君のシンリ

鐘古こよみ

【三題噺 #66】「グループ」「正義」「心理テスト」

 昔から正義感の強い男で、そのせいで損をしてきた。


 最初の記憶は幼稚園の時。狭いケージに入れられた白ウサギがいて、毎日園児どもに囲まれ、騒がれ、隙間から指で追い回されて、ひどく怯えているように見えた。

 俺はケージの前に立ちふさがり、他の園児どもを寄せ付けないようにした。

 独り占めするのはいけないことだと、先生にこっぴどく叱られた。


 小学生。一人の気弱な男子を執拗に攻撃する男女混合のグループがいた。

 喧嘩ならまだしも多勢に無勢。これはただの弱い者いじめだと、俺は気弱な奴に加勢した。男女グループにどんな理由があるのか知らないが、とにかく力の均衡を図ろうとしたのだ。気弱な奴は別に友達ではなかったが、個人の感情は二の次だ。

 気付けばその気弱な奴はいつの間にか相手側のグループにいて、一緒になって俺を攻撃していた。


 中学生。俺はそろそろ正義を貫くことの難しさに気付き始めていたが、生まれ持った気質というのはそう簡単に変わるものではない。

 クラスメイトの一人が万引きで捕まり、何日か休んでいることがあった。実はその時、他にも複数のクラスメイトが一緒にいて、たまたまそいつが実行犯で捕まったにすぎないという話を、俺は教室で小耳に挟んだ。


 話題に挙がった生徒の名を書き記した文書を、担任教師に渡した。

 だが、何日経っても音沙汰がない。そいつらは教室で相変わらず大きな顔をしている。担任教師とも冗談を言い合っている。


 俺は再三に渡り、あの件はどうなったかと担任教師に問い合わせた。適当にあしらわれ、そのうち邪険にされ、やがてあからさまに無視されるようになった。

 名を挙げた生徒の何人かは推薦で高校へ行った。俺の内申点は異常に低かった。


 高校生。こんな俺にも彼女ができた。正義感が初めて良い方向へ働いた結果だった。つまり、通学中の電車で痴漢に遭っていた彼女を助けたのだ。

 薔薇色の学生生活。人はこんなにも人に優しくなれるものなのか。世界がやっと俺に微笑みを向けた気がした。もちろん学生である以上、性的な接触はナシだ。手を繋ぐだけで心まで繋がれる気がした。俺は浮かれていた。運気が向いてきたと勘違いしていた。俺の正義感がようやく報われる日が来たのだと。


 彼女に別れを告げられた。あなたの正義感についていけない。泣きながら言われた。なんで必ず、お婆さんの荷物を持って信号を一緒に渡ってあげるの? なんで必ず、歩道に落ちているゴミを拾いながら歩くの? ファミレスで騒いでいる人たちに注意をして、トラブルになったことが何度もある。デート中もお店の中で挙動の怪しい人を見つけたら、痴漢か万引きかと監視を始めちゃって。


 あなたは私じゃなくて、世の中の不正が好きなんだよ。正義の味方になったつもりで自分に酔っているだけ。そのことがよくわかった。バイバイ。


 俺は打ちひしがれた。

 不正が好き?

 自分に酔っている?


 大学生。俺は己の正義感を封印した。

 今までなんだったのかと思うくらい、平穏な日々が過ぎた。

 誰も俺に微笑まない代わりに、敵意を向けられることも、泣かせることもない。


 適度な学業、適度な人間関係、適度な就職活動を経て、適度な会社へ入った。

 不正も不均衡もあちこちに蔓延っていたが、俺は無視した。

 社会人になってようやく落ち着いてくれたと、母親は喜んだ。

 お前もやっとわかってきたかと、父親はうまそうに酒を飲んだ。


 社会人生活も二年目に入り、俺は仕事上がりに、一人で酒を飲むことが増えた。

 小ぢんまりとしたチェーン店の居酒屋でカウンターに座り、ちびちびやりながら、夕食代わりに酒のアテをつつくのだ。


 その日は後ろのテーブル席にうるさいグループがいて、俺は一杯だけ飲んだら早々に撤退しようと思っていた。

 男女三人ずつだったので、最初は合コンかと思ったが、耳に飛び込んでくる会話を聞くに、どうも同じ会社に勤める同僚たちらしい。


 しばらくして、女性の一人が最近入ったばかりの新人で、他は同期の先輩社員なのだということがわかった。なるほど部署の歓迎会かと察するも、どうも先輩連中の悪ノリが過ぎるようだ。男性社員が新人女性のプライベートに踏み込むきわどい質問ばかりしていて、女性社員もそれを止めようとするどころか、煽っている。


 そのうち心理テストが始まった。簡単な質問の後に選択肢を示して、あなたならどれを選ぶ? というやつだ。回答ごとにその人の隠された心理とやらが明かされる趣向で、場を盛り上げるゲーム的な要素が強く、科学的とは言い難い代物。

 俺も付き合いで何度か答えたことがあるが、ネガティブ度だの好きなセックスの体位だのを勝手に決めつけられて、非常に不愉快だった。


 新人女性に出されているのもそういう、個人の隠された性癖を暴くという趣旨の悪趣味なものだ。先輩連中は全員答えを知っているようで、新人女性に答えを促しては盛り上がりの繰り返し。たまに自分はこうだったと暴露してバランスを図っているつもりなのがまた気持ち悪い。誰もお前の好きな体位など知りたくない。


 新人女性の声が段々小さく、空虚になっていることに、気付かないのだろうか。


 こういう時、昔の俺なら我慢ならず、「他の客に迷惑なので、もう少し静かにしてください。悪趣味な質問もやめてください」と口を挟んでいただろう。

 だが今は、正義感を封印した身だ。

 俺にできるのは、黙って退店することのみ。


 会計を済ませて席を立ち、後ろを向いた時、その新人女性と目が合った。

 俺は思わず「あ!」と声を上げそうになった。

 彼女だったのだ。

 高校の時、俺に薔薇色の生活と奈落の底を両方とも味わわせた、あの彼女。


 彼女は縋るような目をしていた。

 俺の背中を見ていたのだろう。前から俺に気付いていたのだろう。

 そうわかる目だ。


 俺は逡巡した。何かすべきなのか?

 俺の正義感を一度は愛し、やがて憎んだこの女性に。

 俺の中に燻る情熱を消し、価値観を変えてしまったこの女性に。


 迷いながら店を出た。既に俺は、世の中の不正義に立ち向かうより遠ざかる行動に慣れていた。仕方がない。そうさせたのは彼女なのだ。

 だが、あの目。


 二軒目を求める酔客が道を流れてゆく。遅くまでたむろしている学生たちの騒々しい笑い声。携帯端末で話しながら足元に煙草の吸殻を落とすスーツの男。ティッシュ配りにかこつけて禁じられた客引き行為をしつこく繰り返すキャバクラ店員。


 全てに背を向け、無味乾燥な日常に埋没することが俺には可能だった。


 どうする。


 自分の足がどこへ向かうのか、判断を仰ぐような気持ちで、足元を見た。

 そこで気付いた。

 俺はとんでもない失敗を犯していたのだ。

 それは……。


Q 主人公の<俺>が足元を見て気付いた失敗とは? あなたの回答を選んでね!


① 左右で違う靴下を履いている。

② スーツにスニーカーを合わせてしまっている。

③ 昨夜、切れた靴紐の代わりにスルメイカを結んだままになっている。

④ 靴の商品タグを取るのを忘れていた。

⑤ 店のトイレのサンダルを履いて出てきてしまった。


これは、あなたの隠された【メロンパン愛度】を量る心理テストです。

答えを知りたい方は、コメント欄に書き込んでみてメロン♪


出典:鐘古こよみ ,「君のシンリ」,『読み応えのある心理テスト』, 三題噺出版 , 2024 , p1

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