第15話 暗い闇

 前回のあらすじ!暴漢に襲われている友人を助けたらおうちに泊めることになりました!!はぁ!!?とユヅルは心中穏やかではなかったが、話を進める前に、時を数時間ほど巻き戻そう。


 暴漢からサラを助けたユヅルはその場に留まり暴漢を衛兵隊へ引き渡した後、サラとは別れて帰路につく予定だった。そもそも散歩して目を覚ますためだけの外出だったので一銭も持っていないのでこれ以上外にいても仕方がないのだ。

 だが、そこでサラが引き留めた。本人は無意識のようで、すぐにビクッと肩を震わせて手を引っ込めて俯いていたのだが、今度はユヅルが優しく手を差し伸べ、サラの手を包み込む。サラはハッとしたような表情を浮かべ、ユヅルを見る。ユヅルはただ微笑むのみで言葉は発さなかった。

 関係者ということでその場に来ていたアサギにユヅルは目配せした。その視線だけでアサギはなんのことか察したようで同行していたもう一人の冒険者組合員に一旦の業務を任せてユヅルのもとへとやって来た。


「それで、何の用?一応仕事中だから、早めにお願いね」


師匠が真面目に仕事してるの違和感しかないな、とユヅルは内心思ったがそんなことはどうでもいいとばかりに頭を振ってその考えを飛ばす。そして、この事件にはどうにも不可解な点が多いということを告げた。ユヅルは自分の考えを述べる前にサラの仕事などの事前情報をなしに考えてほしいと前置きしたうえで告げた。


 冒険者組合では試験にさえ合格してしまえば誰でも基本的に雇える都合上、極々稀に問題のある人間が入ってしまうことがあるのだが、そういった人間は大半素行が悪いため冒険者組合から『強制脱退届』を出して除名させることになる。

 その際冒険者組合員はその時だけ特別な、性別がわからないような恰好をして行く。それは、今回のような騒動を防ぐため、というのと、周辺住民にこの家に住んでいる人物は冒険者組合から脱退させられるような人間だ、というのを示すためである。尚、重要書類のため組合員でないと書類を持ち運ぶことはできない。


 暴漢は今回、明らかにサラが来るとわかっていたかのような行動をしていた。事前に男を何人も集めて、全員で襲おうとしていたのだろう。逆恨み、であれば一人で適当に冒険者組合員に暴行を加えるなりなんなりするだろうに、何故仲間がいたのか。そして最大の疑問は何故わかったのか、これに尽きるだろう。


 アサギはユヅルの話を聞いて同様に不審に思ったのか「こっちでも慎重に調査するわね、ありがとユヅル君」とそう言って軽くユヅルとサラ両方の頭を撫でると現場に戻ろうと踵を返す。

 その直前で「あっ」と何かに気が付いたかのような声を漏らして振り返ると、


「サラちゃんが狙われているかも、と仮定したらこのまま自宅に帰すのは、おばさんちょっと危ないと思うから。ユヅル君の宿に泊めたげてねっ。勿論、根回しはやっておくわ」


ウィンクしながらそう言って、ユヅルが何かを返す前に今度こそ現場へと戻って行った。ユヅルとサラはポカーンとしていたが、お互いに顔を見合わせて困惑した。


 そして現在に至る。ユヅルが宿の部屋でホットコーヒーを淹れ、それをサラに差しだした。サラは受け取り短くお礼を告げるとズズ…と小さく音を立てつつ飲む。そしてお互いの間には沈黙が流れた。

 いや、気まずいって!!!とユヅルは心の中で机に拳をドンと叩きつける。あんなことがあって当然のように男の部屋に二人きりはおかしいだろ、と心中で叫ぶ。実際アサギにこれを言おうとしたのに全く取り合ってもらえなかったのだ。何より根回しも完璧で、サラの実家には隣国へ行く、ということになっている。その分の手当ても出る、ということにして納得させたのだろう。


 だがそんなユヅルの考えとは逆に、サラはほうと息を吐く。そしておもむろに口を開いた。


「…ユヅルさん、今日は助けてくれてありがとうございました」


突然のお礼に思わず驚いたユヅルだったが、すぐに気にしないで、と返す。実際本当に気にしていないし、気にしてほしいとも思っていない。だが、サラは自分の仕事でユヅルを煩わせてしまったことがどうしても気になってしまう様で、その表情が明るくなることはない。

 ユヅルもそれをなんとなく感じ取ったのかそれ以上慰めの言葉をかけることはなく、再び沈黙が続く。気の利いた言葉なんて勿論思いつかないユヅルもそのまま黙っているしかなかったが、少なくとも気を紛らわせるために何かはしなければならない、と考えを巡らせる。


 だが、その努力虚しく、先に口を開いたのはサラだった。


「ところで…このホットコーヒーって砂糖多めですよね。甘くて美味しいし、好きな味なんですけど…ユヅルさんにお話したことって…?」


その言葉にユヅルはビクッと肩を震わせ、斜め上を見ながら「い、イヤァナンノコトカナ?ワカンナイナァ」などと答えた。サラはのこと?と首を傾げたが、少し考えて自分の勘違いに気付いて勝手に赤面した。

 その様子を見たユヅルが何故か慌てふためきながら弁明する。


「い、いや!別にさ、ほら!なんか、友人の好みを把握しておきたくて親交のありそうな師匠とかに聞いたとか、そういうのだからさ!!」


まぁただの意味のない弁明ではあるが、若干危うかった雰囲気が多少明るくなったことだけは確かだ。サラにしてみても純粋に自分の好みを知ろうとしてくれたことは嬉しいが、直接聞きに来てくれれば話す時間もできて一石二鳥だったのに、と考えている。お互いにそんな余裕はなかっただろうが、それでも可能性というものを考えずにはいられないのだった。


 少しして。普段であれば絶対にありえないであろう状況にも少し慣れてきた二人は、気を落ち着かせる意味も込みで色々と話をしていた。

 お互いの好みの話に始まり、今までにあったことで面白かったことなど、ほぼほぼユヅルだけが喋っていたが、サラは少なくとも楽し気に話を聞いている様子で、時折笑みも零していた。勿論、話すのが得意でないユヅルは、一生分の無理をここでしたとしてもかまわないとばかりに口と頭を回して話す。


「───とまぁ、僕の故郷ではこんな感じかな。基本雑食性…?だからなんでも食べるよ」


「そんな故郷の人達を動物かなんかみたいに言わなくても…」


「実際蛮族だよ。ししょ…アサギさんに教えてもらったから間違いない」


「あの人の普段の言葉は八割嘘だと思いますけど…」


仕事の時は別ですが、と苦笑しながら呟くサラは、ユヅルの話を沢山聞いてようやく安堵感がどっと押し寄せてきたのか、眠気を感じていた。そんなサラの様子に気が付いたユヅルは微笑みかけると、眠いならベッドで横になっていいよ、と告げる。ちなみにだがどちらも寝る支度は済ませている。

 サラは頷いてベッドに一旦座る。そしてユヅルを見て、「ユヅルさんの寝る場所は?」と問いかけた。ユヅルは部屋の明かりを消しつつ、「こんなこともあろうかと宿屋の主人に布団を貰っているから問題ないよ」と答える。

 サラはその言葉を聞いてから横たわり、布団を被る。直後、布団から顔だけ出して再びユヅルを見た。疑問に思ったユヅルがサラを見ると、


「ユヅルさんって、嘘が下手ですね」


そう言って今度こそ布団を被ってそっぽを向かれてしまった。どうやら自分のためにベッドを譲っており他の寝床はない、ということが筒抜けであったようで、ユヅルは苦笑いを浮かべた。だがユヅルの優しさに素直に甘えることにしたサラは、安堵感そのままに眠りに落ちた。今は布団が規則正しい上下運動をしている。

 その様子を心底安心したような、そんな穏やかな表情でユヅルが見ていた。


「かっこつけようとしてもうまくいかないもんだなぁ…」


明かりの消えた部屋で、窓から差し込む一筋の月光だけが、ユヅルの表情を照らしていた。


 深夜、暗い闇が月光を覆い隠したタイミングでユヅルの部屋に侵入する影が複数あった。影は黒い装束を身に纏っており、月光の隠れたこの夜で目視することは非常に困難だろう。

 複数の影はベッドの上のサラを確認すると、その手を伸ばした。だが、その手は直後にあらぬ方向へ折れ曲がり、手を伸ばした影が声にならない叫びを上げる。影は手を引こうとしたが何かに掴まれ動かない。


「───こんばんは、ホアイト侯爵夫人の私兵さん。いや、正確には次女の私兵だったかな」


そうして現れたのは更に暗い色をした闇───ユヅルだった。どこまでも黒く、しかし顔だけはやけに輪郭がはっきりとしており、白い肌が見える。そして何より瞳がどす黒く、偽りの笑みを顔に張り付けていた。影は四人いたが、一人は腕を掴まれたまま既に毒を吞んで自害している。ユヅルはそんな死体には目もくれず、無造作に掴んでいた死体を離して外に投げ捨てた。

 残った影達は相手が一人であるため多対一で戦う選択をした。ユヅルは即座に、相手が暗部であるなら話を聞くことは不可能だと判断し、狭い室内で戦闘を開始した。


 身軽で小柄な影達に対して、ユヅルは素手。家具がある関係であまり動き回ることもできない。だが、展開は圧倒的だった。

 毒物の塗ってあるクナイを左の手甲で叩き落とし、右からすかさず接近してきた影をそのままの勢いで顔面を掴んで床を壊さない程度に叩きつける。不思議と、振動も音もなかった。その衝撃で影の頭は潰れてひしゃげ、息絶えた。

 ゆらりと立ち上がるユヅルの姿を見て恐怖したのか、影達は死体を放棄して窓から撤退を図る。だが、窓にたどり着けず何かにぶつかった。気付けば、辺りの景色が歪み、一切光の存在しない黒い空間と化していた。

 残り二人の影が困惑から抜け出せずにいると、


「…縁というものは不思議でね。僕の故郷には『一期一会』っていう言葉があるくらい、縁というものを大切にしているんだ。ざっくり言うと、二度と繰り返されることのない、一生に一度の機会だから人も物も、或いはその時その時の出来事も大切にしよう…みたいな感じかな」


おもむろに口を開いたユヅルは更に続ける。


「あぁ、つまりね、闇と影は似て非なるもの…ただ一つだけはっきりしているのは───」


話しながら、虚空から黒色の反った刀身を持つ剣を生み出し、その手中に収めた。


「───影は、闇から逃げられないんだよ」




 遺体の引き渡しは、すぐにアサギから行われた。その際ユヅルの部屋に血飛沫が飛び散った様子がないのは、ユヅルの戦っていた場所が結界で閉じられた場所だったからであろう。最初の一人を除いて、全員そこで殺し、そして遺体を回収したのだ。


「…そう、やっぱりそうなのね」


人目につかない路地裏で遺体の引き渡しを行っていたアサギはユヅルからの事情説明を受けてそう呟き、思ったよりも悪い現状に嘆息する。そして所々返り血に塗れたユヅルを苦々し気に見つめる。


「それで…ユヅル君がこれを」


ユヅルは何も言わなかった。それが何よりの答えだとアサギは察する。


「…そう。何かを護るためには仕方ない、って…そう言うのね」


未だ、ユヅルが何か反応を見せることはなかった。それでもアサギは続けた。


「ユヅル君…本当に、大丈夫?」


初めて、ユヅルが肩を震わせて反応を示した。だが、明らかな動揺はその時だけで、「問題ありません」と端的に返す。アサギもそれ以上は何も言わず、ユヅルはアサギの横を通って路地裏を出た。アサギは、ユヅルの小さい背中をただ見ることしかできないのだった。


 朝日が昇り、サラは窓から入る暖かい日差しを浴びて目を覚ました。傍らには寝る前と何ら変わらない、カジュアルな装いをしたユヅルの姿がある。椅子に座り、本を読んでいた。そして寝る前となんら変わらない笑顔を浮かべ、「おはよう」と告げた。サラも笑顔を浮かべると「おはようございます」と返すのだった。

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毒親に悩まされている子に恋をした さけずき @Sakezuk1

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