王都への帰還


 時は少し遡り、エルドラド王国の王都、バルフレイ宮殿。

 代々王族の威光を民に知らしめてきた絢爛な城の廊下を早歩きで歩いていた、国王であるオーガスト・ヴァレスタイン・エルドラドは血が出るほど拳を握りしめ、忸怩たる思いを抱えながら執務室に入るなり、一番近くにいた補佐官に問いかけた。


「……我が娘、ユースティアの行方は掴めたか?」

「申し訳ありません……目下、捜索中です……!」

「……そうか」


 始まりは、視察から帰ってくる予定だった王女、ユースティアが到着予定時刻になっても王都に現れなかったことだ。

 その事を不審に思った門番が上に報告し、人が派遣されてようやく、何者かの手によって護衛部隊を務めていた聖騎士団の一隊が殲滅させられ、ユースティアが誘拐されたことを知った王国政府は混乱を極めることとなった。

 可能な限り速やかに聖騎士団や王国軍を動かしはしたが、巨大な組織というのは得てして動かすのに時間を要するもの。政府の行動は遅れに遅れ、今現在もユースティアの行方の手掛かりは掴めていない。


「陛下、どうかご自重を……! 今現在、聖騎士団及び王国軍の総力をもって王女殿下の捜索にあたっておりますゆえ……!」

「分かっている……分かっているのだ……!」


 国王の内心を察したかのように自重を促す補佐官の言葉に、オーガストは奥歯を噛み締めながら自らの行動を律する。

 本音を言えば、今すぐにでも城から飛び出して探しに行きたい。オーガストにとって娘とは、単なる次期後継者候補というだけではないのだ。

 永遠の愛を誓った亡き王妃、フランチェスカとの間に授かり、13年の時を共に過ごしてきた愛する家族。王とはいえ、1人の父親としての情をきちんと持ち合わせているオーガストの内心は至極当たり前のものだ。

 

 しかし、王だからこそ易々と動き出せないのも事実。ユースティアに続き、オーガストの身にまで何かがあれば、この国は崩壊の一途を辿ってしまう。そうなれば幾億もの国民の未来も道連れにしてしまうのだ。

 それが分かっているからこそ、オーガストは自分の無力さを噛み締め、娘の無事を祈る事しかできずにいた。


「陛下! 失礼いたします!」


 そんな時、やけに慌てた様子の補佐官が執務室内に飛び込んできた。

 王城でそのような大きな音を立てるなど、常ならばあり得ない行動に呆気を取られていると、部屋に飛び込んできた補佐官は表情に喜色を滲ませながら口を開く。


「先ほど、オリバール領の聖騎士団支部に殿下ご自身からの連絡を受けたとの報告が上がりました! ユースティア王女殿下は、ご無事です!」


   =====


 ふと、目が覚める。

 若干意識が朦朧としながら、視線だけで辺りを見渡すと、私はガタゴトと揺れる馬車に乗っていたことを思い出した。


(あぁ、そうだ。オーロッソ砦から帰る途中なんだった)


 その場で応急措置を受けて、それから迎えの馬車に乗り込んで、疲れて寝てしまったんだろう。

 ……それは良いとして、何かやけに良い匂いがする。砂糖や香料とは違う、どことなく牛乳っぽい甘い匂いだ。それにこのサラサラでフワフワな感触の銀色の髪って……。


「……うおっ!?」

「わっ!? ……あ、目が覚めたのですね、アルマ」


 驚いて勢いよく跳ね起きると、ユースティア殿下が私のすぐ横に座っていた。どうやら私は寝相で殿下にもたれ掛かってしまっていたらしい。


「すみません、殿下っ。王女様にもたれ掛かるとか……」

「いいえ、どうか気にしないでください。本来なら病院に直行しなくてはならないところを、無理を言って付き合ってもらっているのはこちらなのですから、このくらいさせてください」


 そう言われて、私は眠る前に殿下と交わした会話の内容を思い出す。

 今回の事件での私の役割はまだ終わっていない。最後の最後に、ちょっとやらないといけない事があって、それは私じゃないとできない事だ。

 それも殿下側の事情としてだけじゃない。私自身の事情という意味でも。


「……それに、肩くらいならいつでも貸します……その……と、友達、ですし……」

「お……おぉう……そ、そっすね」


 ……何だろう。こうも恥ずかしそうに、でもどことなく嬉しそうに言われるとこっちまで照れてくる。

 気恥ずかしくなって窓の外に視線を背けると、街灯が立ち並ぶ王都の大通り、その街並みが見えた。


「帰ってこれましたね……王都に」

「……えぇ、本当に」


 なんだか不思議な気分だ。王都の外に出て活動するなんて、魔物相手の実践訓練をしている私からしたら日常でしかないのに、まるで何日も王都に戻れていなかったみたいな懐かしさを感じる。

 それはもしかしたら、殿下も同じなのかもしれない……なんて思っていると、馬車のドアからコンコンというノックの音が聞こえてきた。


「大変お待たせ致しました、王女殿下。ただいま城の前まで到着いたしましたので、ご降車をお願いいたします」


 馬車周りを護衛しながら付いて来ていた聖騎士団員がそう言いながら扉を開ける。

 先に人の手を借りながら丁寧に馬車から降りる殿下に続くように、ピョンッと馬車から飛び降りた私は、眼前に聳え立つバルフレイ宮殿を城門前から見上げる。

 王都に住み始めて3年が経つけど、中央区にあるこの城の前まで来たことはなかった。王都が広すぎるっていうのもあるし、単に用事も無かったから。


(でも改めてこうして見ると、でっかい城だわ)


 侵入を阻む城壁だけでもこの高さだ。誰もが自由な行き来をできる城壁前からじゃなく、限られた人間しか入れない城壁の内側から見た城はどれだけ迫力があるのか。

 

「ユースティア!」


 初めて行った友達の家が想像以上にデカくて委縮する小学生みたいな気持ちを味わっていると、城門から短い金髪の男が飛び出してきた。

 仕立ての良い服を着て、城から出てきたこと。そして王族である殿下の事を呼び捨てにしていたことから、あの人の招待は察して余りある。


「……ただいま戻りました、お父様。余計な手間をお掛けして、申し訳ありません」


 両手を前で組んだ殿下は自分のお父さん……国王陛下に対して頭を下げて、やけに丁寧に謝った。

 上流階級だと当たり前なのか、平民の目から見ると他人行儀な振る舞いを見て、私はオーロッソ砦で殿下が話してくれたことを思い出す。

 生きて城まで送ったのは良かったけど、もしも親子関係に致命的な問題があったらどうしよう……そんな不安は見当外れなのだと、すぐに分かった。


「よくぞ無事に戻ってきた……っ」


 一も二もなく娘との再会を喜び、殿下の華奢で小さな体を抱きしめる陛下。

 傍から聞いていても湿っていると分かる声に思うところがあったのか、おずおずと父親を抱きしめ返す殿下を見て、私はホッとした。


(よかった……杞憂だったじゃないですか、殿下)


 王妃殿下の死とか、他にも色々あったのかもしれないけど、この光景を見て2人の間に家族としての情が無いなんて思えない。

 そんな心温まる親子の再会を眺めていると、突然後ろから頭を掴まれる。


「聞いたぞオメェ……ゾンビだらけの砦に1人で乗り込んだんだってな? 知らせを受けた時は心臓が止まるかと思ったぞ」

「そ、その声は工房長!? ちょ、何でいるんですか!?」

「何でいるんですか? じゃねぇよ! 今何時だと思ってんだ! 晩飯の時間には帰って来いっていつも言ってんだろうがーが!」


 何となく覚えのある、ゴツゴツとした大きな手の持ち主は工房長だった。

 まるで顔を上げさせないとばかりに下を向かされ、乱暴に撫でられる。何時もだったらこのくらい脱け出してやるんだけど、魔力と体力が限界で、工房長の手を振りほどこうにも振りほどけない。


「全く、無茶ばっかりしやがって! こっちがどんだけ心配したと思ってやがるんだこの野郎!」

「いだだだだだっ!? ちょ、工房長!? もしかして、泣いてます!? さっきから凄い鼻声ですけど!?」

「馬鹿っ! 泣いてる訳ねぇだろ!」


 いや説得力無いって。さっきからマジで鼻声が凄いんだもん。こうやって頭を押さえつけられているのも、弟子に泣き顔を見られたくないからか?

 ……でも何なんだろう。悪いことしちゃったなって思うけど、悪い気はしない。矛盾してるように思うけど、これが今の私の素直な気持ちだ。


「それより、陛下から話は聞いたぞ。今回の事件にアイツが関わってるってのは本当か?」

「みたいですね。殿下たちの読み通りなら、そろそろ引っ掛かってるんじゃないですか?」

「……無理はしてねぇだろうな?」

「……殿下にも似たようなこと言われましたけど、別に何ともないですよ。自分のしたことへの筋は、自分で通させないと」


 そもそもの話、私はあの男に対してどうこう思うほど、思い入れがあるわけじゃない。


「国王陛下! 容疑者を確保いたしました!」

「く、くそっ! 離せ、離せよ!」

「いやあっ! や、止めて! どうしてこんな……!?」


 そんなことを話していると、聖騎士団の団員たちが2人組の男女を引っ立てて来た。どうやら私が病院にも行かずにここまで付き合った、その目的を果たす時が来たらしい。

  実の家族と完全に訣別する時が。


「アルマ……こちらの男性で間違いありませんか?」


 殿下からの呼びかけに応じ、聖騎士団に両手を後ろ手に縛られた男の顔を見て、私は頷いた。


「はい。オリバール子爵から聞き出した時は驚きましたけど……リック公子たちに協力し、ゾンビに施された術式の維持管理をしていた魔術師の名前はカイン・バートン。この男に間違いありません」



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