014 第1章最終話:引っ越し

 武器を置いて村に入り、早川から説明を受けた。


 分かってはいたが、ここは地球とは異なるそうだ。

 この世界の人間からすれば、俺たちが異世界人になる。


 俺たちのような“異世界人”は、数百年に一度現れるそうだ。

 正確な理由は不明だが、初期地点の城が関係しているのは確からしい。


 あの城は遥か昔、数少ない人間の生き残りが住んでいたという。

 当時のこの世界は魔人族が支配していて、人間は滅亡の危機に瀕していた。

 その頃に発動した強大な魔法の影響ではないか、というのが村長の考えだ。

 魔人族が何かは分からないが、きっと悪魔みたいなものだろう。


 魔法の影響と思しき現象は、俺たちの転移だけではない。

 例えば城の周囲にある森の果物は、収穫した翌日には復活している。

 手入れされたかのような森や、妙に塩分濃度の高い土もそうだ。

 故に、この世界では、城や周辺の森への立ち入りは禁止されていた。


「村長さんが言うには、日本に戻る方法を知りたいのであれば、王都に行くのが一番いいそうだ」


 ここは王都から最も遠い場所に位置する辺鄙へんぴな村。

 そのため、村長は大した知識を持ち合わせていなかった。


 だからといって「さっそく王都に行こうぜ」とはならない。

 王都へ行くのに必要なものを持っていないからだ。


 お金である。


 この世界の移動手段は徒歩か馬の二択だ。

 王都までは距離があるため、徒歩で行くのは難しい。

 すると、馬を使うことになる。


 つまり馬車を雇う必要があるわけだ。

 もちろん馬車に乗るなら運賃を払わねばならない。


 馬術が達者なら自分で馬を操縦する手もある。

 ――が、それならそれで、馬屋で馬を買わねばならない。


「お金を稼ぐには、日本と同じで働く必要がある。だけど、この村は基本的に物々交換で成り立っているから、俺たちを雇う余裕がないそうだ」


 働くには最寄りの町へ行く必要がある。

 その町までは徒歩で行けるようだが、問題は町での生活だ。

 町に着いたその瞬間から仕事に就けるとは限らない。

 常識的に考えたら難しいだろう。


 となると、何日かは町で過ごす必要がある。

 村長曰く、最低でも数日分の食費と宿代が必要とのこと。


「つーか、働くには履歴書がいるじゃん! 履歴書に『住所不定』なんて書いたら採用されるわけねぇ!」


 富岡が吠えた。

 俺を含め、多くの者が「たしかに」と頷いている。

 周囲の村人たちは「履歴書……?」と首を傾げていた。


「その点は大丈夫だよ」


 早川が説明する。

 彼も同じ点が気になって村長に尋ねたらしい。


 曰く、この世界では定住者が少ないそうだ。

 大都市になればなるほど、大半が宿屋を転々としている。

 そのため、住所不定が問題視されることはない。


 そもそも、この世界に履歴書は存在していなかった。


「俺は王都に行って日本に帰還する方法を知りたいと思っている。その点はきっと皆も賛成だろう」


 早川の言葉に、俺たちは頷いた。


「すると、問題は最初の生活費をどうやって稼ぐかだ。この点を村長さんと相談していたんだが、一週間後に来る行商人との取引がいいんじゃないかという結論に至った」


 早川によると、行商人には定期的にやってくるそうだ。

 村人は農作物や織物を売り、それによって金銭を得ているという。


「俺たちの場合は森の果物や湖の魚を売るってことか?」


 尋ねたのは俺だ。

 早川は「そうだが……」と言葉を濁し、チラリと村長を見た。


「そのままだと買い取ってもらえんだろうな。何たって森は法律によって立ち入りが禁止されている。そこで得た魚や果物だと分かれば罪に問われる」


「なら俺たちに売れる物はないのかな?」


「通常であればそうだが、この村に来る商人は顔馴染みじゃから、保存食に加工すりゃどうにかなるじゃろう」


「干物やドライフルーツにすればいいわけか」


「そうじゃ。あと、肉に関してはそのままで問題ないぞ。『森に生息している害獣が村にやってきたから駆除した』ということで説明がつく」


「なるほど」


 俺が納得したところで、早川が話をまとめた。


「そんなわけだから、これから一週間かけて干物やドライフルーツを量産しようと思う。皆でお金を稼いで町に繰り出そう!」


 異世界人が友好的だったこともあり、話が良い方向に進んだ。


 ◇


 他の皆にも知らせるため、俺たちは城に戻った。

 昼食前に集会を開き、そこで早川が事情を説明する。


「異世界での生活ってどんなんだろう」


「不安だけど、それ以上にワクワクするねー」


「俺、夏休みと冬休みはバイトしまくってるから働くとか余裕だぜ!」


 皆の反応は上々だった。

 誰からも反対意見は出ず、行商人に物を売る方針で決定。


「じゃあ役割を分担して作業しよう。まずは売り物を運ぶための荷車を造る人から――」


 早川がテンポよく話を進めていく。

 その最中に、サッカー部の男子が手を挙げた。

 早川と一緒に村長宅で話を聞いていた者だ。


「早川、空き家のことを忘れていないか」


 その言葉で、早川が「そうだった!」と思い出す。

 俺は何のことが分からず首を傾げた。


「実は村長さんの厚意で、村にある空き家を使わせてもらえることになったんだ。一軒しかないけど、そこで過ごす人は村の人たちと作業ができる。誰もいないなら別に結構だけど、誰か村で作業をしたいって人はいるかな?」


「その空き家って何人くらい入るの? 20人くらいいける?」


 誰かが質問すると、早川は「いや」と苦笑い。


「たぶん5人が限界じゃないかな。それ以上になると横になって眠れないと思う」


「5人かー……」


 皆から落胆の声が上がる。

 異世界人の村に数人で住み込むのは不安みたいだ。


「誰も使わないなら俺が利用してもいいかな?」


 ということで、俺は立候補することにした。

 無人島での生活に比べたら、異世界の村は怖くもなんともない。

 悪い人たちにも見えなかったしな。


「伊吹か……」


 早川の眉間に皺が寄る。


「ダメだったか?」


「ダメではないが、伊吹の知識は重要だからな。まだ色々と教われることがあるように思ったんだが……」


「なら遠慮し――」


「いや、大丈夫だ! 行ってきてくれ、伊吹!」


 早川は俺の言葉を遮った。


「いいのか?」


「ああ! 頼ってばかりじゃよくないしな! それに、せっかく立候補してくれたんだ! その気持ちを尊重したい!」


 さすがは皆のリーダーだ。

 イイ人オーラが滲み出ている。


「そういうことなら、俺が空き家を使わせてもらうよ。昼ご飯を食べたら村に行ってくる」


「分かった!」


 ◇


 昼食が終わると、俺は準備を整えた。

 自作の背負い籠に色々と詰めて、石斧と弓矢を装備する。

 早川に頼んで包丁も分けてもらった。


「よし、忘れ物はないな?」


 森の手前で最終確認をしながら呟く。

 城から早川を含む多くの生徒が見守っていた。


 独り言だったわけだが――。


「準備万端! 異世界の村に出発だー!」


 何故か答えが返ってくる。


 紗良だ。

 すまし顔で俺の右隣に立っている。


「楽しみだねー! 拓真君!」


 反対側には璃子の姿も。


「わ、私もいますよ! 先輩!」


 背後には真帆もいる。


「お前たち、どうして……」


「え? 拓真、もしかして私らを置いていくつもりだったの?」


「そんなわけないよねー? だって私たち友達なんだから!」


 紗良と璃子が両サイドから腕に抱きついてくる。


「ハ、ハハハ、そそ、そんなわけないじゃないか!」


「置いてけぼりにされたら、私たち、先輩のこと恨みますからね!」


 真帆が前に回り込む。


「俺はいいけど……三人はかまわないのか? 異世界人の村が平和とは限らないぜ?」


 村長をはじめ、村人たちは誰もが友好的だった。

 子供は少し生意気なところもあったが。


 だからといって、今の時点では安心することができない。

 なにせ相手は異世界人――得体の知れない存在だ。

 同様の印象を向こうも抱いているに違いない。


 だから、俺はあえて紗良たちに声を掛けなかった。

 何かあった時に責任を取れないから。


「不安はあるけど、拓真がいれば何とかなるっしょ!」と紗良。


「そーそー! いざとなったら拓真君が守ってくれるもん!」


「わ、私は、伊吹先輩と一緒なら何でもいいです!」


 俺は感動のあまり「おお……」としか言えなかった。

 なんと嬉しいことを言ってくれるのだろう。


「おーい、伊吹、イチャイチャしていないで早くいけー!」


「羨ましいんだ! 見せつけるんじゃねー!」


 城のほうから男性陣の野次が飛ぶ。


「長居すると石を投げつけられそうだし行くとしよう!」


「「「おー!」」」


 俺たちは城を発ち、異世界の村に引っ越すのだった。

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異世界生活を【サバイバル技術】で支える、モブキャラの俺 ~無人島で身に着けた力を活かして楽しくスローライフ~ 絢乃 @ayanovel

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