第9話 最早ただの…

 成り行きで第二王子ルキの護衛をすることになったユヅルは早速公務という名の挨拶周りに連れ出されていた。ユヅルにとって偉い人々との交流は慣れているわけではないため、やはりというべきかかなり疲れている様子が見て取れる。ルキはフレンドリー(?)だったためそのようなことはないが、それはそれとして権力を持つ人間自体をそこまで好きになれないユヅルは緊張するらしかった。これに関してはアサギから色々と説教を受けたことも関係している。

 そのアサギも王都へやって来た頃は自分の私兵にしようと企む悪徳貴族に狙われていたらしい。要するに実体験である。まぁ当の本人は気にしておらず、寧ろそういったことを教えずに王都へ送り出したユヅルの両親へ向けて「…今度会ったらギッタギタにしてあげるわね~♡」などと言っていた。ユヅルは両親の冥福を祈ることしかできなかった。


 さて、時刻は15時を回った。一通り挨拶を済ませた第二王子一行はもう宿へ入ることにした。なんでも、西部を治める貴族が運営している最上の宿へ宿泊する手筈らしい。ただし、アカモのみルキから離れることになった。理由は不明だが、上からの打診───要するに冒険者組合の総本部からの命令のようだったためユヅルにはそれ以上追及する理由はない。


 二人きりになった部屋でルキは素早く部屋着(と言ってもある程度訪問者を想定してそれなりにいい服を着ている)に着替えると、


「お前は父上───国王陛下に会ったことがあるか?」


そう問いかけた。ユヅルはうーん、と考えて首を横に振った。両親が国王と知り合い、と聞かされた身としては会っている可能性もあるかも、と思ったのだが思い当たる節はない。国王を持て成した記憶は全くなかったためだ。代わりに定期的に家にやって来る金髪のやたらギャグ好きのおっさんが来ていた、という旨を説明すると、ルキは目元に手を当てて俯き始めた。


「…悪ぃ、それ父上だ。あのオヤジ…時々政務を放り出してどこほっつき歩いてるのかと思えば…!!!!」


そしてすぐそう言いながら地団駄を踏む。ユヅルは、なんというかやたらと動き回る快活な親を持つと子は苦労するんだなぁ、と達観した。

 まぁいい、とルキは気を取り直すと、落ち着いた様子でベッドに腰かけた。そして足元にあった靴を履くとその近くにあったユヅルの靴を持ってユヅルの側へ投げた。怪訝そうな表情でルキを見るユヅルに対し、ルキはニヤリと笑いながら告げた。


「よし、ユヅル。抜け出すぞ」


───窓から抜け出した二人は、西部収穫祭の準備に追われる広場へとやって来ていた。普段から屋台などで賑わっているのだが、収穫祭前夜ということでより人が多いようだ。ザル警備、と思うかもしれないがこれに関しては普段からルキが警備を搔い潜っているせいで精鋭の騎士達が捉えられないほどの達人の域、というだけである。


 さて、宿を抜け出した二人は屋台で適当な食べ物を買い漁っていく。王都西部ではオリーブという植物の実の風味がよく効いた食べ物が多いのだが、他にもワインにかなりうるさかったり、料理に対するある種の芸術を持っていたりする。ルキはともかく、ユヅルはそんなこと知らないため屋台に並ぶ芸術品のような料理達に視線が釘付けである。

 ぶつぶつとこれは参考になる、とかなんだか呟いているのを見たルキは苦笑しつつ、「やれやれ…この…いや、あの親にしてこの子あり、といった所か」と呟く。ルキは一度だけ、ユヅルの両親に会ったことがある。王都にとある依頼によって一時的に駐在していたのだが、その際に両親は何かぶつぶつと呟きながら王城の廊下を歩いていた所をルキは目撃していた。勿論、怖くてそれ以上踏み込むことはできなかったが。


「ところで、第二王子様…何故抜け出したのです?護衛騎士の方々にまで黙って、というのは…というか僕を連れてくる意味とは…」


「お前を連れてきたのは危ないからだ」


「あぁはいそうですか…」


 もう既に手遅れだとはわかっていながら、ユヅルは料理を頬張るルキに向けそう問いかけたが、危機感持ってるなら知り合って一日の人を連れて行かないで欲しいと切実に思った。

 さて、対するルキはと言うとユヅルからの問に答えようとして「近衛騎士みたいなこと言うやつだったのか…」とばかりに苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。ただし、一応表向きの理由はある(表向きと言っているので意味はない)、と前置きした上で口を開いた。


「露店は店を持っている者なら誰でも開くことができる。だが、同様に貴族もここで店を開く場合があんだよ。今年の収穫祭では珍しく東部から貴族が参入するらしくてな。…んま、表向きは西部の食文化に触れるとのことだが、恐らくは自らの勢力拡大のためだろう」


「その確認、ってわけですか」とユヅルが聞くとルキは頷いて肯定した。ルキは立場上表に出ることが少なく、今回確認しに来た貴族の誰とも面識はないため、お忍びである必要があるらしい。勿論これは表向きの理由で本当は屋台のご飯を食べたいだけであるが、嘘は一つも言っていない。前々から怪しい動きのある貴族の家の一つであるらしく、目を光らせておく必要があるのも確かだ。


 と、いうことで。


「早速来てみたぁー」


「そんな間の抜けた声で言わないでもらっていいですか…話が本当なら敵陣ど真ん中ですからね」


貴族の露店、というだけあって他と比べてかなり豪勢だ。収穫祭の中心部により近い場所は貴族の露店がある程度並んでいる。中には勿論名店の出張などもあるため、収穫祭はかなりの宣伝になるようだ。

 さて、来てみたはいいが…とユヅルは貴族の露店を軽く見渡す。貴族の露店なんて少ないと思って高を括っていたらそれなりに数がある。この中からどうやらお目当ての店を探さねばならないらしい。どうしたものか、とユヅルが一人で悩んでいると、ルキがぶはっと吹き出した。そんなルキの様子を怪訝そうに見るユヅルだったが、


「いや、すまねぇ…知らないんだなと思って。俺が探してんのはの入った屋台だ。店の人間そのものに用はねぇし、二人で手分けしようぜ。それっぽいの見つけたら俺を探してくれ」


その言葉に納得したようで頷いて行動に移る。ただ、屋台のどの部分にが捺されているかというのはユヅル自身全くわからない。何より、ジロジロ貴族の屋台を見る、というのだけで何らかの法に抵触しそうである。


「あっ」


既に犠牲者が出たようだ。ルキが騎士に捕まって連行されていった。去り際にこちらを見つめて「あとは任せた!」とばかりに元気にサムズアップをして逝った。アイツはいいヤツだった、などと思ったユヅルだが一人で極秘任務を残された挙句の位置もわからず答え合わせもできなくなったため若干絶望した。


「…こんなん最早ただの仕事の押し付けじゃないか…僕帰っていいかな、権力争いとかそういうの嫌だし…」


言いつつ帰ろうとしてふと、一つの屋台が目に留まり足を止めた。本当に小さい、小さいモノだが白い色の円のようなものが屋台の下側についている。ユヅルが目を凝らしてよく見てみたが、ユヅルは自らの目を疑った。ユヅルは今すぐにでもその屋台をぶち壊したい程の強烈な怒りに突如襲われたが、深呼吸をしてその怒りを収めるとルキのいるであろう宿へ向けて移動を開始した。


 宿へ戻るとルキはまるで悪びれていない様子だった。


「帰って来たか、勿論収穫はあったんだろ?」


開口一番それである。途中で近衛騎士に連行が引き継がれ、そのまま宿まで戻って来たらしい。勿論、近衛騎士にはこってり説教を食らったようだが、反省の色はまるでない。

 そんなことはさておいて、ユヅルはのついている屋台を見つけたことを伝えた。そしてその烙印にとある文字が書いてあったことを伝えた。するとルキの表情を顔色が一変した。

 そのまましばらく「まさか…いや、だがありえない話ではないな…」などと要領の得ない呟きを繰り返していたが、不意にユヅルを見ると軽くだが事情を説明するようだった。


「先程不穏な動きを見せている貴族がいると言っただろう?その貴族は男爵位を国王陛下から賜った新興貴族でな。我が父上…国王陛下が即位された際に腐った貴族の粛清を行ったため特権階級の層が極端に少なくなってしまったんだ。だからその折に立てられた新たな男爵だったんだが…当然コネも何もない、一番位の低い貴族位ともなれば…」


自ずとわかることだが、男爵位は貴族だが貧乏であることも多い。何より平民出身であることも多く血筋の点で軽んじられることも多い。そんな彼らが貴族として堂々とした立ち居振る舞いができるのは、自らの力量と───そしてより力の強い貴族に取り入ることである。


「…烙印のを聞いて合点がいった。数十年前の大粛清で率先して他家を潰し、侯爵位にまで上り詰めた大貴族…勢力拡大を狙っているのは恐らく───」


非常に重々しく、ルキは口を開いた。まるで認めたくないとでも言いたげだった。


「───東部一帯に大きい影響力を持つホアイト侯爵だろう」


ホアイト侯爵、その姓を聞いて、ユヅルが思い浮かべる人物はただ一人。人と関わることを避けたがっていた自分が助け、その後友人として時間を共にした、その人物こそホアイトの姓を持つ者だった。だがユヅルの覚悟は、友人───サラを助けると決めた時から既に決まっている。例え自分が牢獄に入り孤独で冷たい死を迎え、最早ただの醜悪な犯罪者に成り果てようとも、彼女を救うという覚悟であった。

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