第8話 働き始め

 二次試験から数日経ったある日。


「ユヅルさん、二次試験の合格、並びにDランク冒険者としてのスタートおめでとうございます」


依頼を受けるため冒険者組合へとやって来たユヅルは、サラにそう祝福された。二次試験含めれば二週間ぶりである。尚、二次試験終了当日は丁度外出しておりユヅルと会えていない。

 ユヅルは久しぶりにサラに会えたことを喜びつつ、丁度良い依頼がないかを尋ねた。とは言っても初依頼ということでユヅルの能力は未知数と言っていい。ただし、魔物との戦闘に関してはユヅルとの世間話と組合長であるアサギの話でAランク魔物のヒドラを狩れるだけの実力があるため、恐らくは盗賊や低ランクの魔物ではどれだけいようが敵ではないだろうから、護衛依頼も難なくこなせるだろう。

 ではどのような依頼が最適か。これに関しては事前にアサギから指示を受けている通り、サラはとある依頼書を取り出してユヅルに差し出した。内容は単純明快、要人警護である。王都西部で行われる春の収穫祭に、コーテー王国の第二王子が赴くようで、その警護───というより周辺警戒をして欲しいらしい。ユヅルは依頼を受けることを決めると、依頼書を受け取って冒険者組合を出ようとしたが、直前でサラに呼び止められた。

 何事かと思ってユヅルはサラの顔を見ると、


「副組合長と一緒に出発ですから、待ってください」


苦笑しながらそう言われた。今度からは冒険者組合の中で詳細を見ようと思うユヅルだった。


 数分して、副組合長ことアカモがやって来た。その口には煙草が咥えられており、アサギも煙草を吸うヘビースモーカーであるため、冒険者組合の上層部は煙たそうだ、と謎の感想をユヅルは持った。

 アカモはユヅルの前まで来ると、一瞬だけ目元を引き攣らせたが、すぐに元に戻すと、


「ユヅル、だっけか。組合長とホアイト…ついでにピークもか…ま、とにかく方々からお前さんの噂を聞いてるよ。大型新人だってな、よろしく」


何事もなかったかのようにそう言いながら手を差し出した。ユヅルは怪訝そうに少しだけ首を傾けたが、すぐに自らも元に戻すと「こちらこそよろしく」と言いながらその手を握った。心なしか、アカモの手が冷たく感じたが、冷え性なのかな、とユヅルはいらぬ心配をしてみたりしている。呑気なモノである。


 さて、アカモとユヅルは軽く準備を済ませると、冒険者組合を出発した。お互い軽く自己紹介しつつ、依頼についての確認を行う。今回の依頼はまず王城の一つ前、第三防壁内の貴族街へと向かい、第二王子の護衛部隊と合流し、その後は指示に従う、ということらしい。要するに言われたことをやっていればいいわけだ。

 簡単だ、と若干ユヅルは拍子抜けするが、アカモは目を細めると「そう甘いもんじゃない」と釘を刺す。


「お前さん、派閥争いとか後継者争いとかにはあんまし詳しくないだろ?一々細かく説明すると腐るほどある時間が本当に腐り落ちちまうから手短に説明するぞ」


簡単に言ってしまえば、第二王子で王位継承権を持たない、というだけで狙われやすいということだ。現政権を打破したい者はどんな手段を使ってでも神輿に据えたがり、逆にそれを恐れる者は暗殺しようとすら企む。第一王子が王位を継ぐということが決まっており、その補佐を任されるという立場上、第二王子は方々から狙われることになる。


「───暗部もそうだ。誰を殺して良くて誰が味方なのか…まぁそこまで単純明快って訳でもないんだこれが。な、めんどいだろ」


説明を受けたユヅルが頷いたものの、すぐに少し笑むと、


「依頼を受けた以上は全力でこなす、僕にできるのはそれくらいです。初めてのことばかりですし、せめて足を引っ張らないようにだけ頑張ります」


そう言った。その言葉を聞いたアカモは目を細めつつ「そうか」と一言だけ返し、以降は会話をしなかった。というのも───、


(…こいつぁ、危ういな。自己肯定感が余りにも。いつか何かのキッカケで吹っ切れると…いや、おっさんがどしたん話聞こかってするわけにもいかないし…どーしたもんかねぇ)


心中でアカモは大きい溜息を吐く。ユヅルの危うさが、アカモにだけは少し垣間見えたようだった。


 道中、第二防壁を越えた辺りで豪華な馬車が道端に停まっていた。アカモが、ん?と怪訝そうにその馬車を見るとホッと安堵の息を吐いた。ユヅルがどうしたのかと尋ねると、


「…んや、これ以上歩かなくて済みそうだからおっさん嬉しくなっちまってね」


アカモはそう返しつつ豪華な馬車を指さした。馬車の御者と思しき人物がアカモに向け一礼している。どうやら、これで第二王子のいる場所までいけるようだ。

 ただ、二人が馬車に乗り込むやいなや、声をかけてくる人物がいた。二人より先にふかふかの椅子に足を組みながら座っている銀髪赤眼の、如何にも高貴な生まれだと言わんばかりの青年だ。


「───よぉアカモ、今回はテメーが護衛だっつうから会いに来ちまったぜ」


思わずヒュッと喉から変な音を出したアカモは胸を撫で下ろしつつ青年に返事をした。


「脅かさないでくださいよ、第二王子様…おっさん心臓弱いんだから…」


そう、馬車に乗っていたのは今回の護衛対象である第二王子、ルキ・コーテーその人だった。


 走り出した馬車の中で、ルキは口を開く。


「で、黒髪のお前がユヅルか。父上から様子を見て来いって言われ…いや、ありゃ命令だな。取り敢えず様子見ついでに挨拶に来たってわけだ」


父上、というと国王様ですか…と内心ユヅルは震えあがる。震えあがってから、ん?と疑問に思う。その疑問をひしひしと感じ取ったらしいルキが軽く説明した。


「あぁ、お前は両親から王都に行けって言われただろ?それ王命なんだよ。『歴代最強の冒険者夫婦』の一人息子を成人した際王都に寄越す、ってのが隠居の条件だったからな。今がその時ってだけだ」


ユヅルの脳内に大量の???が浮かぶ。アカモは然程驚いていない様子だったが、そんな様子に気付く者はいない。


「…なに、まさかお前の両親からは何も聞いていないのか?」


呆れた様子のルキに対して、ユヅルは額に青筋を浮かべている。


「…あいつら、突然王都へ行けとか言って締め出した挙句実は王命だったとか…ふざけるのモタイガイ二世!!!!!」


「いや、誰だよフザケルノ・モタイガイ二世って…そのような国王はウチの歴代国王の中にいたか…?記憶にないな…」


いや、ネタです第二王子様、と口にしたいユヅルだったが今更撤回できないし後が怖いので無視して話を進めることにした。


「しかし何も聞いてねぇのか…父上が『あいつら絶対ワシに丸投げする気満々だから一応経緯説明しとくでな』って言ってた理由が今ようやくわかったぜ…」


大変だな、という視線を向けられたユヅルはそうでしょう、と涙目で返す。何故か二人の間に友情が芽生えていた。そんな中気まずいおっさんが一人いる。(若者の話ついてけねぇや気まず)などとぼんやり考えながら馬車の外を見ている。


 そんな若干一名気まずい馬車内だったが、程なくして目的地───王都西部へと辿り着いた。辿り着くやいなや、ルキはユヅルを見て少し笑うと、


「お前のお陰で中々楽しかった。ってことでこれから俺の護衛、よろしくな」


そう言って先に馬車を降りて行った。アカモもやれやれ、とばかりにその背中を見送ると、


「俺達も行くぞユヅル君、本当だったら護衛から先に降りるんだけどな…」


そう言いながら自分達も降りていくのだった。


 一方、冒険者組合の業務を終えたサラが自宅へと帰って来た。今日は少しだけ嬉しいことがあったからか、心なしか嬉しそうである。というのは勿論ユヅルが帰ってきたことだが、本人はあまり自覚していない様子である。

 さて、家へ帰って身の回りの片づけなどを終わらせご飯を作る。


「───あー、役立たずのおねーちゃんじゃん」


そんなサラに笑いながら声をかけたのは彼女の妹だった。サラはビクッと肩を震わせたが、今ご飯作ってるから邪魔しないで、と告げる。だが、妹はそんな言葉を素直に聞くような人間ではないようで、


「は?うっさい死んでよ。なんでおねーちゃんみたいなブスにそんなこと言われなくちゃいけないの」


そう悪態をつきながら足を蹴った。サラは痛みに怯むが無視に徹した。しばらく暴言と暴力を浴びせて満足したのか、妹はサラの周囲から去って行った。その頃には料理も完成していたのでサラは束の間の休息を取る───と言いたいところだ。


「うっわブスこっちきたサイアクー。こっちくんなよ!!」


だが、彼女にとって心の休まる時間なんてどこにもない。ある時は妹が、ある時は母親が常に家にいる。妹に関しては特にサラを心底馬鹿にして下に見ており、母親からの愛情も貰っているためほぼ常にサラとその周囲を引っ搔き回している。

 程なくして母親が帰ってくると、本来宿題をやるはずの時間にいつもサラをいじめているため宿題がやってないことを恐れた妹はサラが教えてくれないと嘘をつく。そしてサラの言い分も聞かずに母親は即座にサラを怒鳴り散らした。


「お前の役目だろうがカス。無能なんだからせめてこれくらいは役に立てよ!!!」


そうしてストレスのはけ口にするかのようにしてサラに暴言と暴力を浴びせる。外傷のつかない方法で苦痛を味合わせ続ける、これが母親と妹のやり口だった(勿論妹は母親に怒られるのが怖いので堂々とはサラをいじめない)。


 深夜、サラは体の痛みを感じて目を覚ました。殴られた頭や腹、引っ張られた髪の毛の辺りにジンジンと痛みが残っているのを感じた。外傷は勿論、一つもない。

 今日も何故か辛かった、とサラは感じた。今までと然程変わらず、死にたいという欲求は常に自らの思考を蝕んではいるが、それでも普段よりずっと辛いという気持ちが強かった。

 何故、何、如何して、と考えても答えは出ない。殴られて痛みに侵されている頭では思うように思考ができないのは当然だった。だが一つだけ、サラにもわかることがあった。というより、今まで目を背けて気付かないフリをしていた欲求があった。


(誰かに、助けて欲しい。話を聞いて欲しい、理解してほしい)


溢れては止まらず、その日サラは欲求に塗れながら目を閉じた。

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