002 木の樽トラップ

 無人島でのサバイバル生活では適応力が求められる。

 形式よりも結果――それが鉄則だ。


「木の樽を解体することで魚を捕るための罠を作ろうと思うが、ユニークな罠とノーマルな罠のどっちがいい?」


「ドラマの『良い知らせと悪い知らせがある』みたいなやつだ!」と璃子。


「そりゃもちろんユニークな罠でしょ!」


 璃子も「だね!」と同意した。


「なら大工道具とロープを取ってくるから待っていてくれ」


「そんなのあるの!?」


 驚く紗良。

 璃子も知らなかったようでびっくりしている。


「伊吹君、よく見つけたねー」


「建物は全てしらみつぶしに調べたから。ちなみにロープはなかったんだけど、カーテンか何か適当に裂いて作ろうと思う」


「「すご!」」


「ということで、俺は必要な物を取りに行くよ」


「私と璃子もついてく! 待っていても暇だし!」


「分かった」


 学校でもトップクラスの美少女二人とともに、俺は城に向かった。


 ◇


 大工道具とロープを持って湖に戻ってきた。


(それにしても周りの目が凄かったな)


 紗良と璃子はスクールカーストの最上位で人気者だ。

 一方、俺は同じクラスの人間にすら名前を忘れられがちの底辺。

 並んで歩いていると、周囲は奇々怪々な目で二度見してきた。


「さて、始めよう」


 俺は樽を立たせた。

 蓋は取り外し可能なタイプなので、サクッと外して地面に置く。


「念のために確認するけど、この樽が壊れても問題ないよな?」


「もちろん! その辺にあったやつだし!」と紗良。


「了解」


 俺は作業を開始した。

 まずは樽の側面に無数の小さな穴を空ける。

 次に底面の中央にも、ロープを通すための穴を空けた。

 同様の穴を蓋にも空けたら、樽本体と蓋をロープで繋ぐ。


「完成だ!」


「え、こんなんで魚が捕れるの!?」


「仕組みの解説がてら陸で予行演習をしてみよう」


 俺は樽を横に寝かせた。

 蓋は樽の数十センチほど先に転がっている。


「この状態で放置して、魚が掛かったら一気にロープを引く!」


 蓋が引っ張られて樽に嵌まった。

 ロープで連結しているから何度やってもこうなる。


「こんな感じで魚の逃げ場がなくなるわけだ」


「「おー!」」


 二人が目を輝かせて拍手する。


「伊吹君、側面に穴を空けたのはどうして?」


「樽を引き揚げる際に中の水が抜けるようにさ。水が入っていたら重い」


「なるほど!」


「伊吹、あんたすごいじゃん! こんな技術どこで身に着けたの!?」


「我流だよ。夏休みになると無人島でサバイバル生活をしているからね」


「無人島!?」


「日本には数え切れない程の無人島があるんだけど、そこへ勝手に泳いでいって二週間ほど過ごすんだ」


「ぶっ飛んでるなー! そりゃすごいわけだ!」


「話を聞く分には面白そうだけど、実際にはとっても大変なんだろうなぁ」


 璃子の言葉に、「色々な意味で大変だよ」と笑う。


「色々な意味って?」


「生活をするのも大変だけど、泳いでいる最中に見つかってもダメだから」


「なんで見つかったらダメなの?」


「違法行為だからね。無人島にだって所有者がいるのに、そこへ無断で侵入するんだ。どう考えてもアウト!」


「たしかに!」


 俺は靴とソックスを脱いだ。

 スラックスの裾を膝まで捲り上げる。


「雑談はこの辺にして樽を仕掛けてくるよ」


「頑張ってー! 伊吹君!」


「私のリベンジを頼んだぞー伊吹!」


 二人の声援を一身に受けて、俺は湖に入った。


 湖の水質は最高だ。

 透き通っていて底までよく見える。


(近くに危なそうな生物は見当たらないな)


 魚の数は非常に多い。

 本格的な漁を行えばメシには困らないはずだ。


(この辺にするか)


 ズボンが濡れるぎりぎりの場所でストップ。

 樽と蓋を沈めていく。


「任務完了!」


 俺は陸に戻った。

 脚の濡れは自然乾燥に任せる。


「あとは待っているだけ?」と璃子。


「それでもいいが、サクッとゲットしたいから裏技を使おう」


「裏技!?」


「魚をびっくりさせて樽に逃げ込むよう仕向けるんだ」


「どうやるの?」


「簡単さ。適当な石や岩を樽の近くに投げまくればいい。そうすりゃ驚いて物陰に避難しようとする」


「その物陰というのが伊吹君の作った樽だね!」


「正解だ」


「それなら私たちにもできそう!」


「だね! 璃子、石を投げまくろう!」


「うん!」


 二人はウキウキした様子で近くの石を拾い始めた。


「俺は包丁を修理しておくよ」


「了解! はい、伊吹君!」


 璃子が持っていた包丁を差し出す。

 海に漂っていたのかと思うほどにサビだらけだ。

 刃もボロボロだし、このままだと使うことができない。

 だからこそ元の持ち主は放置していったのだろう。


「ありがとう、南條さん」


 包丁を受け取ろうとするが、璃子がスッと手を引いた。


璃子りこって呼んでくれていいよ! 伊吹君!」


「ほ、ほんとに?」


 フフっとニヤけてデレデレしてしまう。


「だってもう友達でしょ! 私たち!」


「だったら私のことも紗良って呼んでもらわないとねー!」


 紗良がニヤニヤしながら肘で小突いてくる。


「マジか……!」


 二人からすると些末なことなのだろう。

 無数にいる友達に対しても同じように接しているはずだ。

 分かっていても、俺にはこの上なく嬉しかった。


「そういや伊吹っていつも一人だよね! 友達いないの?」


「おう」


「じゃあ私らが初めての友達なんだ!」


「伊吹君の初めてかぁ」


「璃子、その言い方だと誤解を招くって!」


「そ、そんなつもりじゃないから」と恥ずかしそうにする璃子。


(可愛い……! こんな二人が友達……!)


 ニヤニヤが止まらない俺。


「ところで、伊吹って下の名前は何だっけ?」


「拓真だ」


「じゃあ私らも拓真って呼ぶねー!」


「これからもよろしくね、拓真君!」


「お、おう、よろしく!」


「よーし、璃子、石を投げまくるぞー!」


「おー!」


 二人が投石を開始した。

 俺は璃子から受け取った包丁を丁寧に磨く。

 サビを落としてから刃を研いだ。


(本物の包丁を研ぐのは何気に初めてだな)


 無人島ではいつも石包丁を使っていた。

 なので少し勝手が異なるけれど、やること自体はそう変わらない。


 砂利を包丁にまぶし、ゴツゴツした石でサビを擦り落とす。

 それから、平らな石に刃を滑らせて研いでいく。


 最後に湖の水で包丁を洗う。


「こんなものか」


 ふぅ、と息を吐く。

 研磨が終わり、包丁が復活した。

 まるで新品のようだ。


「紗良、璃子、樽を引き揚げよう」


「今度は三人で綱引きだね!」と璃子。


 一人でも十分だが、三人で協力してロープを引く。


「「「せーのっ!」」」


 ほどなくして樽が見えてきた。

 側面の穴からピューッと水が抜けていく。


「こりゃ大漁だな」


 中を確認するまでもなく分かった。

 樽から派手に暴れる音が聞こえてくるからだ。

 側面の穴から見える限りでも数十匹の魚が入っている。


「拓真の樽トラップ大成功じゃん!」


 声を弾ませる紗良。


「自分でもびっくりだ。ここまで上手くいくとは思わなかった」


 俺は樽を立たせて蓋を開けた。

 捕まえた魚は、捌く前に締める必要がある。


「知らない種類だな」


 適当な魚を掴み上げる。

 サイズや見た目はアユに似ているが、細部が異なっていた。

 お魚図鑑には載っていない新種だ。


「ま、どんな種類でも基本は同じか」


 俺は魚にデコピンをくらわした。

 20cm程度の獲物なのであっさり失神する。


「「魚にデコピン!?」」


「締めているんだ。失神させないと味が落ちるから」


 二人は「へぇ」と感心する。


「他の魚も締めるから少し待っていてくれ」


 サクッと作業を進めた。

 デコピン締めは慣れているので苦労しない。


「すご!? 拓真の作業速度が鬼なんだけど!」


「速すぎて手の動きが見えないよ!」


 そんなこんなで作業が終了した。


「全部で37匹か。十分過ぎる数だな」


「小さいし串焼きにして食べたいね!」


 璃子の言葉に「同感だ」と頷いた。


「なら次は厨房だな。あそこなら火を使える」


「拓真君ならここで火熾しをするのかと思った!」


「あー、木の棒をシコシコするやつ?」と紗良。


 璃子が「そーそー!」と頷いている。


「その方法もできるけど――」


「やっぱり!」


「――厨房のコンロが使えるから出番はなさそうだ」


 俺はソックスと靴を履いて樽を抱える。

 樽のロープは邪魔になるので解いておいた。


「城に行こう」


「串焼きの時間だー!」


 紗良が声を弾ませた。

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