エドモンの事情


 それから私たちは、立ちふさがるゾンビを始末しながら、何とか1階にまで辿り着くことができた。

 この階にある正面出入口を突破して外に出ればこちらのもの。身体強化を発動して殿下を背負い、そのまま壁と越えてしまえば、森に紛れて王都に帰れる。そう思って鉄製の大きな門の前まで来たんだけど、ここで問題が発生した。


「これ、ただの門じゃない。閂だけじゃなくて、魔術を使って施錠されてます」

「あ……王城でも同じような物が使われています。それと同じという訳ですね?」 


 中から外に出ようとしていたから、門に付けられていた閂は簡単に外せたんだけど、押しても引いてもビクともしない。

 最近主流になっている魔導錠という奴だ。扉や門自体を強固な結界でコーティングし、扉の破壊やピッキングをさせないようにすることで侵入を妨げている魔道具で、工房でも似た感じのを作っているのを見たことがある。

 

「不味いですね。この手の魔道具は、結界を壊してもすぐに修復されます」

「……何か、解決策はありますか……?」

「あ、はい。それは大丈夫、あります」


 魔導錠は扉や門そのものに組み込まれているのではなく、外部から遠隔で扉に結界を張る外付けの魔道具だ。

 だから門自体をどうこうしなくても、別のどこかに存在している魔道具を停止させてしまえばいいんだけど、問題はその魔道具がどこにあるか。


「魔導錠はまだまだ発展途上の魔道具ですから、いざ作ってみると結構大掛かりな代物なんです。これだけの大きさの門用のとなると、かなりデカいはずなんですけど……」


 少なくとも、私の全長より2回りは大きいはずだ。そんなデカさの魔道具を設置する場所なんて限られているから、探すこと自体はそう難しい話じゃないんだけど、扉1つ開けるのにこうも遠回りさせられる羽目になるなんて。ゾンビゲーでもあるまいし、マジで勘弁してほしい。

 

「あの……アルマ、少しよろしいですか……?」

「はい、何でしょう?」

「少し思ったのですが……魔導錠の操作盤は、1階の屋内演習所にあるのではと……思って……」

「……理由を聞いてもいいですか?」


 何の根拠もなく適当な事を言う人じゃないだろう。そう思って質問を投げかけると、殿下はたどたどしく答えた。


「えっと……実は私、王族教育の一環で、国内で現存している砦の見取り図を把握しているんです。こういった砦は緊急時の避難場所として活用されることがあるんですが、その時に道に迷わないようにと……」

「そうなんですか? ……いや、ここまでスムーズに来れたのって殿下のおかげでしたね」

 

 このオーロッソ砦は初見だと、大抵の人間が道に迷いそうなくらいには複雑な構造をしている。そんな中、下手に迷ってゾンビと無駄に戦わずに1階まで降りてこれたのは、実は殿下の道案内あってのことだった。

 初めは4階の部屋まで連れてこられた時に道を覚えたのかと思ったんだけど、事前情報もあってのことだったのか。


「それで、その……私が見た見取り図通りなら、この砦は小さな部屋はいくつもあるんですが、魔導錠の操作盤が設置できるだけの大部屋となると、屋内演習所以外に無かったはずです……」

「でも、オリバール子爵やリック公子が勝手に改修なり増築なりして、そこに設置したっていう可能性はないんですか? 避難所でもある砦にゾンビを放って私物化してるくらいですし、そのくらいはやってそうなもんですけど」

「それはありません」


 私の憶測をユースティア殿下は一刀両断で否定する。


「魔物の生息域である森の間近に存在するオーロッソ砦の増築となれば、護衛を含めてかなりの人数が動くので、オリバール子爵の企みが明るみに出る可能性が高いというのもありますが、地方局からの報告にもそれだけの人や資金か動いたという報告は受けていません」


 地方局というのは、領地を持っている貴族……地方貴族の監視役をしている組織だ。

 普段は地方貴族と協力しながら領地を運営しているんだけど、その運営に不備や問題、不正がないかを常日頃監視していて、その結果を王家に報告する役割があるから、一部の地方貴族からは嫌われているって聞いたことがある。

 …‥それにしても、殿下の様子が変わった? なんか妙に堂々とし始めたんだけど……?


「傭兵などを使えば地方局に悟られる事なく増築できる可能性も0ではありませんが、それには多額の資金が必要ですし、そもそもそのような技術を持つ傭兵団が都合よく見つかるとは考えにくい。金銭面に関しても、オリバール領は王都近隣に位置すると言っても山や森などの未開拓地に囲まれているので立地が悪く、これと言った主要産業もないのでお世辞にも裕福ではなく、融資を受け付ける有力者もいない。以上のことから、オーロッソ砦の増築が行われた可能性は低い……と……」


 そう思っていたら、急に勢いを無くした殿下。その様子はまるで、いつにない自分の言動を客観的に見て冷静になり、急に恥ずかしくなった時みたいな感じだ。


「ご、ごめんなさい……っ 私などが余計な口出しを……!」

「まぁ、ちょっと驚きました。さっきまでとは様子が全然違いましたし」

「うぅ……恥ずかしい……。私ったらいつもこうで……本当に申し訳ありません……」

「いつも? というと、アレですか? さっきみたいに突然ハキハキ喋り出したりすることがあるんですか?」

「え、えっと……それは、その……」


 ユースティア殿下は真っ赤に染まった頬に両手を当てる。その様子は、花も恥じらうという言葉が似合う、可憐な乙女そのもので……。


「実は私……財政や情勢のこととなると、つい我を忘れてしまうんです……王族として、意見を求められれば答えなければなりませんから……」


 言ってることは、とても私と同い年とは思えないものだった。 

 そういえば、休憩してた時もやけに流暢に話してたっけ。王族として普通とは違う事を学ばないといけないんだろうし、魔導銃開発して魔物と戦ってる私が言えた事じゃないけど、この人も大概「普通の女の子」から外れてると思う。何だか親近感湧いた。


「でも参考になりました。殿下の読み通りなら、あちこち歩きまわらなくて済みますし」


 少なくとも、殿下の言い分には説得力がある。どのみち目ぼしい部屋は回らないといけなかったんだし、遅かれ早かれ屋内演習所には向かっていた。それが殿下のおかげで最速で答えに辿り着けるかもしれないんだから、感謝こそすれ怒る道理はない。


「でもそうなると、魔導錠の操作盤周辺は警備が厳重である可能性が高そうですね」


 今でこそ一般化されつつあるけど、魔導錠は元々、城や砦の防衛機構として開発された魔道具で、防衛の要になるとまで言われている。

 そんな代物なんだから、当然壊されないように警備は厳重にしているというのは、意識を集中して魔力感知の範囲を広げれば察しが付いた。


「改めて集中して辺り一帯の魔力を探ってみたら、ゾンビらしき魔力反応が密集している場所があります。多分そこに魔導錠の操作が設置されている……中に入ったら、大量のゾンビが出迎えてきそうですね」

「……そう、ですね。あれからかなりの時間が経過しました。オリバール子爵が目を覚まし、リック公子が異変に気付いていてもおかしくはないでしょう」


 無策で突入するのはあり得ない。ならどうするか……私は考え、ある作戦を思い付く。


「殿下、提案があるんですけど……」


 そうして私が口にしたのは、作戦と呼ぶには少しお粗末なものだけど、現状私が思いつく最善手だ。私自身の能力、これまで戦ってきたゾンビたちの能力、そして殿下が使える魔術……これらを客観的分析すれば、実行も不可能じゃない。


「ただし、この作戦が上手くいかず、殿下の命を危険に晒すような事態になる場合もあります。その時は――――」


   =====


「くそっ! 何と忌々しい! よもや侵入者が現れて、ユースティアを連れ去られてしまうとは!」


 オーロッソ砦の屋内演習所。その部屋の中央に、巨大なソファに近い形をした、全長にしておよそ3メートルほどの魔導錠の操作盤が鎮座しており、その周辺には人間、魔物問わずに、生命の息吹を感じることのない動く死体が佇んでいる。

 そんな、常人が見れば悲鳴を上げそうな光景の中で喚き散らかしているのは、ヴァレスタイン王家に名を連ねる王兄、エルムート・ヴァレスタインの嫡子であるリックであり、その怒りの矛先を向けられているのは、アルマに蹴り飛ばされて顔を腫らしているエドモンだった


「この責任は重大だぞ、子爵! しかも侵入者は女子供だと? そのような弱者に後れを取るなど、男として恥を知れ恥を!」

「も、申し訳ありませんっ! で、ですが聞いてくださいリック様、まさか4階の窓から直接入ってくるなど予想できなくて……!」

「言い訳は聞かん! もしユースティアに逃げられるようなことがあれば、貴様の命をもって償われると思え!」


 深々と頭を下げるエドモンに、リックは聞く耳を持たないと言わんばかりに癇癪を起し、エドモンの頭を握り拳でゴンゴンと叩く。

 それに黙って耐えているエドモンだったが、伏せてリックに見えないようにしている表情は、恥辱と屈辱、そして怒りで真っ赤になっていた。


(こ、この小僧が……! 少しは年長者を敬えないのか……!?)


 自分の蹴り飛ばしたアルマや、逃げたユースティアに対する怒りはもちろんあるが、今のエドモンの怒りの割合の大半は目の前のリックに向けられたものだ。

 大した力がないとはいえ、エドモンもまた貴族として生きてきた。いくら相手が公子とはいえ、自分よりもずっと年下の小童にここまでされては、エドモンのプライドを傷つけるのには十分すぎる。 


(どうしてこの私が自分の息子と大して変わらない年頃の小僧のご機嫌伺いなどしなくてはいかんのだ……! そもそも私の事をどうこう言えた義理ではないだろう!?)


 エドモンは気絶から目覚めた後、リックの安否を確認する意味も兼ねて彼と合流したのだが、その時のリックは砦内の一室に隠れてブルブルと縮こまっていた。ありていに言えば、侵入者が現れたと聞いて恐れたのだ。 


(無能の馬鹿公子の分際で……! 自分は侵入者を恐れてガタガタ震えてばかりだったくせに、私の事を悪く言うんじゃないっ!)


 エドモンは反王族派の一員として、旗頭であるリックとは昔から面識があるが、リックに敬意を覚えたことが一度もない。理由は単純に、仮にも王族の一員とは思えないくらいに小物だからだ。

 尊大なくせに臆病者で、偉ぶっているくせに無能の怠け者。そんなリック・ヴァレスタインという人間には、尊敬できる点がないのだ。


(だが焦るな……今ここで不評を買っては元も子もない……!)


 反王族派の目的は構成する面々ごとに異なるが、この無知で愚かなリックを王位に就け、傀儡政権に仕立て上げることで甘い蜜を貪り、かつての内乱の果てに王家に没収された数々の既得権益を取り戻すという一点だけは共通している。

 その中でもエドモンの関心はユースティア1人に向けられていた。エドモンの初恋相手である亡き王妃にして、ランドスター公爵家の令嬢であったフランチェスカ。その美貌を色濃く受け継いだ、13歳の幼さを残す姫君に。


(かつての私は、身分差ゆえにフランチェスカ様との婚姻を諦めざるを得なかった)


 少年時代、とあるパーティでユースティアの母であるフランチェスカを始めてみた時から一目惚れすると同時に執着していたエドモンだったが、国内有数の大貴族である公爵家の令嬢であったフランチェスカは、生まれて間もない頃には王家への輿入れが決まっており、エドモンが手だし出来るような相手ではなかった。

 仮に王家との婚約が無かったとしても、強い権威を持っている公爵家の令嬢と、貧しい子爵家の跡取りとではつり合いが取れなかっただろう。エドモンはフランチェスカへの恋心を諦めるしかなかったのだ。


(そんな時に出会ったのがユースティア殿下……私の新しい希望だった。それを突然現れたかと思ったら……!)


 フランチェスカによく似た王女はエドモンの獣欲の対象となるのには十分すぎた。しかしここでもやはり身分という壁が立ちはだかり、絶望していた時、ひょんなことにエドモンはエルムートを始めとした一部の反王族派がゾンビを使役し、現体制を覆そうとしていることを知る事となる。

 元々、オリバール子爵家は反王族派に属しているわけではなかったが、王族派という訳でもない。エドモンにとって、愛したフランチェスカそっくりの忘れ形見、新たな生きる希望であるユースティアを手に入れられるなら、現王に歯向かう事も否やは無かった。


(ここまで来たからには絶対に逃がさない……! 必ずやあの方を手に入れてみせる……!)


 その為に国に背き、王に背き、何年にもわたってエルムートやいけ好かないリックに全力でゴマを擦って、ユースティアの身柄を自由にしてもいいという許しを得たのだ。後もう少しでユースティアの全てを手に入れられそうだったのを横から搔っ攫われたエドモンの怒りは推して知るべしだろう。

 しかし、だからこそ冷静にならなくてはならない。エドモンは憤りを押し込め、顔に愛想笑いを張り付ける。


「で、ですがご安心くださいっ! 彼女たちがこの砦を出るには、ここにある魔導錠の操作盤に触れる必要があります! その周辺をこうしてゾンビ共に守らせておけば、あとは袋のネズミ状態! 捕らえるのも時間の問題です!」

「ふんっ。そこまで言うなら、結果で示せるのだろうな?」

「もちろんですっ! どうかお任せを!」


 この時のリックとエドモンの対応には穴はあるが、奇跡的に嚙み合ってはいた。

 普通なら魔術を駆使して壁を突き破り、脱出されてしまう事を警戒するものだが、アルマの能力やユースティアを守らなければならないという状況を考慮すればそれは難しく、操作盤をどうにかしなければ砦から出られないのは事実だ。


((所詮は女……石の壁を突き破るなど出来るはずがない))


 そんな偏見に満ちた決めつけではあったが、決して間違いという訳ではなかった。

 ……ただ一点、侵入者の持ち物の存在を一切考慮していなかったことを除けば。


「ギャアアッ!?」


 その時、大きな音が鳴ったのとほぼ同時に、リックの近くにいたゾンビの頭が弾け飛んだ。

 事態を全く理解できないまま、ほぼ反射的に音がした方……屋内演習所の木製扉に視線を向けると、いつの間にか穴が開いているのが分かった。

 いったい何が起こったのか? 扉の穴と弾け飛んだゾンビの頭部の関連性に気付けずにいると、目で追えないほどの速度で飛来する何かが、何度も何度も扉を突き破り、その度にゾンビの体を穿ち貫いていく。


「うわああっ!? うわあああああああああっ!? な、何だ!? 何だあああああ!?」

「ひいいいいいいいいいいいっ!?」


 これにはリックもエドモンも大混乱である。

 何らかの攻撃を受けているのは分かるが、彼らの視点から見れば、硬い木製の扉を何かが貫通する大きな音が鳴ったと思えば、周囲のゾンビの体に突然穴が空いたり、手足が千切れたりしているようにしか見えないのだ。恐怖するなという方が無茶な話である。

 リックたちは恐慌状態になり、少しでもその場から離れようとして、転がるように這いずりながら部屋の隅へと移動すると、唐突に攻撃の手が止んだ。


「はぁ……はぁ……お、終わった……のか……?」

「……あ、ああああああああああっ!? リ、リリ、リック様! あ、あれを……!」

「な、なんだ!? いきなり大声を出して……な、何ぃいいいいいいいいっ!?」


 そこでようやく周囲の状況を把握することができたエドモンが指さした先を見て、リックは絶叫する。

 ユースティアたちを砦に閉じ込めるための要……魔導錠の操作盤に無数の穴が開いて、その機能を停止させていたのだ。


 




――――――――――

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