我が道見つけて
殿下からの誘いに乗って、私たちが訪れたのはバルフレイ宮殿の中庭。
色とりどりの花が咲き誇る、庭師の手によって完璧に整えられた、もはや中庭を通り越して庭園と呼んだ方がよさそうな光景の中、1基の墓石が立っていた。
毎日手入れがされているのだろう……滑らかに磨かれたその墓石には、フランチェスカ・ヴァレスタイン・エルドラドと刻まれている。
「そっか……これが王妃殿下の……」
「えぇ、母の墓です。多忙を極める父が、少しでも参拝できるようにと、ここに」
墓の前で両手を組み、瞳を閉じて静かに祈りを捧げる殿下の後ろで、私も胸に手を当てながら、眼を閉じて黙祷する。
正直、王妃様の墓石の前で何を思えばいいのか悩むんだけど、とりあえず殿下と築いた関係性とか、殿下に助けられたこととか、そういうのを報告させてもらった。
そうして王妃殿下の冥福を祈り終えると、私の方に振り返った殿下は小さく頭を下げる。
「申し訳ありません、アルマ。私情に付き合わせてしまって」
「別にいいですよ。私だって機会があれば王妃殿下に挨拶をって思ってましたし」
少しおどけた感じでそう言うと、殿下は小さく微笑んだけれど、私の顔……正確には私の傷を見て眉尻を下げた。
「話は聞きました……その顔の傷は……」
「あぁ、残るらしいですね」
今の私の顔には、首筋から頬を伝い、右目を跨いで額まで届く大きな斜めの傷痕がくっきりと刻まれている。
先の戦いで私が顔に受けた一番大きな切り傷は塞がり、つい先日包帯が取れはしたけど、傷痕自体は一生残るらしい。医者曰く、斬撃は頭蓋骨に傷を付けるほどの深さまで到達していて、眼球が無事だったのが奇跡的だったそうだから、当然と言えば当然だろう。
「別に気にしなくてもいいですよ、殿下。全部私が選んだ結果です」
「ですが……このままではアルマは……」
その言葉の先は言われなくなった分かってる。今のご時世、顔にデカい傷が付いた女と好き好んで結婚するような男がどれだけいるのかって話だろう。
でも正直に言えば私はそれに関して特に悲観していない。結婚に対して憧れがあるわけでもないし、こんな小さなことを気にするような男なんてこっちから願い下げだ。
「だから気にしなくていいですって。そもそも、宮廷魔導士を目指すと決めた時から、一生モノの傷跡ができる事なんて分かり切ってたことですね」
私は戦いという手段をもって宮廷魔導士になると誓った。それが綺麗な体のまま達成できるなんて欠片も思っていないし、現に先日の戦いの以前から、私の体は細かい傷痕だらけなのだ。こんな顔の傷くらい今更である。
「それより、何か話があるんですよね?」
それに、今は私の傷のことなんかよりもそっちの方が気になる。なんか随分と改まった感じだったし、一体どうしたんだろう?
「実は今日、アルマに元を訪ねる前に、父に改めて言ってきたんです……私がこの国の、次の王になると」
「え? 次の王様って、ユースティア殿下じゃないんですか?」
「確かに私が王位継承権第一位ですが、あくまでも候補者……もしも私が王として相応しくないと判断されれば、別の者を国家元首として据える手筈だったのですよ」
いくら娘が可愛くても、そこは一国の王。血筋だけを重要視して王に相応しくない人間を即位させ、娘も国民も不幸にするくらいなら、人望と能力を兼ね備えた外部の人間を即位させた方がいい……というのが国王陛下の考えらしい。
「父からの返答は保留です。本気で王位を望むのなら、それに相応しい器を示すように言われました。これまでの私の振る舞いのこともあるので、父の返事も分かっていたことではありますが……父の前で宣言したことで、退路を断ったつもりです」
「まぁ国王陛下の前でそんな大口叩いておいて、後になって『やっぱ止めます』なんて言えないでしょうけど……」
オーロッソ砦で、涙と共に語られた殿下の心の奥底に秘められた弱音を思い出す。
王族であることが泣くらい不安だったのに、それが一番重責を背負う立場である国王になるなんて言われたら、心配するなって言う方が無理がある。
「あれから私も考えて決めた事です。動機は数ありますが、やはり母の遺志を引き継ぎたい……王女としてだけではなく、私個人としても必要な事だから。その為には、王位に就くのが最も確実なのです」
私の心配を察したのか、殿下は私の目を真っ直ぐに見据える。その眼差しと言葉には、前に見せていたような迷いはもうどこにも無かった。
そんな殿下だったけど、次の言葉は口に出すのに勇気がいるものなのか、どこか緊張した表情で瞳を閉じ、静かに小さめの深呼吸をしてから、再び私と向かい合う。
「王としての責務は清濁併せ呑まなければ果たせません。時に卑劣にも思われるような手段を選ぶ時も必ず訪れるでしょう」
それは私にだって何となく分かる。善性は尊ばれるべきだけど、世の中それで通用する相手だけじゃない。時には自分の手を汚さないと解決できない事態がある。それこそ、リックたちが起こした事件の時みたいに。
「王となると決めた以上、これからの私の行いは、高潔な貴女と相容れるものばかりではないという事は分かっています……それこそ、貴女が眉を顰めて、私から離れて行ってしまうようなことだってするかもしれません……けれどっ」
ドレスのスカートを握りしめ、緊張のし過ぎで顔を赤くした殿下の言葉に、私は黙って耳を傾けた。
「もしもそうなったとしても…………! 私は……貴女の事を、友達と呼んでもいいですかっ!?」
意を決したかのように叫んだ殿下の言葉を、私は自分の中で噛み砕いて、その意味をよく考える。
そして殿下が何をそんなに緊張して、こんな言葉を言ってきたのかが理解できた。
この人はこれから見たくもないものを見て、聞きたくないことを聞いて、言いたくないことを言って、やりたくないことをやらないといけない人生を歩むんだろう。それが多くの人にから感謝されながらも、嫌われる人には嫌われる……常人だったら1日で胃に穴が開きそうな過酷な道だと分かった上で、自分で選んだんだ。
(でも殿下……ちょっと待ってくださいよ。そんな言い方されたら、まるで……)
……王として過酷な人生を歩むより、私と友達でいられなくなるほうが嫌みたいじゃん。
そもそもこの人、やけくそ気味に凄い我がまま言ってる。私に嫌われるような人間になるかもしれないけど友達でいてほしいなんて、無茶苦茶にもほどがあるでしょ。
そんな殿下に対し、私は冷静に話せるように大きく息を吐いて気を落ち着かせる。
「あのですね……殿下って色々誤解してません? 殿下は私のことをやたらと高く評価してるみたいですけど、別にそんな事ないですからね?」
私は喧嘩っ早いし、口が悪いから頻繁に対人トラブル起こすし、悪人とはいえ何人もの人間の命を奪ってきた。そんな血塗れの手をした私が高潔なんて自己評価、恥ずかしくてとてもできない。
「宮廷魔導士になりたいのだって私欲全開の動機ですし、私は殿下が思ってるほど気の良い性格はしてません」
工房長を始めとした宮廷魔導士たちは、それはもう高い志をもってこの国の魔術師の頂点に上り詰めた。そんな彼らに対して、端的に言えば誰にも舐められずに我が道進みたいが為に宮廷魔導士になろうとしている私は、低俗もいいところだ。
「だから、まぁ……殿下がどれだけあくどいことをしたって、『必要なら別にそれでもいいんじゃない?』で済ませられると思うんですよ」
そんな私だから言える。自分の事を棚に上げて、殿下の事を責められる謂れはどこにも無い。別に袂を分かつ必要なんてどこにも無いんだって。
「それにね、殿下。私は誰に何と言われても宮廷魔導士になります。私欲全開だろうと、それが自分で選んだ道だから……でも、いざ宮廷魔導士になったら仕事はちゃんとしようって決めてたんです」
義務と権利は切っても切り離せないものだ。宮廷魔導士の権限と財産は、仕事を全うして初めて維持されるものだと理解もしている。だから私は忙しくなるとしても、宮仕えをすることに不満はない。働くことが嫌いって訳でもないし。
「宮廷魔導士って言ったら国王の直臣ですし、私の年齢的に次の王様にお仕えすることになると思うんです。平民出身でも政務を手伝う大義名分があるわけで……」
「あの……それって……」
「あー……その、つまりですねっ」
羞恥で顔が熱くなるのを誤魔化すように、私は頭をガリガリと掻く。
正直、こんな事を改まって口にするのはかなり恥ずかしい。青春ドラマの登場人物は皆この気恥ずかしさに耐えているのかと思うと尊敬すら覚える。
それでも、ユースティア殿下は勇気を振り絞って私に本音をぶつけてきたんだ。だったらもう、それに応えてやらないなんてあり得ないじゃんか。
「手伝いますよ、私も! 学もないからどれだけ助けになるかは分かりませんけど、この国の誰よりも強くなって、人間だろうが魔物だろうがゾンビだろうが、殿下の敵を力づくで排除することくらいはできますし」
ていうかむしろ、この人にはそういった暴力担当こそ必要だと思う。ただでさえこの世界は魔物だの盗賊だのと物騒なのに、そこに加えてゾンビや反王族派と、とにかく敵が多いんだから、いずれ国内最強の魔術師になる私の力こそ必要だろう。
「ア、アルマ……気持ちは嬉しく思いますが――――」
「ああっと、反対意見は受け付けてませんよ。王妃殿下が遺した政策は私にとっても他人事じゃないんです。何もせずに外野から眺めて失敗に終わるとか、絶対に嫌ですよ私は……だから変な遠慮とかしないで巻き込んでくださいよ」
むしろここまで事情を知った以上、知らぬ存ぜぬ我関せずとか無理。
私が与り知らぬところで殿下の命が狙われてるなんて考え始めたら、私は絶対心配するよ。そうなったら訓練にも魔導銃の改良にも身が入らない。だったら巻き込まれた方が断然マシだ
「それに……こんな私でも友達に肩を貸す情くらいあるんです」
私は誰からも褒められるような人格者ではないという自覚はあるし、会ったこともない他人の事は割とどうでもいいけど、友達に関しては話は別だ。苦労すると分かり切っている道を進んでいる友達を見て見ぬ振りをすれば、私は自分の人生に胸を張れなくなる。
そう言ってのけた私の手を、ユースティア殿下は白くて柔らかい両手で包み込む。
「……絶対に、苦労を掛けますよ?」
「いいですよ。私は元々、目的の為なら苦労は厭わないタイプですし」
「……今度は顔に傷を負うだけでは済まないかもしれません」
「例えそうなったとしても、最後に勝つのは私だから問題ありません」
「いいのですか……? そんなことを言われたら、私はもうこの手を放しませんよ……?」
「私だって、もうこの手を放してあげません」
まるで静かな抗論みたいな応酬に思わず笑ってしまうと、殿下も一緒に笑った。
その少し涙が滲んだ晴れやかな泣き笑いは、同性である私でも見惚れてしまいそうなくらい綺麗だった。
「ありがとう、アルマ……この先どれだけの艱難が待ち受けていても、私と共に戦ってくれますか?」
「えぇ、約束です」
優しい春風が庭園に吹き、舞い散る花びらに包み込まれながら、私たちは一生ものの約束を交わすことになる。
これが、一国の王位継承権第一位であるお淑やかで優しい王女様と、犯罪者の子供であるガサツで乱暴者な平民娘の、身分を越えた長い物語の始まりだった。
―――――
これにて、この物語はいったん完結とさせていただきます
学園編とか内乱編とか、この続きの構想も考えていますが、続きの執筆は今後のブクマ、☆の数次第とさせていただきたく存じます。
何卒ご理解いただければ幸いです。
転生奴隷ヒロインは我が道行きたい~最弱設定の奴隷ヒロイン、国内最強の英雄になる~ 大小判 @44418
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