013 交流
翌朝、早川は緊急集会を開いた。
もちろん議題は俺が見つけた異世界人についてだ。
どう対応するべきか。
話し合いは円滑に進み、数分でまとまった。
『リスクを承知で交流してみたい』
それが総意だ。
相手が日本語を話せる点が大きかった。
ただし、リスクを無視することはできない。
そこで早川は、50人規模の集団で交流を試みることにした。
選ばれたのは、早川を含む運動神経の良い男子49人。
――と、俺だ。
「みんな! 武器は持ったな!?」
城の外で早川が確認する。
俺以外の連中は木の槍を装備していた。
俺は弓矢だ。
「行こう!」
俺と早川を先頭に、50人の集団が森に向かう。
「みんなー! 気をつけてねー!」
璃子がピョンピョン跳ねながら手を振る。
その可愛さと上下に弾む胸に誰もが頬を緩めた。
◇
異世界人の集落がどこにあるのか。
正確の場所は分からないが、その点は問題にならなかった。
「こっちだな」
俺は止まることなく一定の歩調で進んでいく。
「伊吹ー、どうして分かるんだー?」
尋ねてきたのは「トミー」こと富岡だ。
野球部のお調子者であり、イノシシを仕留めた勇敢な戦士。
「足跡さ」
地面には俺とキイナの足跡がくっきり残っていた。
昨日の今日なので、軽く一瞥するだけでも見落とすことはない。
「足跡なんか俺には分からねーけど!」
「俺も分からん! 伊吹ってすごいんだなぁ!」
「イノシシの捌き方とかも知ってるし、実はすげー奴だよな」
運動部の男子たちが俺の話をしている。
隣を歩く早川は、俺と同じく周囲を警戒していた。
「ここで異世界人の子供たちが話し合っていたんだ」
俺の足跡が消え、他の足跡が一気に増えた。
「俺にも分かるぜ! この足跡!」
「これとかも足跡だよな!?」
富岡たちが騒いでいる。
彼らですら分かるほど足跡が鮮明になっていたのだ。
「足跡の通りだと……あっちだ!」
富岡が右を指した。
多くの男子が「だな」と頷いている。
「いや、正解は真っ直ぐだ」
俺は足跡を凝視しながら言った。
「どうしてだ? どう見ても足跡はあっちに延びているぜ!?」
富岡が右を指す。
「偽装だよ、その足跡」
「偽装?」
「たぶん俺の存在に気づいたから、足跡を追跡されないよう対策してきたんだろう」
小賢しいことをするものだ、と笑う。
「マジかよ! でも、どうして真っ直ぐだって分かるんだ? 左かもしれないじゃん!」
富岡が言うと、早川が「たしかに」と納得した。
おそらく早川には、左に延びる足跡が見えているのだろう。
「左に向かっている足跡は、俺が投げた石を探す際についたものだ」
「右でも左でもないから真っ直ぐってことか! 伊吹、お前って探偵なみに頭がキレるな!」
自分の発言に「がはは」と笑う富岡。
「言い分は分かるけど、前に向かって延びる足跡が俺には見えないな」
早川は「どれが足跡なんだ?」と尋ねてきた。
やはりこの男は優秀だな、と改めて思う。
「左右と違い、前方には足跡がないよ」
「「「え?」」」
「意図的に消しているんだ」
俺は「こんな感じで」と、右足を車のワイパーのように動かした。
「そんなことまで分かるのか!?」
驚く早川。
「そりゃ前方向の足跡だけ消されていたら丸分かりだよ。野球で喩えるなら、一部分だけトンボがけをしたような状態だ」
富岡たちが「おー」と納得している。
「ということで、俺は前に進むのが正解だと思う」
この発言に異論は出ず、俺たちは真っ直ぐ進み続けた。
◇
俺の考えは当たっていた。
20分ほど歩いたところで集落が見えてきたのだ。
茂みに伏せて作戦会議を行うことにした。
「思ったより規模が大きいな」
誰かが言った。
それに俺を含めて全員が頷く。
集落は数百人規模で、村というよりも町だった。
複数の大きな風車があって、老若男女の姿が見える。
畑を耕したり、井戸端会議に耽ったり、見える範囲ではのどかだ。
「危ない人らには見えないし、まずは数人で接触しよう」
早川が言った。
「武器はどうするんだ?」と富岡。
「持たないほうがいい。警戒させてしまう」
早川の意見に皆が賛成する。
「俺と他に誰か4人ほど一緒に来てくれ」
早川が言った。
「なら俺が――」
と、挙手するのだが。
「いや、伊吹はここで待機してくれ」
早川に却下された。
戦闘になりそうなら威嚇射撃をしてほしい、とのこと。
俺は了承し、代わりにサッカー部の男子たちが選ばれた。
「伊吹、何かあったら皆のことを頼む」
覚悟の決まった顔で言うと、早川は茂みから飛び出す。
そして、その数十秒後には異世界人に包囲されていた。
◇
早川たちは立ち話をしたあと、一軒の家に案内された。
家の中に入られると、俺たちからは様子が分からない。
「本当に大丈夫なのか?」
「もう30分は経っているよな」
茂みに伏せて待ち続けているが、早川たちは出てこない。
「なぁ伊吹、突撃したほうがいいんじゃないか?」
富岡がピリピリした雰囲気で尋ねてくる。
「いや、今のところは様子見でいいと思う」
「どうしてそう言い切れるんだ?」
「中の様子が気になるのは
多くの異世界人が入れ替わりで中の様子と覗いている。
大半が子供たちだが、中には大人の姿もあった。
子供たちは好奇心に満ちているが、大人たちは不安そうだ。
その様子から、平和的に話が進んでいるのだろう、と推測した。
「お?」
俺の予想は当たっていた。
しばらくすると早川たちが出てきたのだ。
傷を負った様子もないし、表情も柔からい。
早川たちに続いて老人も出てきた。
おそらく集落のリーダーを努める村長だろう。
「こっちに来るぞ」
早川は真っ直ぐ俺たちのほうに向かっていた。
村長らしき老人を始め、他の異世界人がぞろぞろと続いている。
そして――。
「みんな、大丈夫だ! 出てきてくれ!」
早川がこちらに向かって手を振った。
「どうやら話がまとまったようだな」
俺たちはホッと胸を撫で下ろして茂みから出る。
「これはまたずいぶんと隠れていたものじゃ」
ふぉっふぉっふぉ、と笑う老人。
「すみません、村長」
早川が笑いながら頭をペコリ。
「気にしなくてよい。警戒するのは当然じゃからのう」
そう言うと、村長は一歩前に出て、俺たちに向かって微笑んだ。
「ようこそ、異世界へ」
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