第6話 妹は聖女、俺は無職だけど頑張ります


 会場が、さっきまでとは違う意味でどよめいた。


「スキルが無いってどういうことですか!?」


 素っ頓狂な声をあげるレイドに、神官も困り顔になる。


「どういうも何もそういうとしか、残念だが才能が無かったのだろう。では次の生徒、前へ」


 レイドが座席に戻る途中、周囲の生徒からは嘲笑の声が浴びせられていく。


「おいおい魔力がないのにスキルもないとか終わってんじゃん!」

「神様から嫌われているなぁおい1」

「無能もいいところだな!」

「学校辞めればぁ?」

「生徒諸君、静粛に」


 一応、教師の一人が生徒たちを窘めるも、あまり熱心な表情ではない。

 先生も、レイドのことを見下しているのだろう。


 ゼックロにおける序盤のヘイトイベントだ。


 このシーンにはいつもムカつくと同時に、あとで吠え面をかけと思っている。

 けれど、この後、自身に待ち受ける運命を知らないレイドは悔しそうな顔をうつむかせ、握りこぶしを震わせている。


 そんな兄を、妹のアリスは肩を抱き、頭を寄せてなぐさめている。

 本当にいい子すぎて胸を打たれる。


「では次の生徒」


 数分後、今度はアリスが呼ばれた。

 アリスは力なく返事をして前に進み出た。

 それから、何かを希うように両手を合わせ、強く目を閉じた。

 真逆に、神官の顔目が大きく見開かれる。


「聖女!?」

「え?」


 アリスが顔を上げると、神官は腰を抜かしかけたようようにうしろへフラついた。


「皆さん! この少女、いえ、こちらの方こそ! 聖女スキルを持ち主です!」


『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお”おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!』


 講堂を、天が裂けんばかりの絶叫が木霊した。


 生徒たちはざわめき、隣近所と話すこともせず座席から立ち上がり背伸びをして、必死になってアリスのご尊顔を拝謁しようとする。


 貴族や軍の上層部の人たちに至っては、儀式の最中だと言うのに勝手に席を離れ、アリスとお近づきになろうとしていた。


「おぉ聖女様、貴方の誕生をお待ちしておりました」

「まさか私の生きている間に聖女様にお目にかかれるとは光栄の至り」

「聖女様、今後、是非とも軍の慰安にきてください。兵の士気が上がります」

「いえ聖女様、我が公爵家に来てください、将来有望で年若い息子がおりまして」


 なんで汚く浅ましい光景だろうか。

 見ていて吐き気がする。

 アリスは困り顔で戸惑い、ろくに対応できていない。


 兄の姿を探す迷子の幼女をほうふつとさせるしぐさで、周囲をきょろきょろと見回している。


 教室が違う俺の座席位置からでは人ごみに隠れて見えないけど、レイドはこの時、兄として喜んでから、兄として情けないと複雑な感情になる。


 そのレイドに少しだけ追い打ちをかけてしまうも、破滅フラグ粉砕のため、俺は動いた。


「待ってくださいよ皆さん。そんなに詰めかけたらアリスが困るじゃないですか」


 俺は人混みをかき分け、颯爽と登場。

 貴族や軍のお偉いさん方は冷や水を浴びせられたように言葉を切った。


「君は確か、ヴァーミリオン家の」

「さきほど大魔道師スキルに目覚めていた」

「はい、大魔道師スキルを授かったクロード・ヴァーミリオンです。そして、アリスとその兄レイドの三人でパーティーを組んでいます」


 レイドのことも巻き込みつつ、俺はアリスの仲間であることを強調した。

 一般人なら俺も聖女の名声にたかる奴に見えただろう。


 だけど同じ生徒で、伯爵家で、大魔道師スキルというレアスキルを持つ、彼女の仲間で兄弟とも懇意というコンボで、俺はアリスの身内ポジションを確立した。


「彼女は聖女に目覚めたばかりで精神は平凡な少女です。いきなり国の上層部、お偉いさん方に詰め寄られたら戸惑います。しばらくは私と彼女の兄でフォローしますので、どうかいまは彼女に現実を受け入れる時間をください」


 あくまでアリスのためを前面に押し出しつつ、俺はお偉いさん方をなだめた。


 アリスの心象を考えてか、お偉いさん方は取り繕った笑みで別れの挨拶をしながらアリスから離れた。


 それから、俺は彼女に向き直った。


「アリス、急なことで戸惑っていると思う。だけどこれが現実だ。君は伝説の聖女に選ばれた。君は将来、魔王を倒す要になるんだ」

「え……え……?」


 原作ゲーム同様、戸惑い混乱する彼女を落ち着かせるように、俺は笑みを見せた。


「だけど大丈夫。君は何も変わらないよ。俺が大魔道師スキルに目覚めたからと言って何も変わらないようにね。君は君、レイドの妹のアリスちゃんだ」


 俺の言葉に、アリスはハッとした。


「だ、だよね。ありがとうクロード。兄さん」


 そう言って、アリスはレイドのいる席へ戻った。

 アリスは最強のヒーラーである聖女に目覚め、魔王軍と戦う運命を背負う。

 メインヒロインらしい、最高の個性。


 プレイヤーの誰もが、聖女の力を持ったアリスがレイドを助け、魔王とラストバトルをする姿を想像していた。俺も想像した。

 だけど彼女は、聖女スキルを授かったせいで死ぬ。


 それも、五日後に。

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