第6話 二次試験

 一次試験の終わった日から思い思いに過ごして一週間、遂に二次試験の日がやってきた。尚、一次試験とは異なり、二次試験を受ける冒険者(仮)はユヅル以外にもいる。当然ユヅルはその中の一人としてこの試験に挑むことになっているが、彼にとってのみ今回も試験官は変わらずアサギが務めている。そして何より今回の試験は冒険者組合ではなく現地集合。王都から3kmほど東に行ったところにある森林内だ。事前に必要だと思うものを自分で準備し、一週間にかけて森林内で生き残る。例年は二泊三日だったのだが、それだと簡単すぎるという理由で急遽一週間に変わったらしい。それに加えて任務も並行して行うため、最初の試験で二次試験に行くのは大体命知らずだと思われることが多い。

 というのも、二次試験の内容は試験官との戦闘やEランク魔物との戦闘といった簡単な内容ではなく複雑で不確定要素が多い。付け焼刃で7日間サバイバル生活を営むことができるはずもなく、大抵は5年程簡単な依頼で生計を立てる、所謂『見習い冒険者』として経験を積んでから挑むものなのだ。無論、ユヅルのようにとりあえず受ける者もいれば自信があって受ける者もいる。ただし、危険と判断された場合即座にベテランの冒険者や試験官が助けに入り、その時点で失格となるため、そこは注意が必要だ。


 さて、今回の試験の内容は単純で7日間生き残り、尚且つCランク魔物一体の討伐だ。Cランクの魔物はまだ力押しする魔物ばかりで、危険度自体はそこまででもないのだが、如何せん怪力だったり体がそれなりに大きかったりするので討伐優先度はそれなりに高く設定されている。一般人にとっては一番身近な脅威と言って差し支えないだろう。


 二次試験についての説明を終えたアサギによって試験開始の号令が出され、各冒険者が森へと散って行く。そんな中ユヅルは軽めのバッグとナイフ、そして腰に差した刀のみという軽装で森へと入っていく。当然他の冒険者はそれなりに大荷物であるため、その分生存性は高くなるが移動は遅くなるだろう。勿論、それが標準でユヅルがおかしいのは言うまでもないが。

 というのも、前提としてユヅルは出不精である。ただ、外に出ざるを得ない用事があったりした場合にはとことん無駄を削って外出する。今回もそのクセが顕著に表れているわけだが、更に言ってしまえばこの男、目標のCランク魔物を速攻見つけて速攻倒して速攻生活基盤を整えようとしている。

 その目的がある上で持ってきた道具は最低限必要になる武器とサバイバルアイテムであるナイフだが、サバイバルナイフがあれば落ちている木の枝を削って杭のようにして地面に突き立て、その上に大きい枝葉を乗せることで簡素な雨風を凌げる小屋にできたり、河川を見つけて魚を取れば捌くことができるなど汎用性はかなり高い。バッグの中身は単純で丈夫な縄やその日に食べる軽食に方位磁針、そして何より重要なのは浄水器である。この浄水器、実は『魔道具』であり、精霊という人には見えない生物が稀に作るとされているものなので、人類に今のところ複製はできていない。ユヅルは幼い頃これを手に入れており、現在まで使っている。


 さて、ユヅルが森へ入ってから一時間ほど経っただろうか。ユヅルが拠点となる地点を決め、ある程度手を加えて基盤を整えた後のことである。微かだが、木々の葉擦れの音に交じるようにして灌木を折る音がユヅルの耳に届いていた。ゆっくり、しかし確実に自らの元へと近づいてくる何者かに対して、ユヅルは何をするわけでもなくただ目を細めてその方向を凝視した。そして、おもむろに口の端を持ち上げて笑うと、「…来たな」と呟いて敢えて少し時間を置いてから音のする方向へ向けて息と音を殺しながら向かっていく。


 そこにいたのは体長5mはあろうかという巨大な熊、Cランク魔物のブラックベアーだった。ブラックベアーは5mという巨体であるにも関わらず足は速く、木にも上るため逃げ場がない。そのため出会ったらほぼ確実に死ぬと言われている。加えて音の出やすい茂みを避けて隠密行動をするという厄介な性質も併せ持っており、接近に気が付かないというのもしばしばあるようだ。

 対するユヅルは現在ブラックベアーから100mほど離れた風下の位置にいる。ブラックベアーは嗅覚が鋭いため、風上にいたら瞬時に見つかってしまうだろう。先ほどまでブラックベアーが接近してきていたのも嗅覚を頼りにしてのことだ。だが、ここに来てブラックベアーの動きが止まっている。理由は風上で焼いている果実のせいだ。

 ユヅルはブラックベアーが近づいてきていることを察知した後、瞬時に火を起こして匂いの強い果実を焼く。無論、事前に風上の方向へ移動してから衣服に匂いがつかないよう細心の注意を払っている。無論ユヅルにとって立ち止まり周囲の匂いを嗅いでいるブラックベアーなど敵ではない。


 夜、魔物避けに焚いている火でついでとばかりにブラックベアーから取れた肉を焼いていく。当然ユヅルはあと6日間生き延びるだけとなったため、ここからはサバイバルを気ままに楽しむだけの試験である。

 それはそれとしてブラックベアーの肉は実はそれなりに美味しい。雑食性ではあるが味のいいものをより好んで食べるためそれなりに美味しい味がするのだ。ただし、肉は筋肉質で硬め、正直食べにくい部類の肉であると言えるだろう。加えてサバイバル環境下では下処理などで肉を柔らかくすることも難しく、ユヅルはぼんやりと解決策考えないとなぁ…などと考えていた。


 翌日、朝早く起床したユヅルは大きく伸びをして川から汲んできた水を浄水器を使いつつ飲む。天気は上々、周囲に魔物の気配もなく、至って穏やかな気候だ。そうと決まれば昨日はブラックベアーの処理などでできなかったことをしよう、とユヅルは川へと向かう。

 穏やかな気候と川のせせらぎが心地良く、まるで慣れない環境で溜まったストレスを洗い流してくれるかのようだった。突然両親に否応なく知らない場所へと旅立たされたストレスは、ユヅルにとって相当のモノである。ただそれでも、サラのように困っている人がいたら手を差し伸べるのは、彼自身の性と言えた。結果的に良縁に恵まれたことは、ユヅルにとっても不幸中の幸いだろう。勿論嫌々助けたとか見返りを求めているとかそういうことは全く考えておらず、ただ助けたいと思ったから助けただけである。


「…静かで、穏やかで、どこか暖かい。全て忘れてここで過ごせてしまえたら…」


川辺を通り過ぎる風に吹かれながら天に向けて手を伸ばし、そう言うユヅルだったが、すぐに首を横に振って自らを否定した。そしてすぐ水面に移る自分を憎々し気に見つめながら口を開く。


「…僕が僕である限り、それは無理な相談だってわかっているじゃないか」


呟きは、川のせせらぎと木々の葉擦れがかき消してしまった。


 一方、冒険者組合で働いているサラはバインダーを持ったままボーっとしていた。ピークに何度か背中をつんつんされて我に返り、そして少しして再びボーっとしている。体調が悪いのかと冒険者達や同僚に心配されているがそういうわけでもないらしく、何より本人もよくわかっていなかった。勿論、仕事はしっかりこなしてはいる。仕事がない時にそうなっているだけである。

 つい先日までピークの入れ知恵でユヅルと偶然を装って王都内で遊んでいたので突然仕事になって脳がびっくりしているのかもしれない、などとサラは考えている。勿論そんなわけはない。


 昼時、サラはピークと一緒にご飯を食べていたのだが、そこでピークに詰め寄られてサラは若干仰け反る。ピークはむむむ…と唸りながらサラの顔を覗き込み、そして指をさしながら言う。


「サラちゃんさー、それ多分『喪失感』ってヤーツだよ~。昨日までゆづるんと遊んでたしさー。なーんかさ、『心に、ぽっかりと穴が開いたような気分だ…ッ』って感じしなーい?しない?そっかぁ」


まだ何も言ってないんですけど…と苦笑するサラだったが、実際ピークに言われたことを自分の中で反芻してみたものの、結論は出なかった。確かに喪失感のような、心にぽっかりと穴が開いたような気分ではあるのかもしれない。ただ、それとはまた何か別の感情も自分の内にあるように思えてならなかった。うーんと唸るサラ、そして相席しているピークも同じく唸っている。

 そんな二人のテーブルに近づく男がいた。年齢は40代後半といったところだろうか。白髪交じりの茶髪を後ろに適当に流している無精ひげを蓄えた男性がピークとサラに話しかける。


「───で、お二人さん…特にホアイトの勤務態度がヤバいって聞いたんだが本当か?」


ピークとサラは話しかけてきた男性を見るとビクゥッと体を震わせて「「ふ、副組合長!!!!」」と言った。副組合長───アカモだった。アカモは耳を塞ぎながら苦笑して「あー、座れ座れ。上司のせいで部下が満足に飯も食えないとか最悪だろ?」と言いつつピークの隣に腰かけた。ピークは若干緊張している様子がある。

 アカモは少し笑みながらサラに向け言葉を紡いだ。


「原因は自分でわかってるか?」


その言葉にサラは釈然とはしないものの何となくわかっている、と返した。ただ、何があろうと仕事に支障は出さないようにしている、とも続けた。その言葉に対してアカモはそうか、と端的に反応するとピッと人差し指を立てながら口を開く。


「じゃあそんな若者におっさんから一つ助言をやろう。自分で原因がわかってるならお節介だろうが一応な」


そしてサラに向け再び微笑むと、「運命ってのは偶然に見えて必然だ。だが運命が定まる時は偶然が積み重なる必要がある。だからその必然を見逃さず、手繰り寄せるくらいの気概を持つんだな」そう言って去って行った。

 言われた意味が理解できず思わず考え込んでしまうサラだったが、ピークの言葉によって我に返らされた。曰く、どんなアドバイスを受けたのか、ということだった。普通に考えて対面のサラに聞こえて更に距離が近いはずのピークに聞こえない道理はないからだ。

 サラは聞こえなかったことを疑問にも思わないピークに対し、ある逸話を思い出していた。副組合長は数百年間変わっていない、という噂だ。勿論名簿上の名前も戸籍も全て変わってはいるが、本人自体は変わっていないという説がある。そもそも神出鬼没で組合にいないことの方が多く、しかし誰も行動を把握していないため、ここまで人間離れした芸当ができるとなると噂になるのも仕方がないだろう。

 サラはピークからの問を適当に躱しつつなんだかんだ仕事は元通りこなせるようになっていたのだった。

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