007 璃子の訪問

「裸になってベッドに!? それって、つまり……」


「マッサージ!」


「へ?」


 俺の思う「つまり」は、マッサージではなかった。

 はっきり何とは言わないがサ行から始まる単語だった。


「部のほうを優先して途中で抜けちゃったでしょ? その埋め合わせにマッサージをしてあげようと思って!」


「なるほど……」


「だから裸になってうつ伏せに寝転んでもらえるかな?」


「分かった」


「後ろに向いているから横になったら言ってね!」


 指示に従ってジャケットとズボンを脱ぐ。


(この状態で後ろから抱きついたらヤバいことになるな……)


 璃子の後ろ姿を見て邪な妄想を抱く。

 もちろん妄想するだけで実際にはしない。

 する勇気もなかった。


「うつ伏せになったよ」


 準備を済ませて声を掛ける。


「お、おお……」


 璃子の反応が妙な反応を示した。


「あれ、俺なにか間違っていた?」


「ううん、間違っていないよ。ただお父さん以外で男の人の裸を見たのって初めてだったから……。ちょっとびっくりした!」


 今度は俺が「お、おお……」と言ってしまう。


「では、マッサージをはじめまーす!」


 璃子はベッドに入り、俺に跨がった。

 両手の親指で腰を指圧する。

 その瞬間、俺の脳内から邪な妄想が消し飛んだ。


「うお! すげー気持ちいい!」


「でしょ? よくお父さんにマッサージしてあげるの!」


「プロ並みの腕だな。マッサージ師になれるんじゃないか?」


「いくら何でもそこまでじゃないよー! あはは!」


 璃子の指によって全身が癒やされていく。

 思わず枕に涎を垂らしてしまう。


「拓真君ってさ――」


 快楽のあまり意識が飛びかけた時、璃子が話しかけてきた。


「――体の脂肪が全然ないよね。細いけどムキムキ。細マッチョ!」


「一ヶ月前くらいは、もうちょっと太ってたよ」


「そうなの?」


「俺って冬眠前の動物と似ていてさ、夏休みの前に脂肪を蓄えるんだ」


「なにそれ! なんでそんなことするの?」


「無人島生活に備えるんだ。無人島だと栄養バランスも偏るし、なにより無断上陸するためにたくさん泳ぐ。だから脂肪のない細マッチョだと耐えられない」


「へぇ、すごい本格的だぁ」


 そこで会話が終わるものの、マッサージはその後も続いた。


(俺からも何か話しかけるべきだよなぁ)


 無言の間、ずっとそのことを考えていた。

 しかし何を言えばいいか分からずに悶々とする。

 そんな時、璃子が体を重ねてきた。


「璃子!?」


「んー?」


 耳元で囁く璃子。

 制服越しとはいえ、大きな胸が背中に押しつけられている。


「埋め合わせでこんなサービスまでしてくれるなんて……」


「だって友達だもん!」


 少し落胆してしまう。

 自分が特別扱いされているのかも、と期待してしまったのだ。


 さすがは俺。

 友達のいないモブキャラであり童貞である。

 嘆かわしい男だ。


「友達なら受けられる基本的なサービスだったわけか」


 璃子は「まさか」と笑った。


「拓真君だから特別だよー!」


「え!」


 再び期待してしまう。


 やはり俺。

 友達のいないモブキャラであり童貞である。

 チョロい男だ。


「だって拓真君、私と紗良しか友達がいないって言ってたから! 大事にしてあげないとって!」


「憐れみかよー! それでも嬉しいから気にしないが!」


 璃子は「あはは」と笑い、それから「今のは冗談だよ」と続けた。


「拓真君にとって、私たちって初めての女友達でしょ?」


「同性を含めても初めてだよ」


「実は私と紗良にとっても、拓真君って初めての男友達なんだよね」


「マジで?」


 璃子は俺の肩を揉みながら、耳元で「ほんとだよ」と囁く。

 息が耳に掛かってくすぐったかった。


「学校だと男子とも話していないか? そういうシーンを何度も見たが」


「上辺だけ仲良くしているっていうか……向こうから話しかけられたり誘われたりするの。でも、友達とは違うかな。私と紗良は二人とも奥手っていうか、そういうグイグイ来る人は苦手だから」


 璃子は「苦手なだけで嫌いじゃないけどね」と補足した。


「そうだったのか……」


 璃子と紗良にとって、俺が初めての男友達。

 それを知って、俺はこの上なく嬉しい気持ちになった。


「至らない友達ですが、今後ともよろしくお願いします! 拓真君!」


「こちらこそ! よろしく!」


 その後も楽しい会話をして、マッサージが終わった。

 俺の期待していたサ行の何かはなかったけれど、満足したのでそれでヨシ!


 ◇


 異世界生活の二日目が始まった。

 朝ご飯は他の生徒たちと一緒に食堂で食べる。

 驚くほどに細長いテーブルが数列並んだ場所だ。


「いくら湖のアユが美味いとはいえ、そればかりだと飽きるな……!」


 俺は色々なアユ料理を食べていた。

 といっても、主な違いは焼き加減だけだ。

 軽く炙った刺身は、串焼きとはまた違った味わいだった。


「ウチらも森に入って果物を調達しないとね!」


 左隣に座っている紗良がチラッと他の男子を見る。

 森で採ってきたというイチゴを美味しそうに頬張っていた。


 このイチゴも日本のものとは違う。

 ブドウのような房にっていたらしい。

 ただ、味や見た目は普通のイチゴと同じだという。


「ごめん、私、今日もメグたちと行動することになっていて……」


 正面に座っている璃子が申し訳なさそうに頭をペコリ。

 昨夜の内に聞いていたので、俺は気にしていなかった。


 紗良も「りょーかい!」と気にしていない様子。

 内心ではどう思っているのか分からない。

 女心はいつだって理解不能だ。


「ちなみに私も先約があるんだよねー」


 紗良は何食わぬ顔で言った。


「「え?」」


 これには俺と璃子の二人が驚く。


「紗良、拓真君と一緒に行動しないの?」


 俺もそのつもりだった。


「その予定だったんだけど綾菜あやなに誘われてさー!」


「あー」と納得する璃子。


「それってメガネを掛けている緑色の髪をした人?」


 俺が尋ねると、紗良は「そそ!」と頷いた。


「よく知ってるね!」


「学校で紗良と一緒にいるところを何度か見たことあるから」


「なんだったら拓真も一緒に来る? 女子ばっかりだけど!」


 綾菜以外にも数人の女子がいるそうだ。

 男は誰もいないため、俺が参加するとハーレムになる。


「いや、遠慮しておくよ」


 知らない女子の集団に飛び込む勇気はなかった。

 モブキャラなのでハーレムに慣れていないのだ。


 ◇


 朝食が終わり、皆が行動を開始。

 紗良は綾菜たちと、璃子はテニス部の皆と城を出る。


 一方、俺は独りぼっちだ。


「まずは森に入るための準備を整えないとな」


 必要なのは弓矢と石斧、そして背負い籠だ。

 弓矢はメインの武器であり、石斧は戦闘よりも開拓用である。

 枝を叩き折るのに使う予定だ。

 そして背負い籠があれば、一度に多くの果物を収穫できる。


「昨日二人と一緒に過ごせたのは夢だったんだな。これこそ現実だ」


 そう自分に言い聞かせてマイペースに作業を始める。

 何を作るにしても木材が必要になるため、木の樽を分解していく。

 湖には多くの生徒がいるため、人のいない井戸の付近で行う。


「あの、伊吹先輩……ですよね?」


 するとそこへ、一人の女子がやってきた。

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