003 アユに似た何かの串焼き
厨房にやってきた。
ここは中世ヨーロッパ風の建物にあるまじき場所だ。
全体的に現代的な設備が目立つ。
ただし、ほぼ全ての物が石で造られている。
まず目に付くのが、中央に配置されているコンロやシンク。
形状はガスコンロに酷似していて、サイズは業務用なのか大きめ。
つまみをスライドさせることで点火及び火力の調整が可能だ。
それを起点として、周囲に作業台などがある。
作業台も石で造られていて、天板は大理石のような質感だ。
「これからアユの調理を行うが、どちらか下処理から最後までできる?」
俺は作業台に樽を置いた。
本当はアユに似た別種だが、便宜的にアユと呼んでいる。
「私は無理!」と紗良。
「私も! 料理の経験はあるけどお魚はさっぱり!」
「じゃあアユの調理は俺が行うから雑用を頼めるかな?」
「「了解!」」
「なら食器と調理器具を綺麗にしてくれ」
俺は食器棚に目を向けた。
木製のボウルや木べらなどが雑に収納されている。
どちらも埃が積もるほど古ぼけているが使用可能だ。
隣には大きな鍋やフライパンが吊されていた。
こちらは包丁と同じく酷い状態なので、使う前に手入れが必要だ。
「楽そうな食器棚は私が担当するねー!」
「あ、ずるい紗良!」
「早い者勝ちだもんねー!」
へへーん、と舌を出す紗良。
「ねーねー拓真君、紗良と私の作業量に差がありすぎるよ!」
璃子はぷくっと頬を膨らませて抗議してきた。
その反応が可愛くて俺はニヤけてしまう。
「じゃ、じゃあ、紗良にはラックや他の清掃もしてもらおう!」
壁にはいくつもラックがある。
ただし、残念ながらそこには何も置いていない。
以前はここに様々な調味料がずらりと並んでいたのだろう。
今度は紗良が「ええええええええええ!」と大袈裟に反応する。
「やったー!」
璃子は両手を上げて大喜び。
「ラック以外ってことは……アレも?」
紗良が指したのは大きな石窯だ。
レンガで造られたドーム型で、小洒落たピザ屋を彷彿とさせる。
一つでも雰囲気がいいのに、贅沢にも三つ並んでいた。
「物足りなかったら大型の燻製室や隣接されている貯蔵室も頼むよ」
厨房は広いだけでなく様々な設備を備えている。
どんな料理にも対応していそうだ。
「絶対に物足りるから! 燻製室とか分からないしパス!」
俺たちは手分けして作業を始めた。
(もしかしたら俺が一番楽な作業を引いたかもしれないな)
と思いつつ、アユの下処理に取りかかる。
包丁の背でぬめりや鱗を落とし、水で洗い流す。
次に腹を開いて内臓を取り除く。
内臓は原則として捨てるが、肝だけは例外として残す。
「紗良、洗ってもらったばかりのコレ、さっそく使わせてもらうよ」
食器棚から石の乳鉢を持ってきて、そこに肝を入れた。
「肝は何に使うの?」
紗良が尋ねてきた。
「ソースにする予定だ」
「肝でソースを作るの!?」
「なんかオシャレ!」と、璃子が目をキラキラさせた。
「串焼きと言えば塩だが、ここには塩がないからね。その代わりさ」
内臓の除去が終わったら再び洗う。
血合いが残っていないかなどを確認しながら丁寧に。
あとは串打ちだ。
食器棚にある鉄串を使うことにした。
串の打ち方は本物のアユと同じだ。
真っ直ぐではなく、曲げた状態で突き刺す。
〈踊り串〉と呼ばれる打ち方である。
「よし、1匹目が終わった」
「残り36匹だね!」
璃子が微笑む。
彼女はすぐ傍のシンクでフライパンを擦っていた。
頑固なサビを落とすのに苦戦している。
「私らより拓真のほうが大変そー! 数が多すぎる!」
紗良は余裕
面倒くさそうな石窯や燻製室には近づかない。
「たしかにそうかもしれないが、俺には無人島生活での経験があるからね。この手の作業は数え切れないほどこなしてきたから楽なもんさ」
慣れない環境や未知の種であることを考慮して、1匹目は丁寧に進めた。
アユと同じ要領で問題ないと分かったため、ここからはスピードを上げる。
俺のサバイバル技術を活かす時だ。
「そりゃー!」
樽から次のアユを取り出して串打ちまで済ませる。
「次! 次ィ! 次ィイ!」
「拓真君、速ッ! 何そのスピード!?」
「しかも雑になっていないし! すご!」
二人は俺の作業速度に愕然としていた。
「全37匹の串打ち、終了……!」
「「おー!」」
二人が拍手する。
「では焼いていこう」
無人島では焚き火を使った。
火を囲むように串を立てて、遠火でじっくり焼き上げる。
ただ、ここに焚き火はなく、代わりにもっと便利なものがあった。
焼き台だ。
焼鳥屋にあるような代物である。
コンロと同じくつまみで火力を調整する仕組みだ。
「うん、実に素晴らしい光景だ」
適度な間隔を空けて13本の串を一列に並べる。
焼き台が大きくないためそれが限界だ。
「バーベキューがしたくなってきたー!」
璃子が傍にやってくる。
紗良に先んじて作業を終えたようだ。
「アユ以外にもあったらいいのにな。肉と言わないまでもエビか何かあれば雰囲気がもっと良かったはずだ」
「たしかに! でも、これはこれでお店っぽくていいよー! いらっしゃいませー! 美味しいアユはいかがですかー!」
璃子は端の串をくるりとひっくり返した。
「焼き上がるのはまだまだ先だなぁ」
「火力を強めたくなるー!」
俺は「気持ちは分かる」と笑い、続けて言った。
「焼き台を任せても大丈夫そう?」
「うん! 拓真君はどうするの?」
「私の手伝いだよね!」と紗良。
俺が即座に「いや」と否定すると、紗良はズコーッと転げた。
「肝のほうを進めておこうと思ってさ」
ということで、俺は作業台に戻った。
乳鉢に入った37匹分の肝を棒ですり潰す。
「さて、と……!」
緊張の瞬間だ。
ほんの少しだけ小指の先につけて舌に塗る。
「お! 拓真、味見してる! 料理人っぽい!」
などと紗良は言うが、俺は苦笑いで否定した。
「これは味見じゃなくて毒見だよ」
「「毒見!?」」
璃子もこちらを向いた。
「アユに似ているから大丈夫だと思うけど、毒があってもおかしくない。だからまずは微量の摂取で確かめる。舌が痺れたり体に異変が生じたりしないかをね」
おー、と感心する二人。
「でも、それで毒があったらどうするの?」
紗良が良いところに目を付けた。
「その時は……」
「「その時は!?」」
「全力で水をガバ飲みして根性でカバーだ!」
「マジかー! 体張ってんねー!」
「大体はそれでどうにかなるんだが、フグの肝みたいに毒性の強いものだとアウトだ。俺は死ぬ」
「え、じゃあ、拓真君って今、わりと命懸けの状況?」
途端に心配そうな顔をする璃子。
俺は「まぁね」と笑った。
――それから10分。
俺の体には何の異変も生じなかった。
「よし、問題ない! おそらく毒はないだろう!」
そうこうしている間にアユの串焼きが完成した。
「まずは専用の肝ソースをチビッと垂らしまして……」
「「「いただきます!」」」
豪快にパクッとかぶりつく。
「うお! うんめぇ!」
「外はカリカリ! 中はふっくら! 最高の焼き加減だよ璃子!」
紗良も声を弾ませる。
「一番はこの肝ソースだよ! すごい美味しい!」
璃子の言葉に、俺と紗良は同意した。
便宜的にアユと呼んでいる魚の肝は、本物のアユとは比較にならなかった。
少量でも驚くほど濃厚だったのだ。
良い意味で期待を裏切られた。
「あ! 紗良と璃子が何か食べてる!」
「しかも珍しく男子が一緒!」
数人の女子がやってきた。
俺たちと同じく三年であり二人の友達だ。
「いい匂いに釣られてやってきました!」
「俺たちにも分けてくれー!」
さらに運動部に所属している男子グループも登場。
「拓真君、皆にも串焼きを振る舞っていい?」
璃子が尋ねてくる。
「もちろん。皆で食う方が楽しいしな」
こういう環境では持ちつ持たれつが基本だ。
俺たちはアユの串焼きをプレゼントした。
「うめぇええええええええええ!」
「このソースすごい!」
「アユみたいな何か、最高!」
男子も女子も大喜び。
「なんだなんだ?」
「私も食べたーい!」
盛り上がる声に釣られて続々と人が集まる。
雪だるま式に増えていって、すぐに100人を超える規模になった。
厨房前の食堂に行列ができている。
だが、アユは俺たちが食べた分も含めて37匹しかない。
あっという間に足りなくなってしまった。
「なぁ伊吹! もっかいアユを捕りにいこうぜ!」
先ほどまで俺の名前すら知らなかった男子が提案する。
ちなみに俺は今でも彼の名前を知らない。
「いいよ、行こう」
「じゃあ樽トラップを量産しないとだね!」と紗良。
「それでもいいけど、あのトラップは効率が悪い。別の方法にしよう」
「別の方法?」
俺はニヤリと笑った。
「任せてくれ、良い考えがある」
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