第5話 親睦

 一次試験前半は試験官との一騎打ちだったわけだが、後半は魔物を討伐するだけなのであっさり終わった。しかもEランク魔物であるため、ユヅルにとっては楽勝もいい所である。普段から倒していたヒドラがA級の魔物であるため、どれほど余裕かは想像に難くないだろう。実際出てきたのはEランク魔物のゴブリンで、ユヅルは瞬殺だった。特筆すべき点も特にないので一次試験後半は割愛するが、とにかくユヅルは一次試験に合格し、一応は正式な冒険者として認められることとなった。

 さて、肝心の二次試験だが、流石に一次試験と同じ日にはできないため一週間後に延期となった。そのため、ユヅルとしては一週間ほど暇な時間ができてしまったわけである。故にその日はアサギとサラそれぞれに挨拶して冒険者組合を後にした。


 一次試験から一夜明けた翌朝。動き始めた街を宿からぼんやりと見つめるユヅルは、どうやって過ごそうか考えていた。無論、観光などをしていれば時間を潰すことはできるだろうが、元々が出不精であるため躊躇っているのが現状である。加えてユヅルは朝が弱いため、ベッドから一歩も動きたくないというのが本音だった。正直なところ、このまま二度寝三度寝と繰り返してしまいたいくらいである。

 だが無論、宿の主人が許せば、の話であった。ベッドに再び潜り込んだものの、程なくして宿屋の主人に叩き起こされた挙句朝食を食べさせられ、外に放り出されたのである。ユヅルの泊っている宿は全然朝食付きではないのだが、主人の厚意にユヅルは心の中で額を何度も地面に打ち付け感謝した。


 さて、肝心の何をするか、という部分が決まらぬまま外へと出てきてしまったユヅルは、ひとまず冒険者組合の周囲をウロウロ徘徊してみることにした。周辺地理の把握は、地図があるとはいえ大切なことである。地図は折りたためるとはいえ多少邪魔になるため、いつまでも頼っているわけにはいかないのだ。まぁほぼ初観光なので地図は持っているが。


 しばらく徘徊した後、ユヅルはサラと出会った噴水のある広場にあるベンチに腰掛けると地図を広げ、次はどこへ行こうかと頭を捻る。王都はかなり広く、第一防壁内は東西南北それぞれに商業区や軍事施設、診療所、冒険者組合などがあるのだが、実は東西南北間で、謂わばライバル関係のようなものができている。そのため東西南北それぞれエンタメ、売り物などに特色がある。


 それはそれとして、ユヅルは南部にあるとある料理に関して興味を持ったのか、南部へ足を運ぶことを決めたようだ。地図を畳んで立ち上がると、南部へと足を運ぶ。とは言ってもそれなりに距離があるので南部までは歩いて一時間といったところだろう。それまでどうしようかぼんやり考えていたユヅルだったが、ふと後ろから声をかけられたため振り向く。


「あのあの~、ユヅルさんですか~?ちょっと話があるんですけど~」


そこにはぼさぼさの青い髪が、ある意味では自然の形に収まっている女性?(体型や声からでは判別ができない)の姿があった。髪がかなり伸びていて顔も半分見えず、服装もだらしないため、なんていうか怪しい風貌である。そのためユヅルが訝しげに自身を見ていることに気が付いたのか、「あっ、自己紹介してなかった~てへぺろっ」などとわざとらしく舌を出して見せた。ユヅルは軽くイラっとしたが初対面なのでスルーした。


「アタシはピーク、冒険者組合で働いてる受付嬢でっす。よろ~」


女性だったんだ、という心中の驚愕をおくびにも出さずユヅルも自己紹介をした。それにしても風貌が怪しすぎるとユヅルは苦笑した。そして何かが目に留まったのか、その隣───正確には右斜め後ろを一瞥し、驚愕した。


「…え、っと…サラさん、だよね?」


思わずさん付けしてしまう程度にユヅルは動揺していた。ピークの背に隠れるようにしていたのはサラだった。サラはビクッと肩を震わせた後、ピークの背に隠れたまま「き、奇遇ですねユヅルさん…」と挨拶を交わした。その様子をピークは何故か驚いているようにジッと見つめていた。


 ユヅルはピークと、その後ろから出てきたサラと共に少し歩いた所にある適当な喫茶店に入って話を再開した。ちなみに最初ピークの後ろに隠れていたのはプライベートを見られるのが恥ずかしかったかららしい。可愛い過ぎないか?おい…誰を殺すつもりだ?と思わず口に出しかけたユヅルだったが既の所で言葉を飲み込んだ。


「それで、ピークさん。僕に話があるって言ってましたけど?」


それはそれとしてユヅルは頼んだコーヒーに口をつけながらピークにそう問いかけた。対するピークはホットミルクを味わいながら首をひねる。おいっ、と思わずツッコみたくなったユヅルだったが続くピークの言葉を待った。ピークは何かを閃いたように表情を輝かせるなり口を開く。それは今考えてないか…?と思ったユヅルだがここでも野暮なことは言わなかった。こういう場合は黙っていた方が得策であることもあるのだ。

 ピークは透かさず笑みを浮かべると、


「えっと、じゃーまずは一次試験合格おめ~。ってのが一つ目ね」


そう言いながらパチパチと適当な拍手を鳴らし、一つ目の話を速攻で終わらせるとすぐに二つ目の本題に入った。


「で、二つ目~。私ちょっとこの後用事あるからさー。その間サラちゃんのこと預かってくんないかな~。もち、お礼は弾むよん」


お礼はともかく、友人と仲を深める機会ではあるためユヅルは了承した。しかしそれはそれとして疑問もあるため素直にぶつけた。その疑問とは、その場で待っているだけではダメなのか、という疑問である。するとピークはニヤリと意味深な笑みを浮かべ、「ゆづるんは人体実験とかそういうちょ~グロッキーなことしてる場所に一緒にいたいタイプの人なんね」などと言った。


「なわけないし変なあだ名で呼ばんでもろて…ていうかそんな危ないことしてるんですか!?」


ユヅルのその言葉にピークはケラケラと笑いながら「ジョーダンジョーダン!コーテー王国のジョークってヤツデース」と言った。ユヅルは若干ムッとしたが、隣のサラに目配せをすると、ただの買い物です、というジェスチャーを返してくれた。ユヅルは大きめの溜息を吐くと、


「可愛い。……………ごめん間違えた、いや間違ってはないんだけど…」


何故かサラを見ながらそう呟いた。コホンッ、と咳払いをしてなかったことにすると、だとしたら尚更何故?と疑問を口にした。その疑問に対してピークは一言、「容姿」と言った。ユヅルはなるほどと納得しうんうんと頷いていたが、サラは恥ずかしいのか顔を赤くして水を飲み込んでいた。


 30分程後。清算を済ませ、喫茶店を出たユヅル達は、食材売り場へとやって来ていた。食材売り場にてピークは目当てのモノを買いにユヅル達と別れた。集合時刻は午後5時、そして現在時刻は午後1時であるため四時間ほど空き時間ができたことになる。ちなみにユヅルがいるのは南部近くの東部ではあるが、サラに配慮して南部へ行くのをやめることにしていた。

 すると、若干落ち込んでいることを察したらしいサラがユヅルを見ながら口を開いた。


「ユヅルさん、元々どこへ出かける予定だったんですか?」


サラの言葉になんて返すべきかユヅルは一瞬悩んだが、正直に南部の『激辛スパイスマシマシ具材マシマシカレーラメーン』とやらを食べに行く予定だったことを伝えた。余談だが、本来はラーメンという名前で、店主が一捻りした名前がいい、ということでラメーンになったという逸話がある。

 サラはユヅルの言葉に心なしか瞳を輝かせたように見えた。そして一言、「行きましょう!!!!!!」と割と大きめの声で言った。ユヅルはその剣幕に気圧されて頷くことしかできなかった。

 東部の商業区の端からは数分程度で南部に到着できるのだが、南部のカレーラメーンはどうやら商業区から入ってすぐの場所にあるらしい。地図にある情報通り、進んで行く。地図を見たサラからは精巧でかつ無駄のない地図だ、という評価が上がった。両親から譲ってもらったものだ、とユヅルも返す。

 そうやって世間話をしているとすぐに辿り着いた。黒と赤を基調とした色使いのレストランといった風貌であるため、見る人が見ればお化け屋敷とでも思うことだろう。ユヅルとサラは二人して息を呑んで深呼吸すると中へと入った。


 結論から言うとユヅルは死ぬほど頑張ってようやく完食した。唐辛子などの辛味を初めて体験したからかその表情には生気がない。イメージとしてはわさびや練りからしといった辛味調味料だったためダメージはかなり大きい様子だ。それとは対照的にサラはかなり満足げである。実はサラは超がつくほどの激辛好きであるため、激辛と聞いて瞳を輝かせていたのだ。

 時間を置いてある程度回復してきたユヅルはサラに話しかけた。


「にしても…サラは激辛好きだったんだね…僕はちょっと、苦手かも。『からし』とか『わさび』は大丈夫なんだけどね…」


苦笑しつつそういうユヅルに対しサラは少し残念そうな表情を浮かべたが、その後すぐにラメーンを完食していたユヅルの姿を思い浮かべ首を傾げた。何に対して疑問を浮かべているか察したらしいユヅルが再び苦笑を浮かべると、


「食べ物を粗末にするのは良くないし、丹精込めて作られた一杯を無駄にしたりしたら失礼だからね…僕は苦手でも食べるようにしてるよ」


そう言った。サラはその言葉を聞いて少し驚いたように目を丸くすると、すぐに微笑んで「そういう考え、素敵だと思います」とそう言った。その後はピークとの約束の時間までユヅルとサラは適当に露店を見て回ったりして時間を潰したのだった。


 用事を終えたピークが合流した後、ユヅルと別れた二人は日が傾いて赤く染まっている街道を歩きながら話していた。


「で、サラちゃんさ~、さっきめっちゃくちゃ穏やかな微笑み浮かべてたけど~」


ピークのその言葉にサラはビクッと肩を震わせると両の手で頬を覆って嘘だ、とでも言わんばかりの表情を浮かべた。それに対してピークはケラケラと笑うと、


「ぶっちゃけゆづるんはどーなん?確かに見た目は愛嬌あるし~、話してみた感じ中々ユーリョーブッケンだと思うワケ。そこんとこサラちゃん的にはどーなん?」


下からサラの表情を窺うようにしながらそう問いかけた。対するサラは少し不機嫌そうに微かに頬を膨らませながら答えた。


「…私にとってはユヅルさんの外面はあんまり重要視してないっていうか…人間性が素晴らしい方だなーって印象ですし…かといって外面が駄目とかそういうわけでも…」


ブツブツとそのまま続けそうだったのでピークは「すたーっぷ!!!」と言って止めた。頬が微かに赤らんでいるので聞いている方が恥ずかしくなったのかもしれない。ピークはサラの肩に手を乗せると、グッとサムズアップした。


「ま、頑張りなよ。アタシはいつでもサラちゃんの味方だし、恋愛相談とかドンとコイって話なワケ!!『恋』だけにね!!」


割といいことを言ったはずが、空気が凍り付いたせいでサラからピークへの好感度が僅かに下がった。

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