罵倒・罵倒・罵倒


 前世でゲームとかやってて、ボス部屋に入ってボスと戦う時、メタ的な事を考えたことがある奴は多いと思う。


 ――――これ、ボス部屋の外からボスを無傷で倒しちゃ駄目なの? ……と。


 リアルに考えるとそれが最善手だ。わざわざ厄介な敵と真っ向勝負するよりも、安全地帯からボスを倒した方がいいに決まっている。厄介な敵が待ち構えていると分かっていて、誰が正面から入りたいのかと。


(私が今やったのは、つまりはそういう事だ)


 屋内演習所の扉から真っすぐ進んだ先にあるT字路の突き当り。私はそこに陣取って、操作盤を壊すために魔導小銃で演習所の中を狙撃したのだ。

 もちろん、一射で操作盤を壊せるとは思っていない。しかし、私の本命は扉に覗き穴を開けること。そうすれば遠見の魔術と併用して部屋の中を覗き込み、操作盤の有無と位置を確認できる。


(そうなれば後はこっちのもの)


 操作盤の大まか位置さえ把握してしまえば、後は操作盤が壊れるまで魔力弾を撃ち込めばいい。

 高い貫通力を持つ魔導小銃なら、扉とゾンビを貫通してもなお、操作盤に穴を開けることができる……そう踏んだ私の予想は的中し、10発ほど撃ったところで操作盤が完全に沈黙。砦の正面出入口を覆っていた魔力の反応が消えたのを確認できた。


「出口を覆っていた結界が消えた……! 殿下、しっかり掴まってください!」

「はい……っ!」


 ユースティア殿下を背中に背負い、倉庫で見つけたロープで固定した私は、すぐさま正面出入口に向かって走り出す。

 

「すみません殿下、荒っぽいやり方で! スカートの裾も裂いちゃいましたし……!」

「だ、大丈夫、です……! 必要な事ですから……! で、でも……できれば意識させないでもらえると……っ!」


 私と殿下の身長はほぼ同程度。普通に背負ってたら足を引きずってしまうから、足を曲げてもらう必要があるんだけど、そうなるとスカートが邪魔になるので結構豪快に裾を引き裂かせてもらった。チャイナドレスのスリットを開く感じで。

 今の殿下はニーソックスで覆われた太腿が丸出しという、ちょっとアレな状態である。王族ともなるとそこら辺の貞操観念とか平民とは全然違うだろうし、現に殿下は顔が真っ赤っかだ。


(でも確かに、今はそれどころじゃないか……!)


 恥とか外聞とか言っている場合じゃない。私はそう割り切って全速力を維持したまま正門出入り口に辿り着き、門を蹴り開けて外へと飛び出す。


「よしっ。後は木や屋根を伝って城壁を越えれば……っ!?」


 その時だった。砦内から大きな破砕音……恐らく壁を突き破る音を立てながら、一体分の魔力反応がとんでもないスピードで私たちの方に向かってきたのは。

 思わずそちらに方向に振り向くと同時に、巨大な物体が壁を粉砕して外へと飛び出してきた。大きさにして3メートルは優に超えているだろうか……私と殿下はそれを見て呆気を取られる。


「なぁ……っ!?」


 現れたのは、全身変色した膨大な筋肉繊維が剥き出しになっている異形のゾンビだった。

 全体的なシルエットは人間に近いんだけど、腕は4本で、その先端には金属製の巨大な刃が組み込まれているし、全身ツギハギだらけの巨人。しかも弱点である頭部は、鉄製の装甲で覆い隠されている。

 そんな悍ましさを感じさせる見た目のゾンビは、目も耳も覆われているにも拘らず、正確に私たちに方に顔を向けるや否や、その巨体からは考えられないスピードで間合いを詰めてきた。


「シャアアアアアアアアアアアッ!!」


 振り下ろされる刃付きの腕4本から全力で距離を取って回避するとほぼ同時に、奴の攻撃は地面を大きく割り、大量の土煙を巻き上げる。

 その威力にゾッとすると、土煙を吹き飛ばしながら再びこちらに向かってくる。それに対して私は魔導小銃を構える迎撃の体勢を取った。

 狙いは脳があると思われる頭。放たれた魔力弾は真っ直ぐに異形のゾンビの頭部に向かっていったが、奴の頭部を覆う装甲が難なく弾いてしまった。


「間違いない……アルマ! アレが聖騎士団を殲滅した怪物です!」


 マジかよ……慌ててバックステップをし、何とか回避に成功した私は内心で愚痴を吐く。

 現れることは覚悟していたけど、想像以上の威圧感。明らかに他のゾンビとは違う。強さもそうなんだけど……あの頭の装甲、相当頑丈みたいだ。これまで試し撃ちに使ってきた鎧兜よりもよっぽど良い金属を使っている。


「はぁ、はぁ……や、やっと追いついたぞ……!」

「リ、リック様、おま、お待ちを……ゲホゲホッ!」


 そうこうしている内に、大量のゾンビを従えたエドモン、そしてリックと呼ばれた優男が走って来た。普段から運動をしてないのか、あの程度の距離でも息は切れているが、その後ろに控えるゾンビ共は厄介だ。


「女の分際で、よくも僕に手間を掛けさせてくれたな! 貴様は許さん……絶対に許さんぞ!」

「はっ。許してもらわなくても結構。こちとら頭下げる気はサラサラないんだから」


 鼻で嗤ってからそう言い返すと、リックたちはギョッと目を見開いてからワナワナと怒りで顔を真っ赤にする。

 ……その様子を見ながら、私は背負っている殿下に片手で触れて合図を出した。


「き、貴様! どこの下賤な庶民かは知らんが、こちらにおわす方をどなたと心得る!? 恐れ多くもヴァレスタイン王家の一員であるリック・ヴァレスタイン様であらせられるぞ! そのような口の利き方をしてもいいと思っているのかぁっ!?」

「あぁ? だから何だってのさ? こうなったらもう私らの間で上下関係なんて意味ないでしょ」


 即答すると、エドモンは今度こそ呆気を取られたのか、口をパクパクさせながら唖然としている。まぁ向こうは王侯貴族、平民にこんな態度を取られたらそうなるのも無理はないかもしれない。 

 私だって、基本的に目上の相手には敬語を使うようにはしているけど、事ここに至っては、こいつらに一々敬語を使ってやるのも面倒くさい。

 どうせ謝ったって許されないんだろうし、そもそも謝るべきとも思わない。


「ど、どうやら所詮は庶民というべきか……。無知蒙昧もそこまでくれば哀れなものだな……っ」


 そんな私の態度がよほどトサカに来たのか、リックは頬をピクピク動かしながらも、怒りを抑えてさも「余裕があります」みたいな振る舞いで問いかける。


「僕こそが未来のエルドラド王国の頂点に立つのに最も相応しい男! いわば将来的に貴様たち国民を支配すべき人間という訳だ! それを知れば、この僕に歯向かう事がどれだけ愚かな選択なのか、無知で下賤な庶民にも分かるだろう?」

「相応しいって……何でそうなるわけ? 普通に考えたら、次の王位に一番相応しい立場にいるのはユースティア殿下でしょ」


 順当に考えれば、陛下の実子であるユースティア殿下が女王になる。法的にもそう認められているし、王位継承権1位を与えられているのが何よりの証拠だ。

 そりゃあ、気弱で押しが弱そうなところがあるなーとは思うけど……それだっていくらでもカバーのしようがあると思うし。


「このまま真っ向から権力争いしても勝てない。だから殿下を誘拐……行方不明することで王位に就けないようにしたんだと思うんだけど、違うの?」

「だ、誰が真っ向からだと勝てないだ!? こ、この僕が女なんかに負けるわけないだろ!?」


 やけに慌てながら否定しているリック。その態度を見ただけもうお察し感が凄いんだけど……。

 

「女や平民なんてどいつもこいつも大した責任を持たないお気楽な立場の奴ばかり! 領土を統治する王侯貴族の男とは、背負っているものが違う! 従って、女の社会進出なんていう愚かな政策の象徴であるユースティアに、王位は相応しくないんだ!」


 お気楽な立場とは随分な言いようだ。そりゃあ私だって、貴族の男の事情なんてよく分からないけど、それ以外の奴が何にも背負っていないなんて言い草は遺憾である。

 こうやって話してみて、私はこの男とは相容れないという事が理解できた。少なくとも、リックが王位に就けば、宮廷魔導士になるという私の目標が頓挫してしまう。

 改めて魔導小銃を両手で握り、いつでも銃口を向けれるようにすると、リックたちはいい気になったかのような下卑た笑み浮かべる。


「それにその女が次の王位に相応しい? はははははっ! 自らの行いで母親を殺した、その女がか!?」


 人の傷口に塩塗れの手で無遠慮に触るようなその物言いに、背中のユースティア殿下が大きく震えたのが分かった。


「母親って、7年前に亡くなったフランチェスカ王妃殿下のこと?」


 ユースティア殿下の母親であるフランチェスカ殿下は、女性や平民の社会進出に向けた政策を提案し、実現に漕ぎ着けた有名人だ。

 行動力と能力を兼ね備え、大勢の人から慕われていたらしく、この男尊女卑社会なエルドラド王国で、王妃とはいえ女性の立場であったにも関わらず、私を含めた国中の女性の可能性を切り開いた人だったんだけど、私がその事を知った時には、当の本人はすでに亡くなっていた。


「でもそれって確か、視察の途中で魔物による襲撃に見舞われた不幸な事故みたいなもんだったんでしょ? それがどうしてユースティア殿下のせいになるのさ」

「くくく……確かにその通りではあるが、より正確に言えば、王妃はそこにいるユースティアをゾンビから庇って死んだんだよ!」


 その言葉に、私の肩を掴む殿下の手の力が強くなったのを感じる。その上で何も言い返えせずにいるという事は、つまりそういう事なんだろう。


「そうなったのも全て、ユースティアが我がままを言って視察について行きたがったのが原因なのさ! 王妃も無念だっただろうなぁ……お前のような女さえいなければ、死ぬこともなかったというのに! もっとも、男を立てることもできないような出しゃばり女の末路には相応しいかもしれないが!」

「確かに、そこはフランチェスカ王妃の欠点ではありましたな。大人しく城の中にいればよかったものを……はははははっ!」

  

 正直な話、私はフランチェスカ王妃の事をよく知らない。確かに私とっても恩人と呼べる人ではあるけど面識が無かったし、目の前の2人がどれだけ王妃に対する嘲りの言葉を吐こうと、正直反応に困る。

 でも……今こうして私の背中で泣きそうになっているのを必死に堪えている、娘の目の前で言っていいようなセリフじゃないっていうのが分かる。

 

(そもそもこいつら、さっきから露骨に殿下のトラウマをわざと抉るような物言いをしている)


 事情を知っていて、その事が殿下の負い目になっているのも知った上で、わざとニヤニヤ笑いながら母親の死を殿下のせいにしているんだろうってことは、すぐに察しが付いた。

 そんな性格がクソな妄言を聞き続けるのもいい加減に限界だ。


「そういう訳だ。実の母を死に追いやるような人殺しに王位は相応しくない。今跪いて数々の非礼を詫び、許しを請えば、奴隷として命だけは保証してやってもいい……それが理解できたなら、おとなしくユースティアの身柄をこちらに渡せ! 分かったな!?」

「分かるわけないでしょクソバカ」

「ク、クソバカァッ!?」


 私の今までの人生で、これ以上ないくらいに自然と飛び出してきた悪口に、リックはやたらとショックを受けたような顔になった。


「さっきから黙って聞いてれば、そんなアホみたいな条件飲むわけないでしょーがアホンダラ! 寝言は寝て言えスカタン! 頭の中身全部交換して、1から人生やり直せボケナスが!」

「ア、アホ!? ス、ス、スカタっ!? ボケナス!?」

 

 次々と浴びせる暴言の数々に圧倒されるリック。

 まぁ見るからに甘やかされて育った感のある奴だ。恐らくこれまでの人生でここまでボロクソに言われたことが無いのだろうし、その証拠に怒りと屈辱で顔を赤くなっている。


「お前みたいなゴミクズが貴族とか世も末だわ! そんなに敬ってほしけりゃ、それに見合うだけの徳ってのを身に付けてから言えや害虫野郎! 存在自体がふざけやがって……あんまり不快な面晒してると、キンタマ擦り潰して豚の餌にすんぞっ!」

「き、貴様……! ひっく……き、きしゃ……えぐっ……貴様ぁ……!」

「おーおー、良い歳した男が5歳も下の小娘に言い負かされて泣かされるとかマジでダサいわ。泣けば全部チャラになるなんて思い上がんなよ王家の産業廃棄物がっ!」


 怒りと屈辱が限界を超えて、ついに泣き始めたリック。自分は好き放題言っといて、いざ他人から雑に詰られただけでなくとか、とんだ豆腐メンタルだ。


「きしゃ、貴様ぁ! 下賤な小娘風情が、僕を……えぐっ……僕を愚弄すりゅなぁあ! うえっ……ひっく……! 僕、僕はぁ……! お、王家の人間なんだぞ!?」 

「御大層なご身分でもなけりゃ、あんたの言う下賤な小娘を言い負かすこともできないって? 笑わせんなクソッタレが」

「き、き……貴様……貴様ぁ……! 僕を……僕を侮辱するなぁああああああああっ!!」


 リックの激情に反応したのか、これまでの騒ぎを聞きつけたのか、砦中から無数のゾンビが集結して私たちを取り囲み始める。

 その数はおよそ数十体……目の前の異形のゾンビも含めれば、真っ向勝負を仕掛けても勝ち目が無いのは明白だ。


「殺せぇえ! ユースティアもろとも、その無礼千万な小娘を今すぐ殺せぇええええええ!」

「リ、リック様!? お待ちを! ユースティア殿下は私の――――」

「うるしゃいうるしゃいうるしゃああああああああいっ!」


 エドモンの制止を振り切ってリックが命令を下すと同時に、ゾンビたちがこちらに向かって一斉に殺到する。

 このまま接近を許せば数秒足らずで私たちはミンチにされるだろう、圧倒的な物量攻撃を前にして、私は両膝を大きく曲げた。

 準備はすでに整った。言葉の刃で斬られながらもユースティア殿下が準備をしてくれたのは、すでに感知済みだ。

「行きますよ殿下、しっかり掴まって!」


 異形のゾンビが誰よりも早く仕掛けてきた攻撃を躱すように、私は殿下を背負ったまま思いっきりジャンプした。

 跳んだ先にあるのは何もない空中……ではない。大きな板状の結界が上空に浮かんでいて、私はそこに飛び乗ったのだ。

 

「殿下、想定した通りです。これから戦闘になります」


 砦の外に出たからと言って、そのまま絶対に王都まで戻れると楽観していなかった。どうしても戦わないといけない展開も、あの異形のゾンビのような強力な敵が現れることも予期していた。

 だからそういう展開に備えて、ユースティア殿下に安全な避難場所を作り出す方法……上空に結界を作り出してそれを足場にする魔術式を教え、待機してもらう事にしたのだ。こればっかりは、私の体質ではどうにもできない。

  

「あの異形のゾンビのスピードは私より速い。奴を倒さない限り、この場から逃げることもできません……だから私がどうにかします。その間、殿下は結界を双円錐形になるように展開し自分を囲ってください。そうすればゾンビが跳びかかって来ても乗るところが無くてそのまま落ちますから」

「アルマ……私は……」


 縄を千切って板状の結界の上に降ろした殿下は私の服を指で抓む。まるで触っているだけのような、簡単に振りほどけるくらいの力で。

 この指にどんな葛藤が込められているのか、何となく分かる。でも私は、その気持ちに応えてやるつもりは毛頭ない。


「殿下、私は貴女の事情とか、王妃殿下の事情とか、そういうの全然知りません。今この場にいるのだって大した理由があるわけでもないですし、私1人だけ逃げようと思えば逃げれるんです」

「でしたら……っ」

 

 何かを言いかけた殿下の唇を人差し指で塞ぎ、彼女を心配させないように強がりでも何でもいいから不敵な笑みを浮かべてやる。

 この場で問答している時間はない。けれど、これだけは伝えておきたかった。


「でも勝ってきます、殿下。自分で選んだ道に悔いを残さないために」


 私は殿下の事をよく知らない。だからこの人の為になんて安っぽいセリフは言えない。それでも、私はいつだって自分の道は自分で選んで進んできた。

 あの馬鹿野郎どもの鼻を明かして、2人で生き残る未来を掴む。そんな私が望んだ選択を邪魔する奴を暴力で捻じ伏せる為に、私は魔導小銃を背負い直し、ホルスターの魔導拳銃二丁を引き抜いて結界から飛び降りた。



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