転生奴隷ヒロインは我が道行きたい~最弱設定の奴隷ヒロイン、国内最強の英雄になる~

大小判

始まりの逃亡劇


 

 女たるもの、たおやかに、前に出過ぎず、常に殿方を立てるべき。みだりに異性と触れ合ってはいけない。

 家柄とか身分にもよるけど、とにかくお淑やかに振舞うことを求められる女は男を殴ったり蹴ったりしちゃいけないし、スラングで口汚く人を罵るのも当然アウト。相手が自分よりも高貴な身分だと特に。

 今のご時世、時代遅れになりつつあるが、そんな価値観が根強く残っている世界に生まれ変わった私は、王兄の嫡男である公子の腰に後ろから腕を回し、勢いよく背中を後ろに反らした。



「これが私の、バックドロップだぁああああああああああああああっ!」



 ドゴォッという、地面に頭を打ち付ける音が響き渡る。

 足先がまるで三日月のような綺麗な弧を描くバックドロップをまともに食らった公子は気絶してピクピクと痙攣しており、そんな公子を見下ろしながら平民である私は親指で首を掻っ切るようなジェスチャーをしながら腹の底から叫ぶ。


「二度とふざけた事やらかすなスカタン! 次舐めたことしたらキンタマ捩じ切るかんね!」


   =====


 拝啓、前世の弟よ。お姉ちゃんはこの度、剣と魔術とモンスターが溢れる、お前が好きそうなハーレム作品の世界に転生しました。

 ……何て冗談交じりに言ってみたけど、この世界は割とロクでもない。魔物との戦闘が日常茶飯事な世界っていうのもそうなんだけど、それ以前に人間社会が生き辛い。

 初めにおかしいと思ったのは、6歳の時に近所にいる同い年の男どもと喧嘩して、そいつらを泣かした時のこと。

 あぁ、誤解しないでほしいんだけど、私から手出しした訳じゃない。喧嘩した相手がとんだクソガキで、男3人がかりで寄って集って女の私に「気に入らないから」っていう意味不明なイチャモン付けて叩いたり蹴ったりしてきたから喧嘩になっただけだから。

 小さい子供なんて大人じゃ理解できない理由で突拍子もない行動を起こすもんだけど、それに巻き込まれる身としては堪ったもんじゃない。だから全力で反撃して泣かしてやったんだけど……。


「女の子が暴力を振るったらダメだろ!?」

「男の子はちょっとヤンチャなところがあるんだから、女の子の方が大人にならなくちゃ」

「ちゃんとお淑やかにしないと将来苦労するよ? 結婚できなくていいの?」

「こんな乱暴な娘がいるなんて、貴女の親は一体どんな教育をしているの!?」


 以上が、騒ぎを聞きつけて集まってきた大人が私に向けて言ったセリフである。ちなみにこの時の私は全身ボロボロであちこち怪我してたし、事情だってちゃんと説明したにもかかわらず、なぜか私が悪いことになっていた。

 もうね、全然意味が分からなかった。なんで私が怒られなくちゃならなくて、先に3人がかりで殴りかかってきたクソガキどもが優しく慰められているのかと。

 当然、大人たちの説教が私の胸に響くはずもなく、似たような騒ぎを何度か起こすことになるんだけど、その度に怒られるのはいつも私。どれだけ相手に非があるのかを説いても、なぜか「女が男に暴力を振るったこと」が問題として取り上げられる。


(もしかしてこの世界、女に厳しい世界なのでは?)


 それに気が付いてから数年が経ち……私は今、とんでもないピンチに見舞われていた。


「おい! そっちに居たか!?」

「駄目、全然見当たらないわ……」

「はぁ!? 本当に使えねぇ女だなお前は! 本当は娘可愛さに見逃してたりしてないだろうな!? あぁん!?」

「ひっ!? ち、違う! そんなことはしてない! お願いだから信じて!」

「チッ……! いいか、とにかくとっとと見つけて捕まえるんだ! もう売る相手も決まってる! 10年も育ててやったのに結局出来損ないだったんだから、その借りは体で返させないとな」

「あぁ、もう! 一体どこに行っちゃったのよ……!」


 人通りの少ない町の隅。私は物陰に身を潜めながら、大人の男女が遠ざかっていくのを息を殺しながらジッと待ち続ける。

 2人分の足音と声が遠ざかっていくのを確認して、私は思わず全身から力が抜けそうになったけど、何とかそれを堪えて、男女が向かって行った方向とは逆の道を進んでいった。


(本当に……何でこうなったの……!?)


 漫画の世界に転生するとかどこのラノベだって言いたくなるような展開もそうなんだけど、今世での私の境遇が酷い。もしも私を生まれ変わらせた存在がいるのだとしたら、文句の1つでも言いたくなってしまいたい気分だ。

 何しろ、今思いっきり不穏な会話をしていた2人は今世での私の両親だ。分かりやすく言うと、私は実の両親にどこぞの好事家や奴隷商人に売り飛ばされそうになっているのである。


(まさか魔術師として生まれつき欠陥を抱えてるからなんて、本人じゃどうしようもない理由で肉親からそんな扱いを受けることになるなんて……この世界の倫理観どうなってんの……!?)


 ファンタジー世界なだけあって、この世界には魔術が普及されているんだけど、私は先天的な体質の問題で、魔術をちゃんと発動出来ないと医者から診断を受けた。

 何でも、私の体で生成される魔力の性質が悪い意味で特殊らしく、魔術の発動に大きな問題がある。少なくとも魔術を生業として働くのは、普通に人と比べると難しいんだとか。


(個人的に言って、それだけなら問題なかった……せっかくファンタジー世界に転生したのにって気持ちはあるけど、何も魔術師になるだけが人生じゃないし)


 しかし、そんな私の人生設計にとんでもない茶々を入れてきた奴がいる。何を隠そう、今さっき私を追いかけてきた男……今世の私の実父だ。

 私の父であるカイン・バートンは平民だけど、曽祖父の代から魔術師を輩出してきた家系の出だ。その親子三代の働きは色んな所から評価されていたらしくて、私たちが棲んでいるこの国……エルドラド王国における魔術師の最高位、宮廷魔導士の地位に就くことを目標としてきたらしい。

 そんな父親にとって、魔術師として欠陥を抱えている私の存在は汚点でしかなかったのだろう。


(おまけに男尊女卑思想が激しいとか、親として本当に終わってる……!)


 昔から女を見下しているところがあるとは思ってたけど、その根幹にはどうやらお国柄っていうのがあるっぽい。

 どうもこの世界は男尊女卑思想が蔓延っているらしく、男は女に何をしても許されて、女もそれが当たり前みたいに考えている奴が一定数いるみたいだ。


(そのせいで好事家に売り飛ばされそうになるなんて、冗談じゃない……!)


 我ながら、とんでもない親の元に生まれてきてしまった……! そんな父が怖いのか、母は庇うどころか全力で保身に走ってるし……!


(でもこれでハッキリした……この境遇、私は【英雄騎士のブイリーナ】に出てくるアルマに転生してる……!)


【英雄騎士のブイリーナ】……それは前世ではオタクだった私が古本屋で立ち読みした漫画で、原作はラノベでアニメまで放送されている、男を中心に人気のある作品だった。

 言ってしまえば私は死んだと思ったら漫画の世界に転生してるなんて、テンプレみたいな状況に陥っているわけである。

 

(肝心なのは原作のストーリーなんだけど……正直に言って、私はこの作品の事をほとんど知らない……!)

 

 これまでとは違うジャンルの作品も読んでみたいと思って古本屋の棚に並んでいるのを読んでみたけど、それだって5巻くらいで読む気が失せた。後からネットで評価を見てみると、明らかに男が好きそうなハーレム展開が続くらしく、女の私の趣味には合わなかったのだ。

 ラノベ原作のコミカライズで5巻というと、物語は序盤の方。はっきり言って、ストーリーの全容はほとんど掴めていない。


「転生するんだったら、もっと別の作品とかあったじゃん……! 漫画の世界に転生したのに原作知識が無いなんて終わってる……!」


 そんな乏しい原作知識だけど、大まかな概要は覚えているのは幸いといったところか……【英雄騎士のブイリーナ】は、近年よくある異世界ファンタジー物の中でもちょっとだけ毛色が違っていて、剣と魔法のファンタジー世界を舞台に、エルドラド王国があるこの大陸で突如として発生したゾンビ化現象を解決するという作品だ。

 普通に人間や魔物といった敵も出てくるんだけど、その死体が動き出して人を襲うみたいなことになっていて、主人公がハーレムメンバーと一緒に様々な問題を解決する……そういう作品だった。


「……で、私はそんなハーレムメンバーの1人であるアルマに転生したと」


 漫画版で読んだアルマの境遇と、今までの私の境遇を照らし合わせば……そういう事なんだろう。

 原作におけるアルマも私と同じく、先天的な体質の問題で魔術師には向いておらず、そのせいで父親から疎まれて奴隷として売り飛ばされてしまうという設定だ。私は歯向かったからなんとか逃げられたけど、原作のアルマは気が小さい性格だったから、横柄な父親に逆らえなかったんだろう。


(そこから流れに流れて悪役の金持ちに買われ、そこで酷い扱いを受けながら生活しているところに主人公と出会い、助けてもらったことが切っ掛けになって惚れて、めでたくハーレムメンバー入りと)


 いわばアルマは、よく聞く奴隷ヒロインって奴だ。つまりこのまま抵抗せずに奴隷になったとしても、最終的には主人公のハーレムメンバーになって、ゾンビ化現象も主人公がどうにかしてくれて、私は安定した未来が手に入るわけだが……。


「冗談じゃない……!」


 そんな未来、絶対に嫌だ。奴隷になって酷い目に遭うはもちろんだけど、このまま主人公のハーレムメンバーになるのだって絶対に嫌だ。

 

(だってハーレム主人公って、冷静に考えれば三股四股上等の優柔不断なヤリチンクソ野郎じゃん……!) 


 よく考えてほしい。いくら主人公のスペックが高かろうと、現代日本で生まれ育った記憶がある女が、自分の彼氏がハーレム作ることを許容できるだろうか? 答えは当然の如く否だ。

 別にハーレム作品を貶したいわけじゃない。創作物としてなら需要が大いにあるのは認める。

 でも実際にハーレム作品のヒロインの1人に転生して、主人公が作るハーレムに組み込まれたいかと聞かれれば、話は全く別。


(絶対に無理……元日本人としても、1人の女としても、絶対に無理!)


 前世の記憶が強く残っている私からすれば浮気二股なんて、やらかした男のキンタマ捩じ切るレベルの事案だ。この世界の法律で一夫多妻制が認められていたとしても関係が無い。

 少なくとも私は、このままハーレムメンバー入りして浮気男の為の家事と性欲処理をするのはゴメンだし、奴隷になって人生好き勝手に捻じ曲げられるのも嫌だ。


(リアルドアマットヒロインなんて、冗談じゃないっ!)


 将来どんな人間になるのかも、誰に歯向かい、誰に従うのかも、全部自分が納得した上で選択したい。その為には絶対に、何が何でも原作通りの未来を捻じ曲げてやる。


(ひとまず、この町から離れないと……!)


 この辺りに留まっていると、いつ父親に見つかるか分かったものではない。そう判断した私は、物陰から移動し、大荷物が詰め込まれている幌馬車を見つけた。

 見覚えのある運搬業者のロゴマークが描かれている幌馬車だ。その周りには護衛と思われるローブ姿を一団……魔術師たちが集まって来ていて、荷物を詰め終わると同時にゆっくりと出発していった。

 

(あの後ろに付いて行けば、迷わずに他の町に行けるかも)


 他の町へ移動するにあたって一番の関門は、町の外側に生息している魔力を宿した危険生物……魔物の存在だ。

 この世界はどこに行っても魔物の存在が付きまとっていて、兵士が駐在していて守りの厚い町ならともかく、それ以外の場所に戦えもしない人間が出歩くのは自殺行為に等しい。


(でも戦える人間の傍を歩いていたら、向こうが勝手に魔物を退治してくれるはず……!)


 もちろん、護衛の魔術師たちが私を守る義理はない。そもそも向こうは仕事中なんだから、私の事情で迷惑かけるのは話が違う……けど、金銭のやり取りをしたであろう運搬業者護衛対象に近づく魔物は絶対に駆除するはずだ。その近くを歩くだけでも安全性がグンと高まる。

 そう判断した私は、幌馬車の後を追い、町を出て街道を進んでいった。


(……きっつ……!)


 しかしやはりと言うべきか、歩き始めて2時間くらいで私の体力は明らかに消耗しているのが分かった。

 魔物のせいで街道整備が進みにくいこの世界での幌馬車の移動速度は、荷崩れを防止するためにゆっくりとしたものだ。護衛の魔術師たちも私のことを不審そうな眺め、最初の方は「お嬢ちゃんどうしたの?」と声を掛けられたが、特に害が無いと判断されたのか、今では私が付いて来ることを黙認してくれている。


(10歳の体で歩きっぱなしなのは、思ったよりキツいなぁ……!)


 ただ歩くだけで大袈裟だと思わないでほしい。なにせ向こうとは歩幅からして違うし、こっちはDV親父に雑に扱われてきたせいで栄養失調だから周りの同年代の子供と比べるとチビで体力ない。必然的に急ぎ足にならないと置いてけぼりにされてしまうから、足はもうパンパンで靴擦れも酷い。歩くだけで痛みが走るくらいだ。


(負けてたまるか……!)


 それでも、歩みを緩めるわけにはいかない。護衛で固められている幌馬車の近くに居ない限り、私の身の安全が保障されることはないのだ。

 そのまま執念と根性だけで馬車に食らいついて何時間くらい経っただろうか? 夕日が沈みかけ、空が暗くなり始めた頃、気が付けば目の前の幌馬車は、大きな壁に覆われた街へと辿り着いていた。

 ここまでくれば、もう魔物や野党に襲われる心配もない。気が抜けて倒れそうになるのをグッと堪えながら、私はもうひと踏ん張りして大きな門を潜った。


「何あれ……城……?」


 そしてようやく一休みできると、通行の邪魔にならない道の端っこの方で座り込み、大通りの先に見える巨大な城へと視線を向ける。

 その城の事を、私は前世の知識として知っていた。


(確かバルフレイ宮殿……だっけ?)


 エルドラド王国の首都にある、王族が住んでいる城だ。広大な王都の中央に存在していて、その威容は都内のどこからでも眺めることができるらしい。

 周りを見渡してみると、私が住んでいた町よりも明らかに発展した、どこまでも石造りの建物の列や道路が続いていてる。この煌びやかな都が、私の新しい居場所だ。


(……まぁ一文無しで、明日食うご飯にも困る有様だけど)


 それでも、私は奴隷になる未来から逃げてきた。浮気男のハーレムから逃げてきた。今の私は自由だ。

 その対価だと思えば、この困難にも立ち向かう気力が湧いてくる。


(とりあえず、教会を探すところから始めようかな)


 このエルドラド王国の国教である、ドラゴンを奉る正龍教というのがある。私が住んでいる街には正龍教関係の施設はなかったけど、正龍教の巡礼者が来たことがあって、身寄りのない子供を預かって独り立ちさせる活動を国からの支援を受けながらしていると聞いたことがある。私が別の町に行こうとしたのも、正龍教会で保護してもらうのが目的だ。

 現状、私はただの家出娘でしかないが、こっちは奴隷にされかけたのだ。事情を話せば融通してくれるはず……と信じたい。


(そうと決まったら移動しないと……いくら治安良さそうな王都だからって、子供が夜中に路上で寝るのはまずい)


 しばらく座ったおかげで、体力もいくらか戻った。とりあえず城門を警備していた兵士に聞けば、教会への道くらい教えてくれるだろう。そう考えて立ち上がろうとした……その時。私の前で誰かが立ち止まった。

 軽く顔を上げてみるけど、体の小ささも相まって顔が見えないけど、筋肉質でかなり大柄な男だという事が分かる。


「お前か? うちの荷物載せた馬車にずっとついて回ってたっつぅ嬢ちゃんは」

「え、えっと……」


 一体誰だろうか……私は立ち上がってその人の顔を見ようとしたが、体がふらついて足がもつれてしまう。


「おっと……大丈夫か? 気ぃつけな」

「あ、ありがと――――」


 そのまま地面に転がりそうになったところを、目の前の男の人がとっさに支えてくれた。その時にしゃがんでくれたおかげで、私はようやく男の人の顔を見ることができた。

 白髪交じりの黒髪に無精髭を生やした、見るからに頑固職人といった感じの厳つい顔つき。それを見た時、私の脳裏に強い既視感が湧き上がる。


(私……この人の事を知ってる)


 これも今世ではなく、前世での話……【英雄騎士のブイリーナ】に関する知識が呼び起こされたから。

 簡単に言うと、目の前の男も原作キャラの一人なのだ。それも結構なキーパーソンなんじゃないかってくらい読者に匂わせていたキャラで、物語の序盤で活躍し始めた主人公に目をかけて武器を送って、後になって身分が判明した人物。


(エルドラド王国の魔道具職人の最高峰……宮廷魔導士の1人、ガルゼス・ゴールドバーグ……!)

 

 とんでもない大物が現れたと、私は思った。

 私自身、詳しい事は知らないけれど、宮廷魔導士というのは魔術師としての実力もさることながら、国益に直結する魔術を扱えることで国から貴族位……それも公爵相当の地位を与えられ、国王陛下以外の命令を一切受け付けないらしい。

 正直、あの父が必死になってその座に就こうとしているのも頷ける。何しろ公爵って言ったら、この国だと王族を除けば一番偉いってことだし。


「業者からお前の話を聞いて驚いたぜ……連中も馬車に乗せてやるくらいはしてやりゃいいのによぉ」

「いや、だって向こうは仕事の途中だったし、私の事情で面倒かけるのも悪いし」

「馬鹿野郎。ガキが変な遠慮なんてしてんじゃねぇ」


 そう言って私の頭をグシャグシャと乱暴に撫でてくる、大きくて硬い手のひらがやけに暖かった。


「名乗るのが遅れたな。俺ぁこの王都で魔道具工房やってるガルゼスってもんだ。嬢ちゃんの名前は?」

「アルマ……アルマ・バートン」

「そうかい……そんで? なんで親も連れずに王都まで来たんだ? 聞けば隣の町から半日近くも歩いてきたっていうじゃねぇか」


 少し迷って、私は本当のことを言う事にした。向こうは明らかに人生経験豊富そうで騙せる気がしなかったし、父が私を売り飛ばそうとしていると聞いたのは今朝のこと。それからはもう必死の逃亡劇で、体よく誤魔化す言い訳とか考えられなかった。


「……そうか。そういう事があったのか」


 私の話を聞き終えたガルゼスさんは、眉間に深いしわを寄せて低い声で呟く。彼がこの話を聞いてどう思ったのか……その様子からだけでは測りきれなかった。


「王都まで来たのは何か計画あってのことか?」

「一応、正龍教会を頼ろうと思ってました。私が住んでた町には、教会はないから。その後は教会を足場にして、手に職を付けて、自立するつもり」

「なるほどな」

  

 奴隷になるのも嫌。ハーレムメンバーになるのも嫌。自分の将来は自分の手で切り開きたい。そんな思いに突き動かされてここまで来た。だから教会で生活基盤を整えつつ、独り立ちの為の勉強なり何なりしようと思ってたところだと説明すると、ガルゼスさんは私の顔をジッと見てきた。

 一体どうしたんだろう……? なんだか居心地が悪くなりながらも、その鋭い双眸そうぼうを見つめ返していると、彼はなにかに納得したかのように頷く。


「だったらお前、教会じゃなくてうちの工房に来ねぇか?」

「……え? なんで?」


 予想もしていなかった言葉に、私は思わず目を見開いた。だってガルゼスさんには、私に手を差し伸べるだけでなく、たかが10歳の子供を雇ってやる義理なんてないはずだ。

 

「はっきり言うがな……教会の世話になっても、お前の望みが叶うとは限らねぇぞ?」


 思わず首を傾げると、ガルゼスさんは教えてくれた。

 このエルドラド王国は男尊女卑思想が根強い。就職しようとしても「女だから」と面接段階で弾かれることもざらにあるし、仮に職に就けたとしても低賃金の仕事ばかりで、満足に自立が出来るだけの食い扶持は稼げないんだとか。


「王族が主導してその辺りの意識改革を進めてて、女の社会進出を助ける法律やら制度やらが敷かれちゃいるんだが、それも割と最近のことでな。皆が皆、そういった意識を改めてるわけじゃねえ……だからこそ、手に職を付けなきゃいけねぇんだが、それすらも女だからってだけで門前払いする奴もいる」


 これまでのエルドラド王国の女性は、「女の仕事は跡取りを産んで育てて家事をすること。男は常に立てなければいけない」みたいな風潮があって、女性は魔術のような高度な勉強をすることも許されない環境にいる場合が多いらしい。

 それがこの国で女性の社会進出が遅れている大きな要因で、正龍教会の孤児院でも男女関係なく勉強を教えてくれるが、それはあくまで読み書きや歴史、ちょっとした家事程度。手に職と言えるほどのものではないそうだ。


「だが俺はそういう因習には興味なくてな。うちに来れば、魔術を教えてやれる。お前が魔道具を作る職人になるのか、戦いを生業とするのか、はたまた全く別の道を行くのかは分からねぇが、魔術を習得すればそれは間違いなく手に職をつけたことになる。お前の将来の助けになるが……どうするよ?」


 話を一通り聞き終わった私は、ここが人生の分水嶺だと直感した。

 正直まだ戸惑っているし、色々と疑問は尽きないけれど、女性の自立が難しいこの国で、最高峰の魔術師に魔術を教わる……それは色んなリスクを加味した上でも、飛びつかざるを得ない。 それに何より、この人は嘘なんか言っていないんじゃないかと……会ったばかりでなに言ってるんだと思うけど、実の親以上に真っ直ぐ向けてくる眼差しを受けて、私はそう直感した。


「……やります。自立できるなら、魔術でも何でも覚える。だからガルゼスさん、未熟者だけどよろしくお願いします」

「よし、よく言った」


 これからお世話になる相手に深々と頭を下げると、ガルゼスさんは厳つい表情を引き締める。


「子供のお前を引き取る以上、これから色々と手続きをする必要はあるが、今からお前は俺の弟子で、俺の工房の一員だ。これからは俺の事を工房長と呼ぶように」

「うす。よろしくお願いします」


 こうして私は、ガルゼスさん……もとい、ガルゼス工房長に連れられて、彼の魔道具工房の下働き兼弟子になることになった。

 ……そしてこの時の選択が、私の将来を大きく変えることになる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る