その昔、日本の鍛冶屋も女人禁制だったそうな


 それから私は、工房で働くようになった。

 と言っても、やってることは雑用だ。終業後の掃除全般に工房の面々の服の洗濯。後は昼間に簡単なお使いくらい……まぁ十歳の子供に任せる仕事となるとそれが限界だろうし、給金は雀の涙程度だけど、工房長には衣食住を用意してもらってるだけじゃなくて、魔術の基礎まで教わっているのだ。環境的にはかなり恵まれていると言ってもいい。


(両親とのことも、工房長が話を付けてくれたみたいだし)


 宮廷魔導士は宰相や将軍みたいな王宮勤めの貴族……宮廷貴族の一種で、各領地を治めている地方貴族と違って領土を持っているわけではないけど、その発言力はかなりもので、工房長の一声で私を引き取る手続きが始まった。

 調査によって父が日頃から私を蔑ろにするような発言を連発していることや、家から怒鳴り声と一緒に物音……私を殴ったり皿を投げたりする音が頻繁にしていたことが功を奏して、私が虐待を受けていることが認められ、私は本人同意の上で工房長に保護された……という体で、工房に置かせてもらっている。


(個人的には、父には豚箱にでも入ってほしかったんだけど……)


 エルドラド王国は法治国家ではあるっぽいけど、日本みたいに平和な国を築けるほどじゃない。

 両親が受けた罪は罰金刑と親権の放棄程度だし、私を奴隷商に売り飛ばそうとしていたことも証拠不十分って事で見逃されている。そもそもこの国では奴隷商はグレーな商売で、完全に違法って訳じゃないっていうのが、また話をややこしくしているんだとか。


(ま、これで父親に追い掛け回されることはもうないでしょ)


 宮廷魔導士を目指す父からすれば、現役の宮廷魔導士である工房長は敵に回したくない存在だろう。そんな工房長に保護されて弟子入りしたとなれば、私の身柄は安全というわけだ。

 

(せっかく生まれ変わったのに家族ガチャ外したと思ってたけど……)


 工房長は厳しいけど理不尽な事はしないし、職人の人は親切な人が多いし、ここに来てから色々と上手く回ってきていると実感できる。

 ……ただ、何でもかんで上手くいってるわけじゃない。私が工房長の弟子に……もっと言えば、工房で働いている事自体を反対する人間っていうのはいる。


「おい! お前みたいなガキが、それも女の分際で神聖な工房に居座っているとは何事だ!?」


 その事を証明するかのような出来事が起こったのがついさっきのこと。工房長に言われて工具の整理をしていると、二十代そこらの若い男がいきなり私を殴ってきたのだ。

 この男には見覚えがある。最近この工房に入ってきた奴だ。


「工房っていうのはな、女子供の遊び場じゃないんだよ! さっさと失せろ!」


 床に倒れた私は、髪の毛を掴まれてぐいぐい引っ張られて混乱したけど、少ししたら痛みで怒りが込み上げてきた。私は他でもない工房長に認められてここにいて、工房長に言われて仕事をしてるのだ。だというのに、新人風情が何様のつもりだ。

 それ以前に……見ず知らずの相手の髪の毛をいきなり掴むんじゃない!


「…‥いっったいでしょうがぁっ!」

「ごっ……ぉぉぉぉ……!?」


 男の股間を思いっきり殴ってやると、ゴリッという感触が伝わってきて、男は股間を抑えながら膝から崩れ落ちた。

 前世でも殴られたらメッチャ痛いと聞いていた男の急所だけど、この様子を見る限り、伝え聞く話に嘘偽りはないって感じだ。なにせ子供の細腕で大の男が悶絶しているくらいだし。


「いきなり人様に殴り掛かんなスカタン! 次やったら金玉叩き潰すかんね!?」

「こ……このクソガキがぁ……!」

「おい! 何していやがる!」


 脂汗と一緒に怒りの形相を浮かべた男が、今にも私に掴みかかろうとしたその時、工房長が現れて私たちの間に割り込み、腫れた私の顔を見て顔を歪める。そんな工房長の後ろには、馴染みのある職人が付いて来ていた。


「話はコイツから聞かせてもらった。オメェ、いきなり人に手ぇあげるたぁ何事だ? コイツがオメェになんかしたってのか? おぉっ!?」

「こ、工房長! でもこいつは女の分際で神聖な工房に足を踏み入れていてですね……!」

「女が工房に居ちゃいけねぇ理由なんぞねぇだろうが! そもそも、コイツが弟子としてここにいることを認めたのは俺だ。文句があるんなら俺に直接言えばどうだ?」


 そう言ってのけた工房長に対し、男は信じられないと言った視線を向ける。


「しょ、正気ですか!? 魔術の世界は男の領分って昔から決まってるでしょう!? それを女を弟子にするだなんて……あんたには、宮廷魔導士としてのプライドってもんが無いんですか!?」

「若いくせに女だの男だの古臭ぇジジィみてぇなことを……誰を弟子に取ろうが俺の勝手よ。お前にゴチャゴチャ言われる筋合いはねぇ!」

「で、でも、だからって……! それにこいつは、女の分際で俺を殴ってきて……」

「男も女もあるか! 殴りゃ殴り返される、当たり前のことだろうが! んなことも言わなきゃ分かんねーのか!?」


 男が何か言い訳をしようとするたびに、それ以上に大きな声で正論を叩きつける工房長。

 元々、男のやってることに正当性が無いだけあって、かなり一方的だ。


「そもそも、俺は言ったよな? 器材やら素材が置かれてる工房でふざけた真似すんなって。それが守れねぇなら即刻破門にするってよ」

「そ、そんな!? 待ってください、俺は……!」

「これ以上の言い訳は聞きたくねぇ! とっとと荷物纏めて、工房から出ていきやがれ!」

  

   =====


 そして本当にそのまま男を追い出した工房長は、私の手を引っ張って水を生成する魔道具……前世で言うところの水道みたいな場所に連れて行って、濡れたタオルを私に渡してくれた。


「おら、これでちゃんと冷やせ。見たところそんなに酷くはねぇみたいだが、腫れや痛みが増すようなら病院に連れてってやる」

「ど、どうも。ありがとうございます」


 その濡れタオルを殴られた部分に押し当てる。腫れて痛みと一緒に熱を感じる患部には、冷たいタオルがやけに心地よかった。


「……弁護する気は毛頭ねぇんだがな。この大陸の男ってのは、ああいう奴がまだまだ多いんだよ」


 ポツリと……まるで溜息を吐くみたいに工房長は呟く。


「なまじ男社会が長く続いてきたからな。国からどんなに働きかけても、女が働くことに気持ちが追い付かねぇって奴は大勢いる。……だから覚えとけ。女のお前が我を通そうとするなら、これから今日みたいなことが何度でも起こる。お前が選んだ道っていうのは、そういうもんだ」

「ん……分かりました」


 私は身を以て味わった暴力を噛み締める。

 もしあの時、工房長が駆け付けなかったら私はきっとボコボコにされていただろう。それほどの怒りと、それを躊躇わない雰囲気をあの男から感じられた。

 基本的に、男の方が腕力があって凶暴なのだ。どんなに賢く立ち回っても、最後には暴力で捻じ伏せられてしまっては意味がないし、それがある程度まかり通ってしまうくらいうには、この世界の法は万全じゃない。

 

(だとしたら、私が目指す道は決まった)


 多分、他の選択肢よりも困難な道のりだと思うけど、この国で女手一つで身を立てると決めた時から覚悟してたことだ。

 

「そう言えば……工房長は、何で私を引き取ってくれたんですか?」


 私はふと思い至ったことを聞いてみる。女が工房にいるだけでとやかく言ってくる連中が多いという事も、恐らくそれが大なり小なり損害に繋がりかねない事も、工房長なら分かっていたことだろう。

 それを踏まえても私を引き取ったのはなぜなのか……そう聞いた私に、工房長は鼻から息を吹きながら頭の後ろを掻く。


「理由は色々あるんだが、大まかに分けると三つある。まず第一に、女であるお前がどんな魔術、どんな魔道具を作り出すのか……一介の魔術師としての興味だ。同じような価値観を持った連中ばかりが研究してても、魔術の進歩が停滞しちまうしな」


 生まれ育った環境はもちろんのこと、性差でも価値観や求める者が大きく異なる。そうした違いは魔道具の着想に大きく影響を及ぼすらしい。

 ようするに、この大陸では非常に希少な存在になるであろう女魔術師がどのようなものを作り上げるのか……工房長の職人としての好奇心だ。


「二つ目の理由は王家への義理立てだ。知っての通り、俺は陛下の直臣である宮廷魔導士……主君である陛下が女の社会進出を目指しているってんなら、臣下である俺もそれに倣うっきゃねぇ。……そんで三つ目の理由だが、単純にお前が俺の好みだってだけだ」

「…………え……ロリコン……?」

「違ぇよ馬鹿野郎。ガワじゃなくて中身の話だ」


 思わず後ずさると、工房長はいかにも怒りマークを浮かべていそうな表情を浮かべる。紛らわしい言い方をしないでほしい。 

 

「目の前の現実に立ち竦むんじゃなく、無謀でも何でもいいから立ち向かう……そういう馬鹿は嫌いじゃねぇんだ」

「……工房長」

「あー……俺の事はもういいだろっ。オラ、そろそろ魔術の練習始めんぞ! 今日もみっちりしごいてやるから覚悟しろっ!」


 羞恥心を誤魔化すように背中を向けて、早足で歩きだす工房長。

 とりあえず今は、この人を信じてついて行くとしよう。そしていつか、私を弟子にしてよかったと誇れるようになればいい……そんなことを考えながら、私は工房長を後を追いかけた。




――――――――――


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