012 灯火の正体

 森の奥に見えた灯火が近づいてきて、それを持つ者の姿を露わにした。


(やっぱり異世界人だ!)


 茂みより現れたのは、中学生と思しき少女だった。

 肌は褐色で、髪は黒のミディアム。

 無地の白い服を着ていて、下は白いフリルのついた緑のスカート。


 灯火は彼女が持つランタンだった。


(この世界の人間は、俺たちと全く変わらない姿をしているんだな)


 建物の形状などから、大まかなシルエットが似ていることは分かっていた。

 ただ、細かい部分では差が生じているかもしれないと思っていた。

 例えば、腕の数が違ったり、頭が二つあったり。

 そうしたことがなかったことに少なからず安堵した。


(それにしてもあの子……)


 少女を凝視しながら、俺は思う。


(ブラをつけていないぞ!)


 胸部に二つの突起が見える。

 目を凝らすことで衣服の向こう側を透視しようと頑張った。


「…………」


 少女は無言でランタンを消した。

 周囲を警戒しつつ、慎重に城へ近づいていく。


 しかし、中に入るつもりはないようだ。

 近くの民家に背中を張り付けて、そーっと城を覗き込んでいる。


(見たところ武器を持っていないようだが……)


 次の対応に悩む。

 声を掛けるべきか、このまま様子を見るべきか。

 そんな時だった。


「拓真くーん!」


「おーい、拓真ー!」


「伊吹せんぱーいー!」


 城から璃子、紗良、真帆の三人が出てきたのだ。

 その声によって異世界人の少女がビクッとする。

 俺も驚いたし、違う家から響き続ける喘ぎ声も止まった。


「拓真め、どこに行ったんだー?」


 城を出てすぐのところでキョロキョロする紗良。


「昨日は外にいたのですが……」と真帆。


「もしかしたら大浴場に行っているのかな?」


「ありえる! 今って男子の入浴時間だし!」


 三人は再び城に戻っていった。


(あいつら、俺に何の用だったんだ?)


 気になるところだが、今はそれ以上に大事なことがある。


 異世界人の監視だ。

 璃子たちが城へ消えると同時に、少女は茂みに向かった。

 この場から離脱するようだ。


(紗良、璃子、真帆……無視してすまん!)


 俺は静かに家を出て尾行することにした。


 ◇


 異世界人の少女は、ランタンを消したまま森を進んでいく。


(いくら俺たちに気づかれるのを警戒しているからって、こんな真夜中に灯りをつけず移動して大丈夫なのか?)


 数は多くないが、この辺には獰猛な獣が生息している。

 俺たちが狩ったピューマやイノシシは、地球だと夜でも活発な動物だ。


(もしかしたらこの香りが獣除けになっているのかな?)


 少女の通った道には線香を彷彿とさせる残り香が漂っていた。


「ガルルァ……!」


 そんなことを考えていると、少女の前方にピューマが現れた。

 体を低くし、目を大きく見開いた状態で唸っている。

 誰が見ても分かるほどの攻撃態勢だ。


「ひぃ……!」


 怯えた様子の少女。

 獣との戦いに慣れているわけではないようだ。


「ガルッ!」


 ピューマはクンクンと匂いを嗅ぐなり逃げていった。

 やはり少女のまとっている線香に似た香りが獣除けのようだ。

 とはいえ、絶対的な効果をもつものではないのだろう。

 少女はホッとした顔で安堵の息を吐いていた。


(思ったよりも距離があるな)


 その後も少女は黙々と歩き続けた。

 一直線に2時間ほど。


 ウチの生徒が誰も来たことのないエリアだ。

 暗くて視界が優れないため、危険度は許容範囲を超えている。

 今すぐにでも引き返すのが正解だ。


 それでも俺は尾行を続けた。

 次の機会があるか分からない以上、ここで逃がすわけにはいかない。

 また、集落があるなら場所を知っておきたかった。


(む?)


 少女の歩く速度が急激に落ちてきた。


 それによって気づく。

 前方に人間の集団がいることに。


 少女と同じく中学生くらいの子供たちだ。

 尾行していた少女を含めて8人。

 男子5人に女子3人だ。


「キイナ、どうだった?」


 男子が言った。


(日本語だと!?)


 思わず声が出そうになった。

 異世界人が日本語を話すのは想定外だ。

 謎の異世界語を使うのだとばかり思っていた。


(もしかしてここは日本なのか!? ……いや、それはない)


 動植物や魔法石など、あらゆるものが異世界だと示している。

 その点は揺らがない。


「やっぱり人がいたよ。しかも私たちと同じ言葉を喋っていた!」


 俺の尾行していた少女が答える。

 キイナというのは彼女の名前だろう。


「俺たちと同じ言葉!? マジかよ!」


「村長に報告したほうがいいんじゃねーの?」と別の男子。


「ダメでしょ。私たちが森に入っていたとバレるわよ」


「そうよ。私たちだけの秘密にしないと」


 キイナの他にいる二人の女子が言った。


「でもヤバい奴等ならどうするんだ? いきなり襲ってくるかも」


 連中がああだこうだと話し合っている。

 キイナは静かにその様子を眺めたあと、タイミングを見計らって提案した。


「じゃあ多数決でどう? 村長に報告するかどうか」


「そうだな、こういう時は多数決だ!」


 リーダー格の男子が賛同。

 他の子らも頷いて多数決を始まった。

 結果は――。


「引き分けじゃん!」


 どちらにも4票が入った。

 女子3人と男子1人が村長に報告する派だ。

 怒られてもいいから報告するべき、という考えである。


「こういう時はリーダーの俺の意見を尊重して報告しない方向で」


「それだったら命懸けで偵察したキイナを尊重して報告するべき」


 森の中で言い合いが始まる。


(おいおい、どっちでもいいから早く進んでくれよ)


 俺は茂みに伏せたまま様子を見守る。

 彼らのセリフから、近くに村があるのは明らかだ。

 その位置さえ分かれば……。


(ん? なんだ?)


 背後からカサカサと音がする。


 振り返るとヘビがいた。

 それもニシキヘビのような大型種だ。

 真っ直ぐ俺に迫ってくる。


(頼む……! 締め付けタイプでいてくれ!)


 ヘビの攻撃スタイルは大きく分けて二つ。

 咬んだで毒を注入するタイプと、胴体で締め付けて仕留めるタイプだ。

 どちらも危険だが、状況的には後者の方が助かる。


(というか、それ以上は近づいてくるな!)


 とりあえず拳より一回り大きい石を掴んでヘビを睨む。

 真っ暗でも夜目が利いているので、輪郭くらいなら分かる。

 キイナの仲間たちが持っているランタンの灯りも役に立っていた。


(ダメだ! コイツは俺と戦う気だ!)


 残念なことにヘビは退かなかった。

 ただ、幸いなことに締め付けタイプだった。

 咬もうとはせず、初手で締め付けようとしてきたのだ。。


(このままだとやられる……。仕方ない、戦うか)


 応戦することにした。

 右手に持っている石をヘビの頭部に叩きつける。


 これによってヘビは機能を停止した。

 死んだのか失神しているだけなのかは分からない。


「「「誰だ!」」」


 案の定、俺の存在がバレてしまった。

 可能な限り静かな攻撃を心がけたが、それでも音を消しきれない。


(黙っていても見つかるだけだな)


 ダメ元で抵抗を試みることにした。

 ヘビを倒すのに使った石を遠くに投げる。

 異世界人から見えないよう、地面すれすれの低い軌道で。


 コツンッ。


 石は遠く離れた木に命中したようだ。

 当たったかどうかは見えないが、音でそう判断した。


「あっちだ!」


「逃がすな!」


 連中は石の命中した方へ走り出す。


(苦し紛れの行動だったが上手くいったな)


 俺は隙を突いてその場から離脱。

 集落まで尾行しようと思ったが、今回は諦めるしかない。

 獣に襲われないことを祈りながら城に向かう。


(この件は早川に話したほうがいいな)


 異世界人が日本語を話せるなら事情が変わってくる。

 コミュニケーションを取ることで有益な情報が得られるはずだ。

 日本に戻る方法だって分かるかもしれない。


 もちろん未知の存在と接触することのリスクは承知している。

 話しかけた途端、いきなり攻撃される可能性だってあるだろう。

 最初はイイ人を装いつつ、隙を見て騙し討ちしてくるかもしれない。


 こういう時は皆のリーダーに丸投げするのが一番だ。

 だって俺はモブキャラなのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る