006 井戸の復旧

 井戸の老朽化は、付近の建物よりも酷かった。

 壁はボロボロになっていて、底には泥や瓦礫が溜まっている。

 水を汲むための桶やロープは腐食していた。

 中の水はそのままだと飲めないだろう。


「拓真、この井戸を直すの?」


「そうだよ」


「なんでそんなことをするの?」


「そりゃ水を飲めるようにしたいからさ」


「水なら好きなだけ飲めるじゃん! 城でも、そこらの家でも!」


「まさにそれが問題なんだ」


 紗良は「え?」と驚いた。


「どういうこと?」


「蛇口の水からコンロの炎、果てには照明まで、ここのインフラは〈魔法石〉を動力源にしているだろ?」


「うん」


 〈魔法石〉とは、俺たちが考えた名称だ。

 見た目は綺麗な球体の石で、専用の窪みにセットして使う。

 感覚としては電池に似ていた。


 電池と明確に違う点は電気以外にも生み出すこと。

 コンロに装着すれば火を、蛇口に装着すれば水を生む。

 今までの常識にはなかった存在だ。


「紗良は〈魔法石〉がどういう仕組みで水や火を生み出すか分かる?」


「まさか」と紗良は笑いながら首を振った。


「俺にもさっぱり分からない。だから依存したくないんだ」


 〈魔法石〉がいきなり機能を停止しても不思議なことではない。

 そして仮にそうなった場合、俺たちはインフラを全て失うことになる。


「だから井戸を復旧させて水を確保するわけだね!」


「そういうこと」


 幸いにも今はインフラに困っていない。

 だからこそ、今の内に環境を整えておきたい。

 ――と、俺は考えていた。


「じゃあ井戸の復旧をしよう! 私は何をすればいい?」


「まずは井戸内部の清掃だ。井戸に入って底に溜まった泥や瓦礫をバケツに入れる係か、もしくはそれを引き上げて井戸の外に捨てる係をしてもらいたい」


「引き上げる係で! 中に入るとか絶対に無理! 怖い!」


「なら俺が中だな」


 ここで必要になるのが桶とロープだ。

 どちらも新しく作ることにした。


 作り方は簡単だ。

 桶は筌の製作で余った木の板に金属のたがを嵌めて作った。

 箍は元々あった桶を分解して得たものだ。

 ロープはこれまでと同じ方法で済ませた。


 また、別途で命綱となる頑丈なロープも製作。

 片端を俺の胴体に結び、もう一方を近くにある家の柱に固定した。


「気をつけてねー!」


「おう!」


 井戸に入ると、慎重に高度を下げていく。

 壁が脆いだけでなくヌルヌルしていて危険だ。


「お、ぴったりだな」


 井戸の底に足がついたところで命綱の長さが限界に達した。

 大雑把な目測ではあるが、事前に測定しておいたのが功を奏した。


「紗良、桶をくれー」


「ほーい」


 紗良が「いくよー」と桶を投下。

 キャッチして底に溜まっている泥をすくった。


「いいぞー、引き上げてくれ」


「ラジャー! んー、重い!」


 この作業を何度も繰り返す。

 数十分かけて井戸の底から異物を除去した。


 作業が済んだら井戸から出る。

 次は井戸の壁の掃除だ。


「ここの井戸は石を積んで作ったものだ。昔はそれでよかったかもしれないが、今では経年劣化が著しく、石と石の隙間に汚れの元になるアレコレが蓄積されている」


「ならそれを洗い流さないとダメだね!」


「大正解!」


「いえーい!」


 ということで、井戸の水を汲んでは壁にぶっかけていく。

 かなり雑な方法ではあるが、数をこなすことでカバーした。


「これで壁の汚れは殆ど落ちただろう」


「でも落ちた先って井戸の水なんじゃないの?」


「その通り」


「じゃあ、今の井戸水は……」


「めちゃくちゃ汚い」


「ダメじゃん!」


 吠える紗良。


「問題ないさ」


「そうなの!?」


「どうせ今から水を浄化するからな」


「なるほど! で、その浄化方法は!?」


「何度も汲んで外に捨てる!」


「また汲むの!? もう腕が悲鳴を上げているんだけど!」


「井戸の修復は大変なのさ……」


 俺たちはヒィヒィ言いながらも作業を続けた。

 その結果――。


「よし、ひとまず作業終了だ!」


 井戸の復旧が終わった。

 ロープと桶は新しくなり、水質も飲めるレベルに改善。

 数時間も費やしただけあって最初とは大違いだ。


「ひとまずってことは、完全には終わっていないの?」


「まだ壁の補修が残っている。中に入った時の感触から、だいぶ脆く感じたものでな」


「えー! そこはもうパスでいいんじゃない!?」


「同感だ。脆いとはいえ今すぐに壊れそうな程ではなかった。〈魔法石〉に頼らないで飲み水を確保できるようになったし十分だろう」


「よかったー。私もうヘトヘトだもん! 明日は絶対に筋肉痛だねこれ!」


「ははは、お疲れ様!」


 俺たちは汗だくになりながらタッチした。


 ◇


 夜、皆で今後について話し合った。

 といっても、俺のようなモブキャラは聞いているだけだ。

 早川が指揮を執り、声の大きな者たちが意見する。


 結果は現状維持に落ち着いた。

 救助が来ることを期待しつつ、のらりくらり過ごすということ。


 話し合いは平和に行われた。

 紗良や璃子もそうだが、他の生徒にしたって冷静に振る舞っている。

 映画やドラマであれば、パニックの一つや二つは起きているだろう。


 どうして皆が平静を保っていられるのか。

 俺は当事者なので、その理由がよく分かった。


 喚くことすらできないほど混乱しているからだ。

 気がついたら謎の場所に転移していたのだから当然である。

 しかも何故か制服姿だし、持ち物は何もないときた。


 人間とは不思議なもので、限界を超えるとかえって冷静になる。

 喉元過ぎればなんとやら……とは少し違うが、まぁそんな感じだ。


 ◇


 話し合いのあと、どの部屋で休むかを決めた。

 立候補制で、希望者が複数の場合はじゃんけんで決める。

 上級生だからといって優遇されることはない。


 雑な決め方だったがトラブルは起きなかった。

 部屋の数が多いうえに、部屋ごとの差が全くないからだ。


 俺は目覚めた時にいた部屋をゲット。

 部屋番号で言うと「4-003」だ。

 おそらく「4階の003号室」という意味なのだろう。


 お隣の002号室には璃子が入った。

 俺の近くだと有事の際に安心できるからだそうだ。


 紗良は同じ階ながら距離のある109号室を選択。

 本人曰く「私は角部屋じゃないとダメな女なの!」とのこと。


 各部屋にはバスルームが備わっている。

 城内には大浴場もあるが、俺は自室の風呂で済ませた。


「あー! 疲れたぜぇ!」


 俺は全裸でベッドにダイブした。

 服を着ていないのは着替えがないからだ。


 ジャケットとズボン以外はバルコニーに干している。

 さすがに洗濯機はないため、浴室で適当に洗っておいた。


「たしかに異世界だよなぁ、ここは」


 先ほどの集会で誰かが言っていた。

 俺たちは異世界に転移してしまったのだと。


 そのことを疑う者は殆どいなかった。

 日本にない〈魔法石〉などが説得力を高めていた。


「だからといってやることは無人島での生活と変わらない」


 サバイバル技術を駆使して生き抜くだけだ。


「ということで、明日は何をしようか」


 天井に向かって呟きながら考える。

 そんな時、扉がノックされた。


「拓真君、いる?」


 璃子の声だ。


「いるけど、ちょっと待ってくれ!」


 俺は慌てて服を着ることにした。

 ――が、洗ったばかりなので下着やシャツはビショビショだ。

 仕方ないので裸の状態でジャケットを羽織り、ズボンを穿いた。

 陰毛がファスナーに絡まって痛いが我慢する。


「ちょっと変態的な姿に見えると思うが許してくれよ! ブレザーとズボン以外は洗濯しちまったんだ!」


 そう言って扉を開ける俺。


「こんばんは! 拓真君!」


 璃子は目が合うなりニコッと微笑んだ。


「お、おう、こんばんは……!」


 可愛すぎて息が詰まる。


「たしかにちょっと変態的な格好だね」


 クスクスと笑う璃子。


「すまんな……。それで、どうしたんだ?」


 この問いに対し、璃子は周囲に人がいないのを確認してから答えた。


「とりあえず中に入ってもいいかな?」


「かまわないけど……」


「やった! お邪魔しまーす!」


 璃子が部屋に入り、バタンと扉が閉まる。


「それで用事ってのは?」


 女と部屋で二人きりなんて初めてだから緊張する。

 しかも相手が学校屈指の美少女とくれば尚更だ。

 そんなビクビクする俺に対し、璃子は言った。


「拓真君、裸になってベッドに寝転んでもらえる?」


「えっ」


 頭の中が真っ白になった。

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