第10話 暗躍
衝撃の事実を聞かされた宿での一日から一夜明け、西部収穫祭当日となった。宿に戻ってからユヅルは他言無用を念押ししてからサラのことをルキに尋ねてみた。だが返ってきたのは知らない、の一言のみ。ホアイト侯爵家には一人娘がいる、という情報しか持ち合わせていないらしい。予想としては妾の子、ということらしい。
まぁ、どういうことかと疑問に思うが考えても答えは出ない、考えるくらいなら即行動!───ができるほどユヅルには行動力はない。精々がそれとな~~~~くサラに聞いてみるくらいである。勿論家庭の話をさせたくはないユヅルとしてはそんなことはできない。むしろそれで辛い思いをさせたらどうしようだとかそんなことばかり考えているため行動する前に諦めることだろう。今回ばかりはやらねばならないので、何とか頑張ろうと奮起するユヅルなのだった。
さて、前日に作戦会議を済ませてそれぞれが配置に就く。と言っても、ルキは収穫祭の主賓であるため表立って動けないので実質動くのはユヅルと極々一部の近衛騎士、そして何より重要なのが、
「…それで、本当におっさんも一緒にやんなきゃ駄目か?あんま権力闘争には関わりたくないんだが…」
冒険者組合副組合長のアカモである。無駄に長いこの肩書を活かす時である。この肩書があれば大抵の場所は顔パスというか冒険者パスで通れることに加え、貴族とも接点を持ちやすくなる。例えば今回のようにここまでわざわざやって来た男爵家がなんの目的でやって来たのかを探るのにうってつけ、というわけだ。
実際、アカモがいるだけで方々への説明が楽になる。それだけ冒険者組合の副組合長という肩書は影響力が強く、また王都の民や貴族、ひいては王族からも信頼されてはいるのだ。尚冒険者組合内という身内には信頼されてないというか、都市伝説みたいな扱いをされているのはご愛嬌、というやつだろう。
今回の依頼自体は勿論、第二王子ルキの護衛だが、その第二王子から命令されたことも依頼内容に含まれるため、怪しい動きを見せている男爵の動きを調べることもしなければならない。実際、冒険者という身分はコーテー王国ではかなり自由に使える人材の宝庫という認識が最も正しいモノだ。後ろ暗いことから戦争の道具までなんでもござれ、である。
「───さて、第二王子殿下の話じゃ、おっさん達の追ってる男爵ってのは貧乏で財源に困ってるらしい。本来なら国庫からある程度支給した元手で新しい商売を始めたり商会に投資して見返りをもらうなりするもんなんだが、生憎その男爵は平民上がり、それも元々騎士だったらしい。そりゃ、脳筋にゃそういうことはできんわな」
第二王子ルキから貰った基本情報に目を通しつつ、その内容をユヅルに共有するアカモは、祭事の中心部である広場にあるベンチに腰かけつつ煙草を吹かす。
困った男爵が頼ったのは東部に大きい影響力を持つ侯爵、そこから派遣された人材がどうやら男爵を陰で操り、自分達の影響力を西部へと広げようとしている、とかなんとか。実際西部に影響力を持つようになれば、王都に次ぐ力を持つことになるため、事実だとすればかなり危険である。国王や第二王子ルキが心配するのも当然のことだろう。
「ですが相手は侯爵まで上り詰めた、言うなれば腹黒い狸です。そう簡単に変化は解かないでしょう。藪をつついて牙を剝く狸を出すようなことは控えるべきかと愚考致しますが」
一人紹介を忘れていたが、実はアカモとユヅルには同行者がもう一人、銀色の意匠が一部にあしらわれたフードで顔はよく見えないが、ルキによれば信頼できる人間ではあるらしい。ここでは一時的に『ガン』と呼ぶことになっている。そのガンの言葉に対し、アカモはそうだよな、と依頼の複雑さに嘆息しつつ頭をポリポリと掻いた。
それに対し、ユヅルは若干面倒臭くなってきたからか、
「第二王子殿下からも念を押されてますけど、騒ぎは起こしちゃいけないんですよね?でも、必要な犠牲ってあると思うんですよ」
と何か案があるようだ。それを聞いたアカモは嫌な予感がしたが、ガンは興味深いとばかりにユヅルの策を聞く。そしてその策を聞かされたアカモはうげーとあからさまに嫌そうに表情を歪めたが、他に代案もなかったためこの案を実行すべく準備を始めるのだった。
一日経って、収穫祭が行われている区画の端に新しい出店が増えた。祭事では申請さえ出してそれが通れば後からでも店を出すことができる。そしてその店でやることは様々だ。
「おっさんあんまり表に出るようなことしたくないんだけど…」
「頑張れ、おっさん」
「飯は旨いって周りにしっかり宣伝してくるからよ」
その出店では頭に鉢巻を巻いて気合を入れた(目は死んでいる)アカモが肉じゃがを作って売り捌いていた。アカモは一人暮らしなので炊事は自らこなしている。ユヅルから秘伝の肉じゃがの作り方を聞いて一日でモノにした実力は伊達ではない。
その甲斐あってか、遅れて店を出したのにも関わらず大盛況、しかも店の位置は男爵の出店に少し近いため、そちらにも人がそれなりに流れている。ここまでの人流を想定していなかったらしい男爵の出店ではどこからともなく人がやって来て慣れていないであろう接客をこなしているのが見て取れた。
さて、気になっているであろう肉じゃがの材料だが、ルキに相談したら二つ返事で揃えてくれた。権力って恐ろしいモノである、としみじみアカモは思ったそうな。
「こんなポッテト(ぽっと出)のおっさんによく客がつくもんだ…流石にちょっと無理矢理だな…」
今の謎のギャグで心なしか周囲の気温が下がり、暖かい肉じゃがの売り上げが伸びたとか、伸びていないとか。
一方、男爵の出店への補充人員がどこから出ているかを突き止めるため別行動をしていたユヅルとガンは西部地区のスラム街と呼ばれる場所へやって来ていた。西部にあるこのスラム街は王都の中でも指折りに治安が悪く、数十年かけても未だに治安も改善せず、衛生管理も行き届いていない、というのが現状である。その分、後ろ暗いことをするのには非常に適している場所だ。
「…こんなところから人員を補充している、というか隠している時点でほぼクロですね。あとは証拠ですか?」
そんなスラム街のボロ屋の屋根の上に怪しい人影が二つ、無論言うまでもなくユヅルとガンである。ユヅルの言葉に、ガンはふむ、と一つ唸ると、
「証拠と言っても、不審なのは所詮スラム街に人員を配置していた、という点のみです。他に聞いた話も噂程度、信憑性に欠けております。やはり一番はここで男爵が成そうとしていることを突き止める、これを最優先で動きましょう。構いませんか?」
そう言って返した。ユヅルはなるほど、と感心しつつ頷く。幸いにしてユヅルの作戦でかなり手薄に見える。侵入するにせよ、見張りの話を盗み聞くにせよ今なら容易にできることは間違いないだろう。
事実、二人は楽に中へと侵入したが、見張りは最低限で苦も無く探索ができそうだった。そのまま物音に気を付けながら中を物色する。書類なんかのめぼしいものはなく、ここは単純に仮拠点として利用されているということだけがわかった。
若干荒らした家具などの配置を元に戻し、二人は一旦屋根裏に身を隠すと、次の策へと移行した。
「…となれば、盗み聞きしますか」
ユヅルは野性的な環境に長い時間身を置いていたこともあり、かなり五感が研ぎ澄まされている。特に聴力は周囲にいる野生生物や魔物などの位置を特定するのに必須なため、特に発達していた。その発達した聴力を最大限活用して廃屋の全体から音を拾う。見張りの下らない世間話や伝達事項などを共有する声などがユヅルの耳に届いてきた。
「───守備はどうだい?工作は順調かね」
微かに聞こえてくるその言葉は間違いなく、作戦が恙なく進行しているかを確認する指揮官のソレだった。しかもかなり小さく聞こえてくるため、防音室のようになっている場所で話しているであろうことは容易に想像がついた。とはいえ、ユヅルもガンも廃屋の中をそれなりに探索した。廃屋の中にそれらしき場所はなかったため、自然と隠し部屋のようなモノが地下にあるだろう、と二人は推察した。
そうしている間にも会話は進む。
「白候より下賜された屋台の設置及び西部の民への影響力の工作、そして…兵の用意もあと数刻で完了致します」
「予定では既に完了している時間だが、何かあったのかね?」
「…冒険者組合の副組合長と思われる人物が近くで出店を開いておりまして。そこへの都民の流入に伴って客足が増え、そちらの対応で手一杯となっています」
「えぇ」
策が功を奏していたらしい、とユヅルは密かに胸を撫で下ろした。予想外だったのか指揮官らしき人物が驚いている。「では仕方がないね、なるべく早くしてくれたまえよ」とそう言って以降会話が無かった。
会話が途切れたことをガンに伝えると、「収穫もあったようですし撤収しましょう。これ以上はリスクとリターンが釣り合わないでしょうし」そう言った。ユヅルもその言葉に同意すると、スラム街を離れるのだった。
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