第7話 イレギュラー

 さて、初日に課題を終わらせたユヅルは順調にサバイバルをこなし、試験日数も残すところ二日となり、ここまでで脱落者がそれなりに出ているようだが、幸いというべきか死者はなかった。魔物が跳梁跋扈しているとはいえ、最大でもCランク魔物が蔓延るのみで、冒険者になるからには倒せる最低ラインでしかない。当然余程の油断でもしていない限り死ぬことはない。

 順調に森で過ごしているユヅルとは対照的に、冒険者組合の仮拠点は現在かなり忙しなく動いている人の数が多かった。というのも例年より魔物の量が多く、その対処に追われていることに加えて、その原因究明もしているためである。そして調査を開始してから五日目の今、遂にその原因がハッキリした。


「なに…ヒドラだと!?」


原因を突き止めてきたであろう組合の男が組合長であるアサギに報告した内容は、ヒドラが側から迫ってきており、既に試験範囲内に張られている結界を破壊して試験範囲へと入っているという情報だった。流石の仕事モードのアサギでも、目を丸くして驚くほどの情報である。

 ヒドラはAランク相当の魔物で、実際はSランクに届き得る強さをしていると言われている。多頭による多方向からの攻撃、巨大な体躯による純粋かつ高威力の質量攻撃、火炎や毒ブレスなどの搦め手、そして極めつけは驚異の再生能力。これがあるためヒドラは一体で国を滅ぼしかねないと言われているのだが、他のSランク魔物と比べ見劣りするためAランクに落とされているのが現状だ。

 無論アサギとてヒドラを倒すことはできる。だが、如何にアサギが強かろうと、冒険者候補達はそうではない。加えてヒドラ対策をしていない状態であればアサギとて致命傷は避けられないだろう。

 アサギはギリッと歯噛みするとすぐに試験の一時中断を宣言し、冒険者達を連れ戻すべく行動を開始するのだった。


 一方その頃ユヅルは、相変わらず森の中でゆっくりまったり過ごしていた。残り二日となったが戦闘自体はブラックベアーの一戦しかなく、それ以降はブラックベアーの匂いを避けて魔物が寄り付かなくなったのである。

 だが五日目にして側から大量に魔物の気配を感じたユヅルは最低限の食料だけ持って早々に拠点から距離を取る。そして少し離れた木に登ると気配を殺して様子を窺った。少しして、ゴブリンやブラックベアーなど様々な魔物が脱兎のように駆けだしてきた。所謂『魔物暴走スタンピード』であるが、『魔物暴走スタンピード』が起こる際の大きな理由は二つ。一つは干ばつなどによる食糧難で食料を求めて大移動するモノと、そしてもう一つが───。


 ユヅルは目を細めて魔物達が逃げて来た方向を見やる。逃げ遅れたであろう魔物達の最期に見せる抵抗の音と、直後に苦悶に満ちた声だけが聞こえてくる。ユヅルはギリッと歯噛みしつつ逃げる用意をし始めた。


【…ふむ、旨そうな好物を見つけてこのような辺鄙な所まで来て覚えのある気配だと思ってみれば、ユヅルではないか】


だがユヅルはその音───というより声を聞いて動きを止めた。そして声の方向を見ると、金色の艶やかな毛並み光らせ、巨大なヒドラを口に咥えている立派な狼の姿があった。一方その姿を見たユヅルは何故かホッと安堵の息を吐くと、


「そっちこそキンちゃんだったのか…あーめっちゃ警戒したぁ」


警戒を解きながらそう言うのだった。


 さて、『魔物暴走スタンピード』の原因の一つが食料難という話は先述の通りだろう。そしてもう一つが、強大な魔物から逃げるための大移動である。危険度で言えばこちらの方が上である。

 金色の狼───キンちゃんがユヅルに向けて声を発する。対するユヅルはキンちゃんが咥えていたヒドラを解体しつつ火を起こして調理をしていた。ヒドラ肉の焼けるいい匂いが辺りに立ち込める。


【おぉっ!いい匂いがして来たぞユヅルよ!!流石のウデマエだな!!】


その匂いを狼の鋭い嗅覚で存分に嗅ぐキンちゃんが興奮したようにそう言う。そんなキンちゃんの様子を苦笑しながら見つつ、ユヅルは調理済みのヒドラ肉を渡した。無論、ユヅルも一緒に食べているのだが、キンちゃんは一口食べるごとに【これよこれ!!!!】とか【うむ!たまらんな!!!!】などとリアクションをしている。うるさいなぁと思うユヅルだったが、なんだかんだ自分の作った料理を美味しく食べてくれているので口には出さなかった。何なら少し嬉しそうな表情を浮かべている。


 だが程なくして、冒険者組合の職員であろう男性がかなりの速度で近づいてきた。焚火の煙を頼りにして来たようであるが、ユヅルのいる場所まで来ると時が止まったように動かなくなった。正確には、ユヅルと共にいる黄金の狼を見て立ったまま気絶していた。ユヅルはどうかしたのだろうか、と疑問に思いつつもご飯をキンちゃんにあげて組合員の介抱を始めた。


 その後少しして、ユヅルに派遣した組合員が戻らないことを不審に思ったアサギがユヅルのいる場所までやって来た。そして驚いたように金色の狼とユヅルを交互に見つめて警戒態勢を解いた。そして大きな溜息を吐くと、


「…金狼フェンリル、自らの生息地を動くなと何度も言っているだろう」


キンちゃん───もとい、金狼フェンリルに向けてそう告げた。フェンリルはフンと鼻を鳴らすと、そんなこと知らぬわ!と言ってヒドラ肉に齧り付いていた。その肉と調理したであろうユヅルを見てはぁぁぁと更に大きなため息をアサギは吐いた。その様子を不思議そうに見るユヅルに対し、アサギは後ろを指し示しながら言った。


「ここじゃ魔物も来るから、本部で説明する。ちなみに二次試験は中断だ。あ、ユヅルちゃんはキンちゃんのことなんとかしてから来てね」


え、じゃあ不合格では…と若干絶望しているユヅルを尻目にアサギは気絶している組合員を背負って行ってしまった。フェンリルはユヅルの絶望などどうでもいいと言わんばかりに残りのヒドラ肉を頬張っている。

 ユヅルはフェンリルをどうにかするのが心底面倒臭くなったのか、フェンリルをそのままにして歩き始めた。その様子に気付いたフェンリルは急いでヒドラ肉を口いっぱいに頬張ると、


【どこへ行くのだ?我もついて行ってもいいであろう?】


そう問いかけた。だがユヅルは少し考えるような素振りを見せてから、


「ダメ。これから僕冒険者組合に行かなきゃいけなくなると思うし、しばらく帰っても来れないから。キンちゃんは…ん~、暇なら父さんと母さんにでも会いに行ってあげてよ。行く前にヒドラ肉それなりに備蓄しておいたはずだから」


そう言って故郷を犠牲にした(尚、ヒドラ肉を備蓄しているのは本当)。フェンリルは【そういうことならば仕方ない、また会おうぞユヅル】と言い残して物凄い速度でユヅルから離れて行った。ユヅルは何度目かの溜息をつくと、自らも冒険者組合の設営した拠点の方向へと歩き出すのだった。


 冒険者組合の拠点にて。アサギは冒険者候補達を集めた理由と、今回の騒動の原因を言葉を濁しつつ伝えた。曰く、今回の騒動では魔物が大量発生しており、その原因がヒドラであったこと。そしてそのヒドラは現在討伐済みであることを伝え、二次試験を中断、希望者のみこのまま続行する旨を伝えた。

 現状残っていた候補の半数以上がここでの離脱を宣言したが、それでも二次試験で五日間生き残ったという実績を踏まえて今後の冒険者組合での活動に箔がつくため、メリットも十分あるようだ。ちゃんとそういう救済制度あるの凄いなぁとユヅルは薄い感想を思い浮かべる。

 そんなユヅルに、アサギはこっちへ、と声をかけた。ユヅルは疑問に思いつつアサギと共に組合長の天幕の中へ入る。


「…ユヅルちゃんには本当の理由話しておくわね。多分、キンちゃん───金狼フェンリルが何なのかも知らないと思うし…」


アサギの話を簡単に纏めると、四色獣という特異な魔物が東西南北にそれぞれ存在しており、金狼フェンリルは東側に存在する四色獣の一角で、そのフェンリルが突如生息域を離れて王都へ近付いてきたためそれを恐れた魔物が移動してきた、ということらしい。尚、四色獣は一部の例外を除いて唯一無二の危険度Sランクの魔物である。

 その話を聞いたユヅルはフェンリル関連だけ口をあんぐりと開けて驚き、後半の魔物の移動に関しては特に反応を示さなかった。当然である、ヒドラが原因ではなくフェンリルが原因だっただけだからだ。

 特に無反応だっただけなのに、何故かアサギはユヅルを居た堪れないような、憐れんでいるような、そんな視線で見ながら「…まず一般常識から学びましょうねユヅルちゃん。大丈夫、師匠がついてるんだから…」とそう言った。ユヅルは思わず心外!!!常識くらいあるんだが!!!と叫びたくなったがその言葉を飲み込んで頷くことしかできないのだった。

 尚、二次試験は特になんの問題もなく合格し、見事Dランク冒険者として組合に登録されることとなったのだった。

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