010 カヤツリグサ

 異世界だから断言はできないが、動物が火を操るとは考えにくい。

 かといって、生徒の誰かがランタンを持って森に行くとも思えない。


 ピューマの存在が確認された直後なのだから。

 そもそもランタンが使えることを知らないはずだ。


 なにより森に行く理由がなかった。

 こっそり羽目を外したいなら適当な民家を利用すればいい。

 現に近くの民家からは女子の喘ぎ声が漏れていた。


 これらの情報から導き出される答えは一つ。


(あの灯りは異世界人によるものだな)


 別に驚くことはない。

 ここが無人島ならともかく、城があって家もある。

 むしろ人がいないことに違和感があったくらいだ。


「お?」


 アレコレ考えている間に灯火が消えた。


「伊吹先輩、何をしているのですか?」


 城のほうから真帆がやってきた。


「実は……」


 と言ったところで止める。


(異世界人の件は黙っておこう)


 早川のカリスマ性もあって平和だが、今は予断を許さない状況だ。

 そんな時に余計な情報を与えて期待や混乱をさせることは避けたい。


「実は?」


 首を傾げる真帆。


「盗み聞きしていたんだ」


 俺は親指で背後の建物を指す。

 女子の喘ぎ声や激しい物音が聞こえてきている。


「こ、この声は……!」


 真帆はハッとした。

 その顔が見る見るうちに赤く染まっていく。


「ダ、ダメですよ先輩! 私、先に戻っていますから!」


 逃げるように去っていく真帆。

 どうにか上手く誤魔化せたようだ。


 ただ、盗み聞きに耽る変態野郎と思われてしまった。


 ◇


 次の日。

 朝食が終わり、皆が好き好きに行動を開始。

 そんな中、俺は城を出てすぐのところにいた。


「で、拓真、この可愛い子は誰よ? 私らに紹介してくんない?」


「一日で新しい子と仲良くなるなんて、拓真君って実は女たらし!?」


 紗良と真帆がニヤニヤしながら尋ねてくる。

 二人の間には、恥ずかしそうに俯く真帆の姿があった。


「彼女は一年の真帆。苗字は……なんだっけ?」


「牧野です……」


「苗字を忘れるってことは、もう名前で呼んでる感じ?」


 紗良が「隅に置けないねぇ」と肘で小突いてくる。


「嫉妬しちゃうなー、私!」と璃子も笑っていた。


 しばらくの間、俺たちはその場で話した。

 主に昨日どう過ごしていたかについての報告だ。


 紗良と璃子は湖でアユを捕っていたらしい。

 別々のグループで活動していたが、やっていることは同じだ。

 ただし、二人が会話をすることは全くなかったとのこと。


 紗良とテニス部の恵の仲が悪いからだ。

 また、紗良が一緒に過ごしていた綾菜と璃子の関係も微妙らしい。

 女の人間関係は複雑怪奇だと改めて思った。


「で、これから何をするよ! 今日は私と璃子も一緒だからね!」


 璃子が「チーム拓真だね!」と声を弾ませる。


「それなんだが――」


 俺は腕を組んだ。


「――実は何も考えていない」


「なんじゃそりゃー!」


 三人はお笑い芸人のようにずっこけた。


「そこで案を求めたいんだけど、何かしたいこととかある?」


 俺が尋ねると、真帆が恐る恐る手を挙げた。

 紗良と璃子が「おお!?」と前のめりになる。


「あ、あの、昨日、先輩が言っていた塩の……」


「ああ、海に頼らない塩の精製か」


「そうです! それ、可能ならやってみたいです!」


 この提案に、紗良と璃子もポジティブな反応を示した。


「海水を使わずに塩を作れるの!? 面白そうじゃん!」と紗良。


「私も興味あるー!」


 ということで、今日は塩を精製することにした。

 上手くいけば料理のレベルが上がるので楽しみだ。


 ◇


 紗良と璃子の背負い籠を作ると、四人で森に入った。

 それほど奥には行かず、手前のほうで大量の雑草を集める。


 雑草と言っても、草であれば何でもいいわけではない。

 剥き出しの土に生えているカヤツリグサと思しき植物にこだわった。

 塩分耐性が高く、土壌の塩分を多く含んでいるからだ。


 この雑草、見た目はイネに近い。

 また、アユやクロマグロ同様、厳密には地球では見ない種だ。

 便宜的に「カヤツリグサ」と呼んでいる。


 葉と茎を大量に収穫したら、持ち帰って厨房に向かった。


「それではカヤツリグサから塩の抽出を行う!」


 厨房で声高に宣言する。

 昨日なら多くの女子から拍手喝采を浴びただろう。

 しかし、今日は静かだった。

 時間帯の影響か、厨房には俺たちしかいなかったのだ。


「マジで植物から塩を抽出できんの!?」


 紗良は目をぎょっとさせて驚いている。

 それは璃子や真帆も同様だった。


「時間は掛かるけど方法は簡単だよ」


 まずは綺麗に洗い、それから――。


「コイツを使う」


 ――と、俺は燻製室を指した。

 業務用の大きなもので、高さは約2メートル。

 扉を開けると、中には鉄製のラックが何段もあった。

 ラックが綺麗なのは誰かが掃除したからだろう。


「草を燻製にするの!?」と璃子。


「乾燥させるのに使うんだ」


 俺はカヤツリグサを燻製室のラックに広げた。

 全てのラックを草でいっぱいにしたら、扉を閉めて燻製を開始。


 燻製室の使い方はコンロと全く同じだ。

 つまみをスライドさせることによって火力を調整できる。

 何度か中を確認して、焦げないように意識した。


「ちなみにいぶさなくてもコンロの炎で炙って乾燥させてもいいよ」


 燻製室を使ったのは、そのほうが楽だからだ。


「そろそろかな?」


 しばらく待機したあと、俺は燻製室からカヤツリグサを取り出した。

 見事に乾燥して萎れている。完璧だ。


「わざわざ乾燥させたってことは、燃やさないことが大事なんですね」


 真帆の言葉に、「それもそうだが……」と、俺は笑う。


「次はこの乾燥させた葉や茎を燃やす!」


「「「えええええええええええええ!」」」


 当然ながら三人は驚いた。


「一時間以上かけて乾燥させたのに何で燃やすの!?」


 女性陣を代表して紗良が尋ねてきた。


「事前に水分を抜いたことで塩味を濃縮したんだ」


「ほっへぇ!」


 ということで、乾燥させたカヤツリグサを漏れなく灰にする。


「ここから拓真のマジックで灰を塩に変えるわけだ!」と紗良。


「極限まで水分を抜き、さらに灰にして……次はどうするのだろう」


 真帆も何だかウキウキした様子だ。


「次はもちろん――」


 三人がゴクリと唾を飲み込む。


「――この灰を水に溶かす!」


 ズコーッ!

 案の定、三人は盛大に転んだ。


「あれだけ水を抜いたのに、今度は水に浸けるの!?」


「拓真君、本当にこれで正しいの!?」


 紗良と璃子が同時に言う。


「気持ちは分かるけど問題ないよ。水に溶かすのは濾過ろかをするためだ。だが、その前に少し味見をしてみよう。俺の想定通りなら既に塩の味がするはずだ」


 皆で灰を舐めてみる。


「しょっぱ! 塩じゃん!」


「すごいよ拓真君! 本当に塩の味がする!」


「でもなんか灰のせいで喉に引っかかるというか、変な感じがします……」


 三人がそれぞれ感想を言った。


「こんな感じで既に塩はできているわけだが、さらなる品質向上のために一手間かけようと思う」


 灰を水に溶かして灰汁を作る。

 その灰汁を布に通して濾過した。


「適当な布を使っての濾過だから完璧とは言えないが、これで多少の不純物が取れて綺麗になった」


 濾過の前後で比較すると、灰汁の色が薄くなっていた。


「最後にこれを火に掛けて水分を蒸発させたら完成だ」


 濾過した灰汁をフライパンに移し、強火で一気に蒸発させる。

 焦げつかないよう頻繁にかき混ぜ、後半は火力を落とすなど調整した。


「できたぞ! 塩だ!」


 数時間に及ぶ作業の末、俺たちは塩を手に入れた。

 少し黒みがかっているのが手作りの証だ。


「すごいな伊吹! 今度は塩を精製したのか!」


 人格者のイケメンこと早川が近づいてくる。

 長々と作業をしていたせいで、厨房には人が増えていた。

 彼もその一人だ。


「作り方を教えるから、あとで皆に広めてもらえないか?」


 ちょうどいいので早川に精製方法の普及を求める。


「もちろんだ! 任せてくれ! これで食事がますます楽しくなるな!」


 早川が快諾し、他の生徒も塩を調達できるようになった。


 ◇


 その後、俺たちは完成した塩でアユを食べた。

 アユは他の生徒から塩との交換でゲットしたものだ。


 味は過去最高だった。

 やはり塩があるだけで大違いだ。

 ただでさえ美味いアユが三段階くらい進化した。


 食事のあと、俺は井戸の水を汲んでいた。

 使う予定がなくても、こうして水を汲んで適当に撒いておく。

 使わないでいると水質が劣化するからだ。


「それにしても拓真って何でも作れるよねー!」


 作業をしていると紗良が話しかけてきた。


「何でもってほどでもないけど、大体のものは作れるよ」


 伊達に無人島でサバイバル生活をしていないということだ。


「そんなすごい拓真にお願いがあるんだけどぉ?」


 突然、紗良が抱きついてきた。

 俺の右腕に胸を押しつけて、上目遣いで見てくる。

 璃子と真帆は驚いた様子で眺めていた。


「お、お願いって?」


 こんな頼まれ方をされたら何だって聞いてしまいそうだ。

 おのずと鼻の下が伸びてニヤける俺に対し、紗良は言った。


「実はどうしても作ってほしいものがあるんだよねー!」

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