異世界生活を【サバイバル技術】で支える、モブキャラの俺 ~無人島で身に着けた力を活かして楽しくスローライフ~

絢乃

001 サバイバルの幕開け

 高校三年の夏休みが始まって早二週間――。

 大学受験も控えている中、やることと言えば決まっている。

 無人島でのサバイバル生活だ。


「ぷはー! 獲った獲った!」


 進路のことなど毛ほども気にせず、俺こと伊吹拓真いぶきたくまは海に潜っていた。

 ホームセンターの材料で自作した銛を使い、見事にカワハギをゲット。


「モブキャラの夏は孤独な無人島生活に限るぜ!」


 陸に戻ったらサバイバルナイフで下処理を始める。

 もちろん、この場にテーブルなどというものは存在しない。

 だから近くの森から切り株を引っこ抜いて持ってきた。

 そこに大きな植物の葉を敷き、カワハギを寝かせてナイフを振るう。


「やっぱり鮮度が段違いだな!」


 名前通りに皮を剥ぐと、ナイフで腹を開いて内臓を取り出す。

 肝は絶品だから捨てずに残して、他は海に向かってポイッ。

 海水で綺麗に洗ったら準備完了だ。


「さて、ここからどうするか」


 悩んだ次の瞬間には「刺身だな」と決定。

 これほど鮮度のいいネタを焼き魚にするのはもったいない。


 身を薄くスライスして、肝も適当にカット。

 刺身と肝を一緒に口の中へ。


「うんめぇええええええええ!」


 歯ごたえはプリプリと弾力があり、味は肝のおかげで濃厚。

 目を瞑ることで味への集中度が増し、唾液の分泌が加速する。

 美味い。美味すぎる。


「ごちそうさまでした!」


 食事が終わった頃には体も乾いていた。

 海に潜るために脱ぎ捨てた腰蓑を装着して砂辺に寝転ぶ。

 砂が背中や髪に付着するが、慣れているので全く気にならない。


「気持ちいい天気だ。ちょっくら仮眠するかぁ」


 波の音をBGMに、俺は眠りに就くのだった。


 ◇


「なんだよここ!」


「何がどうなってんだ!」


 謎の声が聞こえてきて目が覚めた。


「んん……!」


 俺は見知らぬベッドで眠っていた。

 しかも何故か腰蓑ではなく制服を着ている。

 夏なのにブレザージャケットまで。


「ここはどこだ?」


 見覚えのない部屋だ。

 ずいぶんと優雅な空間で、天井が高く、壁には絵画が飾ってある。

 床材には石が使われており、その上に品のある絨毯が敷かれていた。


「騒がしい声は外からか」


 窓から外の様子を窺う。

 同じ制服を着た男女がたくさんいた。


 他には古びた家々が見える。

 茅葺き屋根の木造で、出入口の傍にはランタンが吊されていた。

 なんとも中世のヨーロッパを彷彿とさせる場所だ。


(俺は無人島にいたはずだが……)


 ここがどこなのか以前に、どうしてここにいるのかすら不明だ。

 今は兎にも角にも情報が必要だった。


 ◇


 部屋を出た俺は、可能な範囲で情報収集に努めた。

 その結果、いくつかのことが判明した。


 まずは建物について。


 俺が目覚めたのは城の一室だ。

 外から見ると荒城に他ならず、屋根の一部が崩れていた。

 簡単な大工道具があったので、気が向いたら補修工事をしてやろう。

 外敵の恐れがないのか、城壁や城門は存在していなかった。


 城の大きさはかなりのものだ。

 数百人、いや、1000人でも以上を余裕で収容できる。

 部屋の数も数百とあった。


 城を出ると、砂利の道が何本かに分かれて広がっていた。

 それらの道の両サイドには、窓から見えていた家々がある。

 こちらも長らく放置されていたようで、どの物件も老朽化が酷い。

 入口付近には空の樽が散見されたが、中はもぬけの殻だった。


 にもかかわらず、城を含め、どの建物もインフラが生きていた。

 例えば城の厨房では火を使え、貯蔵室は凍えそうなほど冷えている。

 ただ、それらは一般常識からかけ離れた謎の仕組みで動いていた。


 次は人について。


 残念ながら、城や家に持ち主と思しき人間はいなかった。

 分かる範囲だと、存在しているのは俺を含む生徒のみ。


 生徒の数は約450人。

 一度、全員で外に集まって確認した。

 おそらく全校生徒が揃っている。


 教職員などの大人は一人もいなかった。

 こういう時こそ皆を束ねる教師の存在がありがたいのに。


 そして、誰も事情を知らなかった。

 俺だけでなく、他の皆も気がつくとここにいたそうだ。


(さて、どうしたものやら……)


 状況が理解できないため、ひとまず自由行動になった。

 城や家を調べたり周囲の森へ探索に出たり、生徒たちの動きは様々だ。


(とりあえず腹ごしらえをしておくか)


 問題は食料だ。

 火や水が使えるだけで食材があるわけではない。

 腹を満たすには、自力でネタを調達する必要があった。


 そこで向かったのは森――ではなく、湖だ。

 城のすぐ裏にあって、ともすれば海かと思うほど大きい。

 さながら琵琶湖のようだ。


(まずは湖を確認して、それから“釣る”か“突く”かを決めよう)


 湖に何かしらの魚がいることは他の生徒から聞いていた。

 だが、どんな魚がいるのかは不明で、安全かどうかも分からない。

 もしかしたら巨大なワニが潜んでいる可能性もあった。


「今度こそ! うおりゃー!」


「もう諦めなって紗良さら、そんなの絶対に無理だよー」


「いいや璃子りこ、私は諦めないぞー!」


 湖のほとりに二人の女子がいた。

 どちらも俺と同じ三年一組且つ飛び抜けて可愛いから知っている。


 湖に入っているのは佐々木紗良だ。

 スラリとした体型ながら胸は大きく、金色の長いウェーブヘアが美しい。

 スカートが短めで、今は大きな樽で湖の水をすくっている。

 白のソックスは近くに脱ぎ捨てられていた。


「あ! 伊吹いぶき君だ!」


 もう一人の女子こと南條なんじよう璃子りこが俺に気づいた。

 黒髪ロング&黒のニーソックスという、絵に描いたような清楚系である。

 こちらも、いや、こちらは特に胸が大きく、制服のボタンが弾けそうだ。

 彼女は紗良と違って湖には入らず、近くの丸太に座っていた。

 紗良のジャケットを大事そうに抱きしめている。


「ほんとだ! 伊吹だ! 何しているのー?」


 紗良は樽の水を捨てながら言う。

 白いシャツが濡れて、ブラジャーが透けていた。


「それは俺のセリフだよ」


「私は見ての通り!」


「いや、見て分からないんだが……」


「紗良は樽でお魚をすくおうとしているの」


 璃子が呆れた様子で言った。


「それは無理だろ」


 俺も苦笑いを浮かべる。


「だって仕方ないじゃん! このままじゃ餓死しちゃうんだし! でも釣り竿やエサがないんだから! そうなりゃすくうしかない!」


 紗良の言い分には理解の余地があった。


「たしかに食料の調達は今の内からするべきだ。湖の魚に目を付けたのも間違っていない。かといって、釣り竿やエサがないのもまた事実」


 全ての建物を調べ尽くしたから知っている。

 ここにあるのは何故かインフラの生きている城や家々だけだ。

 あとは木の樽や大工道具くらいか。


「でしょ!」


 紗良は謎のドヤ顔で璃子を見る。


「とはいえ、樽ですくおうとするのは論外だ」


 今度は璃子が「でしょ!」とドヤ顔で紗良を見た。


「魚が欲しいのは俺も同感だし、ここは俺に任せてくれないか」


「何か考えがあるの? 私の樽作戦より良い考えが!」


「おう。こう見えて実はサバイバル経験が豊富なんだ」


 趣味のサバイバル術を活かす時がやってきた。

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