005 大型生物と堀田恵
「「「トミィイイイイイイイイ!」」」
「「「いやあああああああああ!」」」
生徒たちの悲鳴が響く中、富岡は――。
「死ぬかと思ったぜ……」
――無事に逃げ切った。
いや、正しくはギリギリの所で相手が諦めたのだ。
浅瀬に乗り上げるのを警戒していた。
8メートル級の巨体がこちらに味方したわけだ。
一般的なサイズのホホジロザメならもう少し突っ込んできていた。
その場合、富岡は喰われていたに違いない。
「危なかったな、トミー!」
「サメから逃げるとは大したもんだぜお前!」
「これが俺、富岡様だ!」
反省する様子もなく「がはは」と笑う富岡。
「まぁサメじゃなかったんだけどな」
俺はボソッと呟いた。
これに璃子が「えっ」と反応する。
「サメじゃなかったの?」
「どう見てもマグロだったでしょ!」
ツッコミを入れたのは紗良だ。
「「「え、マグロ!?」」」
紗良の声が聞こえて、多くの生徒がこちらを見た。
「わ、私にはそう見えたけど……だよね!?」
皆の反応に驚いた紗良は、助けを求めるように俺を見る。
「紗良の言う通りアレはマグロだった」
富岡が逃げている時、皆は彼と相手の距離を気にしていた。
だが、俺は相手の姿に目を凝らしていた。
背ビレの形状がどう見てもマグロだったからだ。
マグロには背ビレが二つあり、種類によって形に個性がある。
「もっと言えばさっきのはクロマグロで――」
俺が話していると。
「伊吹の奴、佐々木のことを『紗良』って呼んだぞ」
「俺、前にさりげなく佐々木のこと下の名前で呼んだらブチギレられたよ」
「そういえば佐々木と南條って、伊吹のことを下の名前で呼んでいるよな」
「伊吹って学校だとぼっちだったのに、実は二人と仲が良かったのか!?」
「ありえねー! そんなの理不尽すぎるぜ神様!」
皆の関心は俺と紗良たちとの関係性にあった。
富岡を襲った大型生物の正体はどうでもいいようだ。
「とにかくさっきのはクロマグロ! それも通常のクロマグロとは比較にならないウルトラビッグサイズの! 以上!」
大半が聞いていない中で話を切り上げる。
「拓真君、拓真君」
璃子が服の裾を引っ張ってきた。
振り向くと、彼女は嬉しそうにニヤニヤ笑っていた。
何か良からぬことを企んでいそうな顔だ。
「さっきのお魚、マグロなんだよね? それもクロマグロ! つまり本マグロ!」
「ああ、そうだよ。クロマグロ、通称『本マグロ』で間違いない」
クロマグロの特徴は青黒い背部と銀色の側部だ。
よく似たメバチマグロとはヒレの形で判別できる。
「私、本マグロの中トロが大好きなの!」
嫌な予感がしてきた。
「なんで中トロなの!? 普通大トロでしょ!」と紗良。
「大トロは胃が『おえー!』ってなるじゃん! 中トロがいいの!」
「まぁ好きなネタは人それぞれだとして、それがどうかしたのかな?」
何食わぬ顔で尋ねる。
「食べたい! 拓真君、さっきの本マグロ、私たちで捕ろうよ!」
嫌な予感は的中した。
そして、俺の答えは決まっている。
「無理だ」
「拓真君のサバイバル技術でも……?」
唇を尖らせて残念そうにする璃子。
そんな顔をされたら、どうにかして願いを叶えてあげたくなる。
――が、現実問題として、どうやっても不可能なのだ。
「湖を泳いでいたら向こうからやってくるし、拓真がその気になったらワンチャンあるんじゃない?」
紗良が言う。
「問題はそこじゃないんだ」
「「えっ」」
「どうにかしてさっきの“クロマグロみたいな何か”を倒したとしよう」
「ちょっと待って、さっきのもアユと同じで“よく似た何か”なの?」
紗良の言葉に、「そりゃあな」と頷いた。
「だって頭に小さなツノが生えていたんだぜ?」
「マジ!? 気づかなかった!」
「だから似て非なるものだけど、アユと同じく便宜的に『クロマグロ』ないし『本マグロ』と呼ぶことにして話を進めるよ」
俺は「いいかな?」と紗良に確認。
「うん! ごめん、続きをお願い!」
「問題はあの巨体を陸に揚げることにあるんだ」
「そんなに重いの?」と璃子。
「ニュースになるレベルの巨大なクロマグロで体長3メートル弱。その際の体重は約450キロだ。対してさっきのクロマグロは約8メートルの巨体だった。すると重さは――」
「1トンを超えちゃう!」
「下手すりゃ10トンを超えるよ」
「そんなに!?」
「数学で習ったと思うが、体長が2倍になれば体重は8倍になるから」
「そっか! そうだった!」
「だから無理なんだ。ごめんな」
「ううん! 丁寧に教えてくれてありがとー、拓真君!」
璃子はニコッと微笑んだ。
「こ、このくらい、大した話じゃないよ」
俺は「へへへ」と後頭部を掻く。
何故か多くの男子が恨めしげに睨んできた。
「伊吹、そろそろ筌を回収しても大丈夫か?」
早川が近づいてきた。
話が落ち着くまで待っていたようだ。
「大丈夫だよ」
ということで、当初の目的である筌を引き揚げる。
すると――。
「すげー大漁だ!」
「私の筌にもたくさん入ってる!」
「我が輩も絶好調でござる!」
どの筌にもアユがヒットしていた。
それも10匹以上。
「あとは厨房で調理するだけだが……それは別に教えなくても大丈夫かな?」
「大丈夫だ! 助かったよ伊吹! ありがとう! 皆、城に戻ろう!」
早川が指示を出し、皆が湖から離れていく。
「湖を泳いだせいで腹が減ったからなー! たくさん食うぞー!」
「トミー、お前はいつもガッツリ食いまくりじゃねぇか!」
「わっはっは!」
富岡も上機嫌だ。
一歩違えば死んでいたとは思えぬ様子。
さすがは野球部のお調子者。陽キャだ。脳の構造が違う。
「私らはどうする? いよいよ森に行っちゃう!?」
紗良が尋ねてきた。
「そうしたいけど、その前にしておきたいことがある」
「分かった! 武器作りだ!」
「それもなんだけど、それよりも大事なことだ」
「武器よりも大事!?」
紗良と璃子は「うーん」と考え込む。
そこへ――。
「璃子、ウチらと一緒にアユを食べに行こうよ」
――三年の女子・
黒のミディアムヘアで、顔のそばかすが特徴的だ。
恵の後ろには下級生を含む約20人の女子がいる。
「えっと……」
こちらに振り返る璃子。
分かりやすく申し訳なさそうな顔をしていた。
「私らのことは気にしないで行っておいで!」
紗良は明るい笑みを浮かべ、璃子の背中を叩く。
「気にしないで大丈夫だよ。あと俺の筌をプレゼントしよう」
一応、俺も言っておく。
紗良が「私のもあげる!」と璃子に筌を渡した。
「ありがとう! ごめんね二人とも! あとで埋め合わせするから!」
璃子は俺たちにペコペコしてから、恵たちと一緒に城へ向かう。
「堀田さんってたしか女子テニス部だよな?」
俺はさらに尋ねた。
恵のことは一年の時に同じクラスだったので知っている。
「そそ。キャプテンだよ。ウチのテニス部って結束が強いっていうか、ああいう感じで固まって行動することが多くてさ」
「すると璃子はテニス部なのか」
「うん」
「運動をするタイプには見えないけどなぁ」
と、璃子の後ろ姿を眺める。
何もないところで躓いてこけそうになっていた。
「運動神経は鈍いからね」
笑いながら言うと、紗良は怖い顔で恵の背中を睨んだ。
「紗良は堀田さんのことが嫌いなのか?」
「私は嫌いじゃないけど、向こうが何故か嫌ってるんだよね。最初は仲がよかったんだけど、なんか去年の夏休み明けから急に態度が悪くなってさ。私と璃子が一緒にいたら、さっきみたいに何かと理由をつけて引き離そうとしてくるの」
理由を訊いても教えてくれないそうだ。
「女の人間関係は大変なんだな」
「男は男で大変っしょ?」
「今日まで友達がいなかったから楽だったよ」
「悲しすぎるでしょ!」
紗良は「あはは」と声を上げて笑う。
「そんなわけで私と二人きりになっちゃったけど、さっき言っていた武器作りよりも大事なことはまだする予定?」
「もちろん。最重要課題だからな」
「なら付き合う! 璃子の分までガンガン働くよ私!」
「なら大工道具を持ってくれ」
「イエッサー!」
俺たちは湖をあとにした。
その足で向かうのは城――ではなく、その前方に並ぶ家々のほうだ。
砂利道を黙々と進み、ある場所にやってきた。
「これをメンテナンスしようと思ってな」
俺は目の前にあるものを見ながら言う。
それの名を紗良が叫んだ。
「井戸じゃん!」
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