ゾンビの出処
「すみません……お恥ずかしいところを見せてしまって……」
さすがに人前で泣きじゃくったのは恥ずかしかったのか、ようやく泣き止んだ殿下は、顔を赤くして俯いていた。
ていうかこの人凄いな、泣いても顔がブスにならない。貴族は表情を操作できるって聞くけど、王女ともなるとガチの泣き顔もコントロールできるんだろうか?
「あの、アルマ……本当にありがとう。助けてくれただけじゃなくて、話まで聞いてくれて……」
「いいですよ。気にしてません」
人を慰めるなんていう、慣れない事をした甲斐はあったみたいだ。この顔を見るに、殿下の中のわだかまりは幾分か解消されたようで、これまでより晴れやかな表情をしている。
「それより、王都に戻らないといけませんね。殿下を送らないといけないのもそうですけど、この2人の身柄をどうにかしないと」
そう言って、私は手足を縄で拘束されたリックとエドモンに視線を向ける。
どうやら殿下が私の応急処置をした後、2人の事を縛り上げていたらしい。エドモンに至っては死なないように止血まで済ませているし、弾き飛ばされた魔導拳銃も回収してくれてるし、やっぱりこの人はちゃっかりしてるわ。
「……それについてなのですが、通信魔道具を使って城から迎えを出してもらうというのはどうでしょうか? もう日が暮れ始めていますし、今から歩いて2人を連れていくよりも効率的だと思います。アルマも消耗しきっていますし……」
「え? 通信魔道具があったんですか?」
通信魔道具というのは字面からイメージできる通り、この世界における最先端の連絡手段だ。
見た目はノートパソコンみたいな感じで、ビデオ通話とメール機能に酷似した機能が備わっているんだけど、便利な反面、電波塔みたいな役割を果たす魔導設備の設置や、電話交換機みたいな役割を持つ魔道具やら、かなり大掛かりな準備が必要だから、国内では限られた場所にしか存在していない。
そもそも海外の工房が製造方法を独占してるから高級品だしね。王都じゃ比較的数が揃ってるけど、持っていない奴の方が圧倒的に多いし。
「記録ではオーロッソ砦には無かったはずなのですが、包帯や縄を探している時に偶然発見しまして。おそらくオリバール子爵が持ち込んだのではないかと思います。位置的にも、王城の通信魔道具に繋がるはずですし」
「それは助かりますね。正直、全身くまなく痛いんで迎えが来るなら助かります」
何せ道中では魔物への対策も必要になる。今の私だと、魔力が回復しても満足に動けるか怪しかった。
「ただ、見つけた通信魔道具には暗号術式が掛けられていまして……おそらくオリバール子爵に暗号を聞き出さない事には起動しないと思います」
最近の魔道具の発展は著しく、暗号を入力しないと作動しないようにロックを掛けることもできる。特に通信魔道具は、保存されているメールを調べられて、連絡相手やその内容といった機密が第三者にバレるのを防ぐ必要があるから、今や必須機能みたいな感じだ。
「なので子爵が目を覚ますのを待っていたのですが……実は、他にも聞きたいことがありまして」
「というと?」
「このゾンビたちの出処です」
それを聞いて、私は殿下の言葉の意味を理解できた。確かに殿下の疑問は当然のものだ。
「リック公子たちがゾンビを操っていた時点で、ゾンビという存在が魔術などの人為的な手段によって生み出されたことが明らかになりました。しかしその場合、素体となっている死体の確保や、死体のゾンビ化と維持管理にかかる費用といった、ゾンビに纏わる全ての出処がどこにあるのかが疑問になります」
殿下曰く、国はゾンビを捕獲して原因の究明をしようとしたらしいが、数日ほどで動かないただの死体に戻ってしまうらしい。
今回の事件を鑑みれば、ゾンビ化するための特殊な魔術を定期的に使わなければならないのではないかというのが、殿下が今導き出せる推察だ。
「加えて言えば、死体をゾンビにして言う事を聞かせるための術式を開発していた人間の所在も気になりますしね……ちなみに何ですけど、それがリックやエドモンって可能性はあると思います?」
「……少なくとも、私の知る限りでは、2人は魔術に精通しているわけではなかったはずです」
そこに関しては殿下もさすがに分からないか……まぁ知っていたんなら、今頃聖騎士団が犯人を確保してるか。
それにしても、こんな形で【英雄騎士のブイリーナ】という作品の謎を、当事者の1人として迫ることになるなんて……つい昨日までは想像もしていなかった。
「それなら、今からエドモンの奴を叩き起こして聞き出します? 悠長に起きるのを待つのも面倒ですし」
「……お願いしてもいいですか?」
「任せてください」
そう言うや否や、私はエドモンの元に近寄り、奴の頭に1発蹴りを入れて起こしてやった。
「がっ!? い、一体何が……あ、あああああああああああっ!? わ、私のこか、股間が……!? ひぃ、ひぃいっ!? 痛いぃいいい……! ああぁぁ……!」
「おはよう。そして素直に私の質問に答えろ。通信魔道具の暗号、あんたらが従えてたゾンビの出処、維持管理していた魔術師。その他諸々、知っていること全部」
「だ、誰が貴様のような小娘の言うことなど――――」
聞くものか……とでも言おうとしていたであろうエドモンの顔面スレスレの所を通過した私の右拳が、石の床に蜘蛛の巣状の大きな亀裂が入るくらいバキバキに砕いた。
それを見たエドモンは股間の痛みも忘れたみたいに顔を青くして、冷や汗をダラダラ掻きながら口を魚みたいにパクパクさせている。
「状況を考えてものを言ってよ。あんたに拒否権はないの。……もう一度言うけど、こっちの質問に素直に答えろ。さもなけりゃ、アンタのその
「ひ、ひぃぃいいいいいいいいっ!? ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃいいいいいいっ!? 答える、答えるから命だけはあああああ!」
「じゃあ言え! ゾンビなんてもんを生み出して、この大陸にばら撒いてるバカはどこの誰!?」
「そ……それに関しては分からない……! 私やリック様は、ある人を仲介してゾンビを提供されただけで……! 誰がゾンビを生み出したかまでは……!」
「へぇ……あんたらの手にゾンビが渡ったのは仲介人がいたからなんだ。……で? 当然その仲介人の事を教えてくれるんだよね? あとゾンビの維持管理をしてた魔術師も。さすがにそれも分からないなんて寝言はほざかないよね?」
エドモンの胸ぐらを左手で掴み上げ、右手の骨をゴキゴキと鳴らしながら脅すと、エドモンはガチガチと歯を打ち鳴らしながら、仲介人と管理人の名前を口にした。
仲介人に関しては私たちが予想していた通りの人物。そして管理人の名前に関しては……私が驚きを隠せない人物のものだった。
=====
それからしばらくして、王城とかに通信を入れ終えたユースティア殿下は、眉尻を下げて私に問いかけてきた。
「これで今できる根回しは全て終わりましたが……本当に良かったのですか? この事が知られれば……」
「別にいいですよ。法を犯したなら、それを償わないと」
王女に被害が及んだ以上、きっと助からないだろう。その事に思うところが無いって訳じゃないけど、自分のやったことに対する筋は通さないといけない。
「さて、それじゃあ後は待つだけですね」
そう言って、私は壁にもたれかかりながらリックたちに視線を向ける。
2人とも魔術が使えるみたいだし、拘束を脱け出さないように監視はしておかないといけない。いざって時は手足の1本や2本撃ち抜いてでも止めないと。
(コンディションは最悪だけど、あの2人くらいなら何とかなるか)
右目はまだ開けられない状態だし、戦いからしばらく経ったのに左腕と右脇腹がずっと鈍痛を訴えてくる。
動かせはするし、折れてはいないみたいだけど、左手の握力が戻らない。罅くらいは入ってると思った方がいいだろう。
しかしここで顔に出してしまえば、ユースティア殿下に変な心配をさせることになる。だから平然装わないと。
「……王家直属組織の中で、ここから一番近いオリバール領の聖騎士団支部に迎えを出すように指示を送りました。だからあと少しだけ我慢してください。医療魔術師の派遣も並行していますから」
……なんて思ってたら、がっつり感付かれてフォローされてた。
私が分かりやすいのか、それとも殿下が鋭いのか。私は無言のままジェスチャーで感謝を伝えると、リックが呻き声を上げて意識を取り戻した。
「ぼ、僕は確か……って、何だ!? 手足が動かない!? どうなっているんだ!?」
「ようやく目が覚めた?」
「き、貴様は!? そうか、思い出したぞ……! 貴様、よくもこの僕にあんな無礼な真似をしてくれたな!? この罪は許されないぞ! さっさと僕の拘束を解いて謝罪しろ! そしてこの国一番の医療魔術師も呼べ! 貴様のせいで頭が痛いじゃないか!」
お、起きて早々うるさい……! コイツは自分の状況というのが理解できていないんだろうか?
「あんたの言う事なんて聞くわけないでしょうが。いい? あんたは負けたの。敗者は敗者らしく、大人しくしてなよ」
「ま、負け……僕が!? こんな小娘共に、負けたっていうのか!?」
「実際その通りでしょ? 手駒のゾンビも全滅させられて、今こうして縛り上げられている。これを完全敗北以外になんて呼べばいいのさ?」
ここまで自分の立場というのが分かってこないとなると、むしろ哀れに思えてくる。一体これまでどんな生き方をしてきたら、こんなのになるの?
「まぁこれも自業自得。人に喧嘩売って負けたんだから、その報いを受けるのは覚悟した方がいいんじゃない?」
「じ、自業自得だと……!? き、貴様に僕の何が分かる!? それもこれも、ユースティアが悪いというのに!」
はぁ? コイツはこの期に及んで何を言ってるの?
「そうだ……父上も、他の奴らも、僕の事を落ちこぼれ呼ばわりして……! 学問も作法も、いつだってユースティアと比べられて叱られてきた僕の気持ちが、お前なんかに分かるわけない! 次の国王として生きてきたのに、4歳も年下の女なんかに負け続けた僕の屈辱が……!」
なんか聞いてもいない事をベラベラと話し始めた。もしかして同情でも買おうとしてるんだろうか?
「だからユースティアを排除することにしたんだ! コイツが居たらずっと比べられる人生を送ることになるから! どうだ!? 僕が可哀そうだろ!? 助けてあげようと思わないか!?」
「いや微塵も思わんわ」
「何ぃっ!?」
いや、「何ぃっ!?」じゃねーよ。
確かに生まれ育った環境は悪かったことには同情するけど、17歳なんて善悪の分別が付いて然るべき年齢だ。だったら自分のしでかした事の後始末は自分でつけるのが筋だろう。
「うううううううううっ! クソォオオオオオオオオオオオオッ! 誰か! 誰か僕を助けろ! 未来の国王が困ってるんだぞ! 助けた奴には恩賞をくれてやる! 早く僕をこの売女どもから助けろぉおおおおおおおお!」
誰が売女だ、誰が。
もう聞き苦しくて仕方がないし、一回気絶させた方がいいかもしれない。そう思ってリックに近づいた……その時、信じられない事が起こった。
まるでリックの叫びに呼応したかのように、完全に活動を停止させていたはずの異形のゾンビから魔力反応を感じ取ったのだ。
(いやいや、嘘でしょう……? 私は確かに頭を撃ち抜いたんだけど……!?)
しかし現実は非常なもので、異形のゾンビはゆっくりと立ち上がる。
これには私も殿下も呆気を取られるしかなかった。ゾンビは頭を潰せば活動を停止させていたはずなのに、その攻略法が通じないとなると、どうすればいいというのか。
「は……はははははははっ! いいぞ、よく立ち上がった! さすがは僕の忠実なる僕! さぁ、あの粋がった女どもを纏めて捻り潰せぇええええっ!」
「シャアアアアアアアアアアアッ!」
これまでのようにリックの命令に反応して動き出した異形のゾンビは、今まで以上のスピードで間合いを詰めてくる。
……しかし、その先に居たのは私でも殿下でもなく、命令を下したリック。本来自分に命令を下す主であるはずの相手に向かって、異形のゾンビは刃を振り下ろした。
「ぎゃあああああああああっ!?」
運が良いのか悪いのか、その一撃はリックに直撃することはなかったけど、リックのすぐ傍の石床を木っ端微塵に砕き、その余波と石礫でリックを吹き飛ばす。
どういうこと……? あのゾンビは、リックの命令で動いていていたんじゃないの? どうしてリックに攻撃をして、しかもそれを外した……?
「ガアアアアアアアアアッ!」
吹き飛ばされたリックに目もくれず、異形のゾンビは4本の腕を振り回して辺りを無作為に破壊し始める。
もしかして、暴走している? 頭を撃ち抜いたのは無駄にはなってなくて、リックたちからの命令も受け付けなくなったとか……?
そんなことを考えていると、異形のゾンビは目の無い顔を私と殿下がいる方に向けた。……標的にされたんだと、直感が告げる。
「殿下、下がって!」
猛スピードでこちらに向かってくる異形のゾンビに対抗するために、私は殿下を手早く突き飛ばしてから、腰のホルスターから魔導拳銃二丁を抜き取るが、それと同時に左腕に激痛が走り、片方を床に落としてしまった。
猛烈に舌打ちしたい気分になったけど、そんなことをしている余裕も惜しいし、拾い上げる時間もない。私は異形のゾンビの注意を殿下から逸らす意味も含めて、殿下から離れながら魔力弾をブチ当てる。
「アアアアアアアアアアアッ!」
それによって首に風穴が空いたけど、当然というべきか、すぐさま再生された……が、注意をこちらに向けることには成功したらしい。殿下から離れる私に向かって方向転換し、とんでもないスピードで向かってくる。
「死んでたまるか……!」
あと少しで王都に戻れるって時に、こんな奴に邪魔されてたまるか。
何が何でも勝ってやる。勝って、私と殿下はそれぞれの家に帰るんだ。
――――――――――
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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