキルで人の価値は決まらない」


 なんて、とてもではないが言えなかった。

 大魔道師スキルを持つ俺がそんなことを言えば嫌味にしかならない。

 それに、一言で言えば世の中に正しい慰めの言葉なんてない。

 そんな魔法の言葉があれば人間関係はこじれないのだ。


「君のスキルは」


 俺が座席に戻ると、レイドにスキルを授けようとしていた中年の神官が表情を曇らせた。


「君のスキルは……」


 期待に胸を膨らませるようにして目を丸くしたわくわく顔のレイドに、神官は残酷な言葉を告げた。


「無い」

「……NAI? それってどういうスキルですか?」

「いや、そうではなく、君はスキルがないんだ。残念だが」

「えぇええええええ!?」


 会場が、さっきまでとは違う意味でどよめいた。

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