時代の激動


 私は感知魔術を使って用具室周辺にゾンビがいないことを確認し、出来るだけ音を立てないようにそっと扉を開けて砦内を進む。

 今の私の感知魔術は客観的に見てもそれなりの範囲と精度を誇っているんだけど、砦の内外にはかなりの数の魔力反応(恐らくほぼ全てがゾンビ)を確認できた。正直、全てを避けながら砦内から脱出するのは無理だ。


「殿下、止まってください」


 そう思っている内に、さっそくゾンビの集団が進行方向上にいることを感知した。場所は曲がり角を曲がってすぐ、数は4体だ。

 迂回できるような通路もないみたいだし、ここは殲滅するのが正解だろう……そう判断した私は、ゾンビに気付かれないように曲がり角から様子を窺い、背負っていた魔導小銃の照準をゾンビの内の1体に向けて、不意打ちの魔力弾を発射。ゾンビの頭を吹き飛ばす。


「アアアアアアアアアアアッ!!」


 そこでようやく私の存在に気が付いたのか、残り3体のゾンビが一斉にこちらに向かって走って来た。

 ゾンビと言えばゆっくり向かってくるイメージがあるけど、【英雄騎士のブイリーナ】に出てくるゾンビはもれなくすばしっこい、いわゆるダッシュゾンビっていう奴だ。 死体が奇声を上げながら全速力で向かってくる絵面は、生理的嫌悪感を合わさって生で見ると迫力が凄い。実戦馴れしていない兵士だと絶対にテンパると思う。


(ま、私は慣れてるけどね)


 この3年間で、私は人間のゾンビから魔物のゾンビまで、走り回って襲い掛かる野良の死体を何体も相手にし、その全ての勝利してきた。

 その経験に裏打ちされた冷静さを保てていることを自覚しながら、私は両手に持った二丁の魔導拳銃で性格にゾンビたちの頭を撃ち抜くことに成功。

 頭に風穴が空いたゾンビたちが完全に動かなくなったのを確認し、殿下の傍に戻ろうとしたその時、こちらに向かって猛スピードで向かってくる魔力を感知した。


「ガアアアアアアアアアッ!!」


 汚い鳴き声を上げながら、床ではなく壁を走って私たちの方に向かってきたのは、人間くらいの大きさをした狼型の魔物……そのゾンビだ。体の殆どがむき出しになった骨と肉なのに、走って私たちに襲い掛かってきたらしい。

 生物学的に考えればあり得ないと思うけど、この世界は剣と魔法のファンタジー異世界。地球の常識で考えるだけ無駄な事だ。

 そんな狼ゾンビは、一番近くにいた殿下を攻撃しようと彼女の方に向かって突っ込み、結界に弾かれた。それでも懲りずに殿下を襲う狼ゾンビの元まで、私は一気に間合いを詰める。


「死ねっ!!」


 間髪入れずに狼型ゾンビ蹴り飛ばし、壁に叩きつけれて床に倒れたところを踵落としで思いっきり頭を踏み砕く。

 魔力弾だって無限に撃てるわけじゃない。魔力を節約できるところは節約していかないと、いざって時に魔力切れになったら困る。


「お待たせしました、殿下。怪我はありませんか?」

「わ、私は大丈夫、です。それよりも、アルマの方こそ怪我はありませんでしたか……?」

「見ての通り、掠り傷1つないんで大丈夫です」


 嘘でも何でもなくそう言うと、ユースティア殿下は安堵の溜息を零し。両手を胸の前で組んで真摯な声色で呟いた。


「……ありがとう、守ってくれて」

「あー……いえ、それほどでも」


 守るために戦ってお礼を言われた……字面を見れば当たり前のことなんだけど、私は少しだけ返事に困った。

 なにしろ、私はこれまで自分本位で戦ってきた人間だ。今だってそう……自分が胸糞悪くならないためにこうやっている。

 だというのに、こうも純粋にお礼を言われるとどう反応すればいいのか分からなくなるじゃん。


(……悪い気はしないけど)


 慣れない経験に何だかむず痒くなりながら、私は移動を再開するのだった。 


   =====


 それから何度かゾンビに遭遇しながらも、私たちは2階にまで降りることができた。

 本当だったら窓か何かを見つけて飛び降りたかったんだけど、軍事拠点なだけあってか、侵入経路になりかねない窓とかは徹底的に排除されていて、代わりに人1人も通れない程度の大きさしかない、外の様子を見たり攻撃魔術の発射口に使われていたであろう穴しかない。

 唯一窓が確認できたのは殿下がいた場所……司令官とか身分の高い人間が寝泊まりする為の部屋だったんだろうけど、あの辺りは既に外から入り込んできたゾンビだらけだし、今から戻るのは無茶だ。


(壁を壊して外に出ようにも、元々は砦なだけあってかなり頑丈そうだし)


 少なくとも、今の私の身体強化じゃ壊せそうにない。魔導銃は貫通力を突き詰めた分、物体を大きく破壊する事には不向きし、何が起こる変わらない状況で悪戯に魔力を消費するのはリスクが高すぎる。


(……地属性魔術を使って壁に穴を開けるっていう選択肢もあるんだけど)


 この世界の金属加工には、鉱物全般を操る地属性魔術が使われていて、魔導具製造の為に工房長から直々に教わっている。本来なら私の魔力は大気に触れることで霧散してしまうんだけど、地属性魔術に関しては少し例外で、対象となる鉱物を直接手で触れていれさえすれば、魔力が大気に触れることなく鉱物の形を変えることができるのだ。

 それと同じ要領で壁に手を当て、地属性魔術を発動してみたんだけど、石造の壁は1ミリも変形しなかった。


(やっぱり、対魔力石材か)


 海外から魔術が伝わり、戦争で使われるようになった頃、地属性魔術は攻城戦において猛威を振るっていたという。

 城塞に使われている石材を外部から自在に操ることで城塞そのものを崩壊させ、内部の敵兵ごと一網打尽に出来たからだ。

 そんな地属性魔術への対抗策として魔力の影響を受けにくい人工の石材……対魔力石材が開発され、のオーロッソ砦は全体的に対魔力石材が建築に使用されている。


(地属性魔術への適性が高ければゴリ押しで壁に穴を空けれるかもだけど、私は地属性への適正が無いしなぁ)


 それにしても、この砦。いざ歩いてみると複雑な構造をしている。ただっ広い上に道も複雑だし、階段も1階から4階まで直行できるような親切設計ではなく、階ごとにバラバラに設置してあって、侵入者が簡単に進めないようにされてやがる。

 ……となると、そろそろ気になってくることがある。


「ユースティア殿下、そろそろお疲れでしょう。丁度隠れるのに適した部屋を見つけたので休憩しましょう」


 ただ道を歩くだけでも、これだけの広さだ。特に鍛えていない一般人ならそれなりに体力を消耗する。しかし何よりも気掛かりなのは、殿下の精神的な疲労だ。

 何しろ、ここに来るまでの間に何体ものゾンビと戦う羽目になった。動く死体がいつ襲い掛かってくるかも分からない緊張感、そのゾンビを倒す過程でぶちまけられる臓物と血というショッキングな光景……殿下は文句の1つも零さず気丈にも付いて来てくれてるけど、どこかで休まないと脱出まで気力がもたないかもしれない。


「い、いいえ。私は大丈夫……ですっ。これ以上、貴女の足を引っ張るわけにはいきません……っ」


 そんな意図で提案した私に、殿下はこれまで見せなかった確固たる様子で首を横に振る。

 これまでの言動から察していたけど、私に対して後ろめたい気持ちがあるんだろうな。そういうところは嫌いじゃないけど、今は聞き入れてもらわないと。


「だからこそです、殿下。休めるタイミングで休まないと、いざっていう時に体力が足りなくなる。……かくいう私も、魔力の回復をしておきたいですしね」

「……わかり、ました」


 私の言葉に嘘が無いと思ったのか(実際、言っていることは本当)、殿下は少しの間だけ悩んだ後、私と一緒に小さな角部屋に入る。

 どうやらここは資料室のようで、中には本やファイルが収められた棚がいくつも置かれていた。魔力感知でもゾンビは近くにいないし、寄ってくる気配もない。休むには絶好のタイミングだと思った私は、上着の内ポケットから残り物のクッキーと水入りの小瓶を取り出して殿下に渡す。


「今の内に水分と栄養補給を。私の食べ残しで恐縮ですけど……」

「い、いいえ。ありがたく頂戴します」


 殿下は安物のクッキーと温くなった水を嫌な顔をせずに受け取ると、数枚あるクッキーを半分こにして私に返してきた。


「えっと……全部食べても大丈夫ですよ。ここに来る前に私も食べましたし」

「いいえ……っ。貴女には最も辛く、過酷な役回りを押し付けているのです。どうかこれだけでも食べてください……っ」


 何やら必死な様子でジッと私も見つめてくる殿下。

 ……何だろう、すごい断りにくい。本気でこちらを案じているのだと伝わってくるからだろうか? これ以上遠慮するのはかえって悪い気がしてくるし、押し問答するのも気力と時間の無駄か。


「それじゃあ、ありがたく」


 そう言って受け取ったクッキーを丸ごと1枚口の中に放り込んでバリバリ咀嚼する私に対し、ユースティア殿下は小動物のようにクッキーを両手で持って大口を開けることもなく、少しずつ齧っている。

 そういうちょっとした仕草も気品というか、上品さを感じさせる人だ。ここ3年、男所帯で生活して品と柄が悪くなった私とはえらい違いである。


「……あの、殿下。込み入ったことに首突っ込むんで答えなくてもいいんですけど、聞いてもいいですか?」

「は、はいっ。何でしょう……?」

「ぶっちゃけ聞きますけど、何で殿下って誘拐されたんですか? 王族を敵に回すヤバさは私にだって分かるんですけど……」


 ここまで短い付き合いだけど、ユースティア殿下は気弱でも、極限状態にあって他人を思いやれる優しい人だってことは分かる。

 それだけに理解できない。レイプされかけたのはまぁ、これだけ可愛かったら狙ってくる男は多いかもしれないけど、殺されるほどの恨みを買うような人にも見えないのだ。


「そう、ですね……王家の恥を晒す話になりますが、巻き込んでしまった以上、貴女にも知る権利はあるでしょう」

「いいんですか? 自分で聞いといてなんですけど、半分は興味本位ですよ?」

「はい。元々、国内の有力者の間では周知されている事ではありますから……」


 そういうと、ユースティア殿下は姿勢を正して真っ直ぐに私の目を見据えながら口を開いた。


「ゴールドバーグ卿から聞いたのですが、アルマは宮廷魔導士を目指しているのでしたよね……? でしたら今、我が国ではいくつもの政策……特に身分や性差に基づいた雇用の制限緩和に関しても知っていると思うのですが……」

「ええ、もちろん」

「それらの政策は元々は、隣の帝国に対抗する為のものだったんです」


 殿下曰く、男尊女卑や身分差別が問題なく許容されたのは一昔前のことで、エルドラドと競合関係にある西の大国、ニルヴァーナ帝国は革新的な政策の元、性差身分問わずに優秀な人材をかき集め実力主義の社会を築いているらしい。

 初めはあまりにも急進的な政策に嘲笑すら向けられていたニルヴァーナ帝国だが、結果としては改革は成功し、ここ50年ほどの間に帝国の国力は急激に増加。その思想はエルドラド王国を含めた近隣諸国に爆発的に広まり、多くの人が権利を主張するようになった。


「まぁ単純に考えれば、働く人間を増やせば戦力上がりますしね。そこら辺の差で隣国に後れを取ったと……そういう事ですか?」

「その通りです……。帝国を発端とする民主化、近代化の波はもう止められないでしょうし、パワーバランスが釣り合っていた隣の大国に水を開けられることもエルドラド王国としては良しとはできません。我が国は慎重かつ確実な改革が求められました」


 平民や女だからってバカじゃない。世界の半数が女であり、大多数が平民だ。自分たちがいなくなれば文明そのものが滅ぶという事なんて、少し考えれば分かる事。

 子供を産んで人口を保つ要である女は言わずもがな、税金や衣食住の準備をして生活を支える平民は王侯貴族とって運命共同体。それに気付かれたからこそ、彼ら彼女らが蔑ろにされないために力を求めるのは避けようのない時流であり、その結果が私みたいな女でも宮廷魔導士になれる新制度ということのようだ。


「時流に乗るために王家主導の元行われた政策は少しずつ実績を出し、近年ではゴールドバーグ卿を始めとした平民出身の重臣や女性文官が誕生しましたが、誰もがその変化を喜んでいる訳ではありません」

「あー……それは身に覚えあります。私も「女のくせに生意気だー」って、色んな奴に突っかかれたことありますし」

「……どれだけ理屈と利益を説いても、最終的に人を動かすのは感情ですから、誰しもが新制度に馴染んでくれるとは考えておりませんでした。貴女が接してきた方々もそういう類の人間なのでしょう。……それでアルマを始めとした民草に迷惑をかけたのは申し訳ない限りですが……」

「いや、それは別にいいんですよ。おかげで出世が望める世の中になりましたし」


 例えるならアレか、ガラケーや現金払いに固執し過ぎて、スマホやカード決済に乗り換えられないみたいな感じか。人間のそういうところは世界が変わっても同じらしい。


「そんな女性や平民の台頭に反対する主だった者たちがいます。それが私と王位継承権を争っている従兄……リック公子を始めとした古参の地方貴族たち……いわゆる、反王族派と呼ばれる面々です」

「リック公子……今回の誘拐事件の首謀者ですね?」


「国の重職は貴族だけで固め、女は出しゃばらずに家のことだけやればいい。今までそれで上手くいっていたのだから」……それが反王族派の主張であり、リック公子はそう言った貴族たちの旗頭でもあるそうだ

 言ってしまえば、昔の栄光と特権を惜しむ保守派の勢力が王家の改革案に反対し、リック公子を次期国王にと推しているというわけか。


「民主化が進めば王侯貴族の力は間違いなく弱まりますから、反王族派が改革に反対するのも分かります。ですが彼らの主張を通せば、貴族と民衆の対立を招きかねませんし、その隙をニルヴァーナ帝国は決して見逃しません。今こそ変革の痛みを乗り越えるべきですが……結果として身の危険に晒されるようでは、笑い話にもなりません……」


 自嘲するように眉尻を下げるユースティア殿下の眼には自責の念が浮かんでいた。自分のみならず私を巻き込み、聖騎士たちが命を散らしたことを気にしているのだという事は、私にも分かる。


「本当なら、私がしっかりしないといけないんです……他の誰でもない、私が……っ」


 そう言って俯いたユースティア殿下は、自分の両手を肌が白くなるくらい強く握る。

 まるで自分の言い聞かせているみたいな、溢れ出しそうな激情を必死に抑え込んでいるかのような様子に、私は何も声をかけることができなかった。


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